守るべきモノ

神崎

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 去年の年末に倫子と荒田夕の対談が「月刊ミステリー」で掲載された。荒田夕はすでに半分タレントのような活動をしているし、倫子も黙れば綺麗な人だ。雑誌に掲載されたときも相当話題になった。
 そして「月刊ミステリー」のホームページに本誌で載せられなかった写真を掲載した。まるで恋人のように寄り添っているのを見て、「二人がデキているのではないか」という問い合わせもあったが、あくまで宣伝のためだと言い放った。
 そして今日のトークショーで客からの質問にもそういった質問があったが、倫子も荒田夕も苦笑いをして否定した。
「……では全く恋人同士でも何でもなかったと。」
 警察署の取調室で、春樹と書店側の店長が事情を聞かれていた。セキュリティーはどうだったのか、不審な人物はいなかったのかなどずっと聞かれていたのだ。
「仕事上で会うことはあったようですが、プライベートで会うことはないみたいですね。」
 荒田夕はタレント活動のようなことをしていたのだ。執筆と平行していたので、女に会うような時間はほとんどない。
「犯人の女性は捨てられたと言っていましたが。」
「荒田先生にもマネージャーや担当にも聞きましたが、その女性とはただのコンビニの店員と客の関係だったそうですね。」
 荒田夕の住んでいるマンションの近くのコンビニの店員だった。毎日のように決まった時間にやってきて、煙草と水を買う。やがて女性は銘柄も覚えて、荒田夕がやってきただけでその煙草を用意するのだ。すると荒田夕も悪い気はしなかった。
「だがそれだけです。確かに荒田先生は女性関係が派手ですが、その女性と何かあったわけではないと言ってましたね。タイプではないと言ってました。」
「色男は大変ですねぇ。」
 そういって警官は資料を見ていた。
 トークショーで荒田夕は倫子の隣にいた。そして笑いながら、冗談混じりの話をしている。それが耐えれなかったのかもしれない。
「メモが残ってましたよ。「あんな女にとられるくらいなら、二度と見られぬ顔にしたあと殺して自分も死ぬ」とね。」
 サイン本は限定百。その一人一人と握手をしたり、話をするファンにとってはいいチャンスだ。そして人によっては四人いる作家はみんな好きだという人もいて、隣の列にまた並び直す人もいた。重複はかまわない。好きな作家は色々居ていいと思うのだから。
 そしてその女性は最初に倫子の列に並んでいた。本を書い、倫子の前に立った。そのときの会話を倫子はよく覚えている。
「小泉先生には荒田先生との作品の共通を上げてました。最近、小泉先生の作風が少し変わったのは、荒田先生の影響もあるのかと。」
「いいえ。それはありません。そういう風にしろといったのは俺の指示ですから。」
「小泉先生が?」
 驚いて書店側の店長が春樹をみる。
「無慈悲に人を殺すような作風は今は時代の流れで受け入れられているのかもしれないが、いずれ飽きられる。だから作品の方向性を変えてみたらどうだろうといいました。そのきっかけが「淫靡小説」で開花されたわけですけど。」
 いろんな偶然が重なって、女は誤解をした。そして次に荒田夕の列に並んだ。すでにタレントのように人気のある荒田夕だ。握手をしただけで泣き出す女性や、黄色い悲鳴を上げている人もいる。そしてその女性の番になったとき、荒田夕はすぐにその女性に気がついたのだ。
「君は……。」
 すると女性は何もいわずにバッグに入っている瓶を取り出した。それを見て倫子はすぐに立ち上がり、荒田夕を突き飛ばした。
 瓶が割れる音。液体の音。そしてすぐに煙が上がっていく。
「小泉先生!」
 すぐに荒田夕が反応した。その女性がかけた液体は後ろにあるついたてにかかり、跳ね返った液体が倫子の足下にかかったのだ。服や靴から煙が上がっている。
 その様子に周りが悲鳴を上げた。そして荒田夕がすぐに倫子を裏に連れて行くとそのズボンや靴、靴下などを脱がせた。
「塩酸だったそうです。直接皮膚にかかってなかったので、軽い火傷のようなものでしたが。」
「こう……顔面をねらってましたね。」
「えぇ。小泉先生と荒田先生の顔を狙ってました。そして女性も狙っていたと言ってましたし。」
 春樹は腕を組んで少し考えていた。
 荒田夕はこのトークショーに出るのを最後まで渋っていた。というのもストーカー被害に最近遭っているという相談をされていたらしい。だがこのトークショーには自分よりもキャリアが長い池上雅也も出るのだ。自分だけが出ないとなれば、あいつは天狗になっているといわれかねないと思ったので出たらしい。
「荒田先生はストーカーの被害を警察に出していませんでしたか。」
 春樹はそう警察に聞くと、警官は渋ったように春樹に言う。
「えぇ。一ヶ月ほど前ですか。」
「それに対して警察は対処をしていなかったんですか。」
「……それが、こういった事例は多くて、荒田先生のものは「被害が軽い」というこちらの判断で……自宅周辺の見回りなどはしていたのですが。」
 荒田夕自身も自分の周りの異変を感じていたのだ。それを警察に届けて受理はされたが、警察がそこまで本気で捜査をしていなかったのだろう。
 警察にもまた落ち度があったのだ。
 そのとき取調室のドアを叩く音がした。
「どうぞ。」
 タイミングが良かった。このままだとどちらが警察なのかわからない。警官はそう思っていたのだ。
 ドアを開けたのは女性警官だった。
「失礼します。被害者の方の取り調べが終わりました。」
 そういってその女性はその調書を警官に手渡す。
「被害者の方はもう帰っていただいてもいいんですか。」
「うん……また話に行くかもしれないとは伝えておいてくれないか。」
「はい。あと……藤枝さんに伝えてほしいことがあると。」
「どうしました。」
「このような事件があったからと言って、連載をストップさせたくないと。これからも良い付き合いをしてくださいと。」
 その言葉に書店側の店長が驚いたように春樹をみる。てっきりもうここでは書きたくないと言い出すと思っていた。だが倫子はまだ書くのだ。
「助かります。荒田先生と小泉先生の二枚看板で売れているようなものですから、二人がいなくなれば困るのはこちらです。」
 すると女性警官もほっとしたような表情になった。すると警官が女性警官をたしなめる。
「本郷さん。いくら小泉先生のファンだからと言って、えこひいきをしてはいけない。ずっと言っているだろう。」
「はい。すいません。」
「あとは槇君に任せなさい。変人同士、うまくやるだろう。」
「変人?」
 するとその警官は口をふさぐようにまた資料に目を通した。
 こんな警官ばかりだから、倫子が警官を信用しないと言ったのだろうか。
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