守るべきモノ

神崎

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 春樹が警察から解放されたのは、もう夜になっている時間だった。それから書店側の店長も店に戻り、春樹も本社に戻った。そして上司にあらかたの報告をする。
 今回のトークショーは、上からの指示だった。なのにセキュリティーが十分だったのか、整理券をなぜ発行しなかったのかなど責任は春樹にあるように言われたのだが、それを否定したのは加藤絵里子と荒田夕の担当である男だった。
「荒田先生のマネジメントをしている芸能事務所の方もいらっしゃいました。それにストーカーのことも知らされていたので、警備もずっとしていたおかげで、犯人の女性をすぐに取り押さえることも出来ました。落ち度はないと言えます。」
「それに小泉先生が気を悪くしてもう書かないとは言わなかっただけでも、良しとしたらいいのではないんでしょうか。」
 かばわれるとは思っていなかった。結局春樹に落ち度はないと言う判断で、このまま春樹は編集長職を降りることもない。後輩に助けられたと感謝していた。
「藤枝編集長の人徳ですよ。いつも何かしらのミスがあってもすぐに手を出してくれた。その恩を今返しただけです。」
 絵里子はそういって帰って行った。絵里子は明日、休みを取っている。自分も疲れたので休みたいところだが、明日はまた報告書を書かないといけないだろう。
 そう思いながら、会社を出ようとしたときだった。
「藤枝編集長。」
 週刊誌の男だった。何か話があるのかと、春樹は足を止める。
「今日はお疲れさまでした。ちょっと話を聞きたいんですけど。」
「あぁ。すいません。ちょっと戒厳令が出されているんですよ。よけいなことを話せなくて。」
「そういわないで、ちょっとしたことでもお願いしますよ。」
「駄目です。詳しいことは明日、上からお達しがあると思います。」
 そういって春樹は行ってしまった。その後ろ姿を見て、男は舌打ちをする。

 アパートの郵便物を回収して、春樹は家に帰っていく。そしてドアを開けると、ぷんといい匂いがした。雑炊か何かの匂いだろうか。
「ただいま。」
 居間に帰ってくると、そこには伊織と泉、そして倫子の姿があった。倫子の足には大きなガーゼが張られている。
「お帰り。今日は大変だったわね。」
「倫子。足はどう?」
「火傷の程度としては二度よ。一週間ほどで綺麗に直るらしいわ。」
 火で火傷したわけではなく、薬品が焼けたものだ。そんなに簡単に直るのだろうか。そう思いながら春樹はその場にコートや荷物を置いた。
「泉ったら、大げさなんだから。」
「だってさぁ……。」
 倫子が怪我をしたと聞いた瞬間、泉は腰を抜かしたらしい。こちらの方が重傷に見える。
「明日には直っているから。大丈夫。」
「そう?」
「春樹さん。荷物置いてきたら?何か食べる?」
「うん。食事はしていないんだ。」
「雑炊にしたんだ。まだ寒いしさ。」
 そういって伊織は立ち上がると、台所へ向かう。そして春樹も部屋に戻って荷物を置いた。
「ストーカーって言ってたわね。」
 雑炊を口に入れながら、春樹はうなづいた。
「荒田先生は人気者だからね。そういうこともあるだろう。」
「倫子も昔ストーカーにあったことがあるわね。」
 泉の言葉にすると倫子はうなづいた。
「どんな人だったの?」
「んー……。デビュー前の大学の時だったかしら。ずっと図書館にいたの。そこでやっぱり本が好きな男の子がいて、たぶんすれ違ったりしているんだろうけど、あまり覚えてなかったわ。」
 だが男は一瞬目があったり、すれ違ったりしただけで嬉しく思ったのだろう。話をしたことはなかった。だがいつの間にか住んでいるところを知られ、郵便物を荒らされるようになった。
「その頃かしら、弁護士をしているって言う人に相談して、その人は見なくなったんだけど……。しばらくしたら今度その弁護士って人がつきまとうようになってね。」
「へぇ……。」
「でも警察は言いたくなかったから、結局亜美に相談したわ。」
 つまりヤクザの力を借りたのだろう。きっとそれから亜美と仲良くなったのだ。
「警察もあまり信用できないね。俺もそう思ったよ。」
 春樹はそういってため息をついた。
「どうして?」
「……最後にやっと荒田先生がストーカー被害に遭っていると、言ってきたよ。届けが出ているとね。でもそれは数多くある案件の中でも軽いものだった。だから、自宅周辺の見回りを強化するにとどめたと言っていた。」
「それだけしかしてなかったの?」
 伊織は驚いて春樹をみる。
 もしもっと親身になっていれば、こんなことにならなかったかもしれない。
「おそらく、警察の不手際だった。なのにそれを隠そうとした。」
「そんなものよ。警察なんて。」
 その言い方にとげがある。倫子はあのときから全く警察を信用していなかったのだ。

 風呂に入って春樹はそのまま倫子の部屋へ向かう。すると倫子はパソコンに向かってため息をついていた。
「どうしたの?」
「取材をしたいんですって。スポーツ新聞の人が。」
 すると倫子はそれに対して返信をする。何も話せることはない。表にでていることが全てで、想像でものを書けば自分たちがどうなるかわからないと書き加えた。そしてパソコンを閉じる。
「スポーツ新聞の仕事はなくなるかもしれないわね。」
「いいの?」
「仕方ないわ。言えないものは言えないし、警察からもそちらからもあまり口外しないようにと言われているのよ。」
「……。」
「でも今回の事件は、私が被害者になった。証人は沢山いるもの。ごまかしが利かないわね。」
「倫子。」
 自分が輪姦されたとき、誰も証人はいなかった。そして自分が男好きな放火魔になったのだ。それを思い出して倫子の手が震える。すると春樹はその手を握って自分の口元に持ってくる。ちゅっと言う音が倫子の耳にも聞こえた。
「春樹……。」
「今日は休もうか。布団を敷くよ。」
 手を離して、押入へ行こうとした。だが腰に手が回ってくる。すると春樹はそのまま後ろを振り向いて、倫子の体を抱きしめた。
「怖かったね。」
「平気な訳ないのに。」
「あぁ。普通の女の子だ。倫子。俺の前では強いふりをしなくても良いから。」
「うん……。」
 事件の時も、取り調べも、全て冷静に受け答えているように見えた。ジーパンや靴にかかってしまったものを荒田夕の前ですぐに脱いだときも、倫子は動じていなかった。
 かえって動揺していたのは周りの男たちで、その姿にすぐ目をそらしていた。それが少し荒田夕にとっておもしろかったのだという。
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