守るべきモノ

神崎

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 本社の会議室で決定したのは、カップケーキとスコーンと二種類のデザートを限定で出すと言うことだった。
 見た目は華やかなカップケーキと触感が楽しいスコーンは評判になると言う見解で、一日の限定数はどちらも十。少ないと思うが他のレギュラーメニューもある。これ以上は従業員の負担になるだろう。
「どっちも焼きたてにするために常温保存後、提供前にレンジで温めるか。」
 大和はそういって資料を置いた。すると隣の席の男が大和に声をかける。
「営業部が急いでポスターの発注に行ってますよ。」
「もう桜が咲くぜ。春なんかあっという間だもんな。」
「高柳さんのところのカップケーキは評判がいいみたいですね。」
「うーん。あんなごってごてしたのがいいのかなぁ。」
 高柳鈴音の店のポスターをみる。確かに目にぱっと引くようだ。それはケーキ自体も目を引くが、ポスター自体が目を引くようだ。
 そしてポスターをデザインしたのは伊織だという。それがさらにいらっとさせる。
「どこの会社にポスターの作成させるんだろうな。」
「あぁ。それなら、最近話題の人がいるんですよ。」
「え?」
「お菓子とかケーキのパッケージとかポスターをさせると、売れるって評判のデザイナーがいて。「office queen」の。」
 その会社名に、思わず息をのんだ。そしてバッグから名刺入れを取り出す。
「それってこいつ?」
 そういって名刺を取り出す。それを見て、男は驚いたように声を上げた。
「会ったんですか?富岡伊織って人。」
「あぁ。「book cafe」の事件の時、たまたま客で来てたよ。阿川の同居人だって言ってたな。」
「阿川さんが同居してるのって……小泉倫子さんでしょう?この人も同居を?」
 それだけじゃない。伊織は昔泉とつきあっていた。それがずっともやもやとさせていたのだ。
「……らしいな。」
 そのときそのオフィスに泉がやってきた。
「すいません。赤塚さんいらっしゃいますか。」
 その言葉に大和は少し笑って泉を呼ぶ。
「おー。阿川。ちょっと話があるんだけどさ。」
「何ですか?」
「あの優男さ。」
「伊織のことですか?」
 名前で呼ばずに優男と呼ぶのが何となく気に入らない。だが悪気はないのだ。だからといって悪気がなければ何でもいいというわけではない。
「ポスターを作ってほしいってお前から言えないか?」
「無理です。」
「同居してんだろ?」
 その言葉によく話を知らない周りの社員がざわめく。そういう間柄だったのかと思ったのだ。
「違う。誤解させるようなことを言わないでくださいよ。四人で同居しているんです。女性も男性もいますから。」
 シェアハウスということだろう。何だとみんな肩をすくませた。
「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。お前から言った方が受けてくれるんじゃないのか。」
「同居しているのに、仕事のことをみんな持ち込まないんです。仕事とプライベートは別ですから。」
 奇しくもみんな本に関わっている。だから関わるのは簡単かもしれない。だがそんなことを持ち込まないのは、倫子が最初に出した条件だった。
「堅いよな。お前のところの同居って。」
「別にいいじゃないんですか。それぞれ形があるんで。」
 すると大和は携帯電話をみる。そして立ち上がると伸びをした。
「阿川。もう仕事終わった?」
「えぇ。」
「だったら「book cafe」行かないか。」
「え?」
「様子を見たい。明日から営業再開だけど、本当に出来るのかって見たいだけ。それに店長一人でしてんだろ?」
「そうですけど……。」
 大和に言われなくても仕事が終わったらまっすぐ店に行こうとは思っていた。ずっと店が心配だったからだ。
「入れるのかなぁ。現場検証って結構時間がかかるしなぁ。」
「詳しいですね。」
「まぁな。」
 父親がAV監督をしていたとき、警察が乗り込んできたことがあるのだ。それは未成年を出演させたことで突っ込まれたらしい。
 そのときのことは覚えている。大和も出演させられたのではないかと話を聞かされたのだ。だが大和はそんな趣味もないし、出たこともない。
 だがいやな思い出だった。

 「book cafe」はマスコミらしい人や野次馬がもう引いていて、ただ休みのように見える。店員たちが明日から営業が再開できるようにと、動いていたようだ。その中に大和と泉が入っていき、二階に上がる。
「おーい。川村店長。」
 大和が声をかけると、私服の礼二がキッチンスペースから出てきた。
「あ、終わったんですか?そっちの話し合い。」
「だいたいな。片づけどう?」
「だいぶ終わりましたよ。あと仕込みしたいけど、ちょっと時間が早いしなぁ。」
 犯人の女性はトークショーに顔を見せる前に、ここでコーヒーを飲んでいたらしい。女性の一人の客なんかは珍しくないので、泉は印象に残っていなかったが、礼二はしっかりその女性を覚えていて詳しい話が出来たのだ。
「飯は?」
「みんなそれどころじゃなくてですね。下は特に。」
「だろうな。何か差し入れするか。」
 そういって大和は携帯電話で、テイクアウトの店を調べ始めた。
「コーヒーは淹れましょう。今日の分の豆はどうせ破棄しないといけないし。」
「そうしてやれ。なんだかんだ言っても本屋の奴らが一番迷惑かかってんだし。」
「あ、赤塚さん。サンドイッチの美味しい店があるんですよ。」
「どこ?案内して。」
「近くです。でも時間的にあるのかなぁ。」
「行けばいいよ。店長はコーヒーを淹れてやって。人数どれくらいいるのかな。」
「アルバイトの人たちはいないみたいなので、三人か四人かそれくらいかもしれませんね。」
「下で人数をみよう。」
 そういって二人はまた階下に降りていく。その後ろ姿を見て、礼二はため息をついた。
「あの二人、出来てるんじゃないんですか。」
 ずっと言われていたことだった。距離が近いからだ。それは泉が誰とでも合わせられるからそのぶん誤解を生みやすいからだろうと思っていた。だが事情は少し違う気がする。
「……。」
 二人で出かけた。離れた町の女性に会いに行くためだ。そのとき何があったのかも聞けない。そして自分に暗いところがあるのもまだ言えない。自分が卑怯だと思う。
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