暗闇の錬金術師

黄永るり

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最悪の船旅

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 空はどこまでも高く青く、そしてその境は凪いだ海と地平線の彼方で溶け合っていた。
「まだ着かねえのかよ~」
 船の縁にもたれながら、オーディスは青ざめた顔をしていた。
「どうした?」
 横に立っているキラードという短髪の男が、実に涼やかな顔をしながらその姿を見守っていた。

 オーディスよりも年上で、二十代前半くらいだ。
 彼がイゼルたちがつけたお目付け役兼相棒だった。
 緑がかった黒髪に冷たい黒曜石の瞳、そして外級証つきの黒魔術師特有の漆黒の法衣をまとっている。
 真っ青な空の下には不似合いな全身黒ずくめの男だ。

「うう……」
 オーディスは立ち上がると、船のヘリから上半身を乗り出して、海に何かを吐き出した。
「でかい図体のくせに船酔いとはお笑いぐさだな」
「う、うるさい……」
 オーディスの声には、いつもの力がなかった。
 再び、へなへなと船縁に座り込んでしまう。
「船医に酔い止めの薬をもらってきたらどうだ?」
 不思議そうな瞳がオーディスを見つめている。

 カルトパンを出港して七日経っていた。
 オーディスの酔いっぷりは三日目の大波の頃にはすでに始まっていた。
 だが、オーディスはただの一度も船医の元を訪れはしなかった。
 キラードが船医の元へ行くように勧めたのも今日が初めてではない。

「もうしばらくこの船旅は続くぞ。今のままでは辛いだろうし、何より肝心のファーネイルに着いても即座に動けんぞ。港町の医者の家でしばらく居候になるんじゃないのか? まさに本末転倒だ」
「お、俺は意地でも薬には頼らんぞ」
「薬に頼らんとかいう新手の自然治療方法でもやってるのか? それとも医者嫌いか薬嫌いか? まさか子供みたいに苦い薬が嫌だというんじゃないだろうな?」
 意地悪そうな微笑みを浮かべながら、横の大男ではなく流れてゆく海面を見つめていた。
「違う」
 キラードを睨みつけながらも、オーディスは再び船の縁に身を乗り出して胃の内容物を遠慮なく吐き出しまくっている。

「だって、だってよ」
「だって、何だ?」
「だって格好悪いじゃねえか。俺みたいにこんなに大柄な良い男が女子供みたいに船酔いなんてよう」
「は?」
 キラードは呆れたような顔つきになった。
「お前は馬鹿か? 船酔いは男でもなる。女子供だけの限定症状だと思ったら大きな間違いだ。しかも、体格が良いか悪いかなんて全く関係がない」
 それもそうだ。
 現にオーディスより小柄で一見女人に見間違えられそうなキラードは、どんな大波に船が揺られてもぴんぴんしている。
 むしろ、揺られていることを楽しんでいるようだ。

「そんなことお前に言われなくてもわかってらあ……」
 弱々しく反論を述べたオーディスは、ぐったりと甲板の上に倒れ込んでしまった。
「医務室には運ばんからな」
 というより、小柄なキラード一人ではオーディスは運べない。
 背負った瞬間に重みに耐えきれずぺしゃんこになって潰されてしまうだろう。

「おお。しばらく放っておいてくれ」
 オーディスは軽く手を振った。
「そうだな」
 そういうと、キラードはあっさりきびすを返して船室に入っていった。
 その後ろ姿をオーディスは横になりながらも恨めしげに見つめていた。
「ちくしょ~。どうしてお目付け役が可愛い女の子じゃないんだよ~」
 何度目かの呟きがオーディスの口から漏れた。
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