守るべきモノ

神崎

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 昼を過ぎた時間帯は、喫煙所には人がいないと思っていた。だが春樹と政近がアクリル版で囲まれたその一角に入ると、一人の男がいる。その人を見て春樹はその場を出ようとした。だが男が煙草を吸いながら春樹に近づいてくる。
「お疲れさまです。藤枝編集長。」
「お疲れさまです。」
「報告って終わったんですか。」
「何とか。」
 男は政近を見て少しいぶかしげな顔をしたが、携帯電話を取り出して録音ボタンを押す。
「昨日の犯人ってコンビニの店員だったんでしょ?」
「えぇ。」
「荒田先生が気にかけていたってことはないんですか?」
「さぁ……俺は荒田先生の担当ではないし、あの事件から話も聞いてませんから。」
「小泉先生は?担当でしょう?」
 すると春樹は首を横に振った。
「小泉先生はいち早く女性が不審に思ったから注意をしてみていただけです。だから危険を察知できたまでですよ。」
「ですが……。」
 しつこいな。おそらく週刊誌か何かの記者だろう。政近は男に口を挟む。
「警察が絡んでることだからあまり言えないんじゃないのか。」
 すると男が政近をみる。
「どちら様ですか。」
「小泉先生と今度共同で連載をしてくださる、漫画家の田島先生です。」
「あぁ。あなたはあの現場に?」
「いねぇよ。昨日はアシにいってたんだ。」
 だったら用はない。用事があるのは春樹だけだ。
「噂では荒田先生と小泉先生が恋人同士じゃないかって噂があるんですよ。」
「作家のプライベートまでは知りませんよ。」
「ですけどね……。」
 煙草を消して、それでも春樹に詰め寄ろうとしている。さすがの春樹もいらついてきているようだ。それでなくても同じ話を昨日から繰り返している。ため息をついた。
「警察が発表したことが全てです。それ以上のことは上からも言うなと言われています。知ったところで記事には出来ませんよ。そちらの上司が一番知っているはずです。」
 これ以上は聞けない。そう思って記者は録音ボタンを消した。確かに上からはこの事件のことはあまり大々的に記事にするなと言われている。特に荒田夕の立場は、もうタレントに近い。そして本を出せば売れるし雑誌に載せれば売れるのだ。もしありもしないことをでっち上げれば、荒田夕が書かないと言い出しかねないのだ。
「作家くらい掃いて捨てるほどいるだろうに。」
 その言葉にさすがの春樹も我慢できなかった。
「何ですって?」
 すると記者は悪びれもなく言う。
「エンターテイメントが経済を動かすことはない。しかもただの作家です。インターネットでも気軽に作品を載せることも出来る。中には書籍化をしてもおかしくないレベルの人だっているのでしょう。」
 すると政近は煙草に火をつけて記者に言う。
「ってことは、あんたにとって作家はただの使い捨ての駒ってわけだ。」
「……。」
「そうならないようにやってんだろ?売れるように、読者が楽しめるように、そうやってずっとみんなやってきてんだ。お前、この業界の奴だけじゃなくて、いろんな奴を敵に回すぞ。」
 すると記者は言葉を失ったように携帯電話をしまうと、すごすごと喫煙所を出て行った。
「あんな奴もいるんだな。」
「……週刊誌はね。そういう人が多いんですよ。」
 春樹は煙草を取り出すと火をつける。朝から一本も吸えなかった。ため息をつくように深く吸い込んだ。
「俺も週刊誌にいましたよ。でもあぁいう考え方はどうしても出来ませんでしたね。時代は流れるし、はやっているものやみんなが夢中になることはころころ変わる。倫子も荒田先生もそれに取り残されないように必死です。」
 荒田夕は作家だけではなくタレント活動をして、自分を売り込んでいたのはそのためだ。対して、倫子はほとんど表に出ることはない。それも倫子自身のもつミステリアスな印象で売れているところもあるのだ。
「朝さ、倫子のところに行ってきましたよ。」
「思ったよりも元気でしたよね。」
「あぁ。洗濯物を干しててさ、いつもと変わらない感じでした。でも表には記者っぽい奴が何人かいましたよ。話を聞きたいんですかね?」
「出入りすると、あなたも疑われませんか。」
「平気。俺が出入りしてても別に問題はないですよ。何で来てたのかって言われても、打ち合わせって言えばすむことでしょ?」
 それもそうだ。そう思って灰を捨てる。
「ネームも見てもらいたかったし。」
「倫子もそれどころじゃなかったんですよね。こっちの仕事はスケジュール通りに進んでいます。あのネーム通りにいけば、評判になるでしょうね。」
 キャラクターを作って売りたいという倫子の願いは、政近の腕で叶ったのかもしれない。漫画作品の中のキャラクターはそれぞれが強烈で、個性が強い。それくらいではないと人気は出ないだろう。
「打ち合わせをしようと思ったら、両親が来てですね。」
「倫子の?」
「なんかこっちに用事があったって言ってたんですけど……あれじゃ倫子が卑屈になるのもわかりますよ。」
「あまり聞きたいくないですけど、どんな人ですか。」
「全てに否定的というか。倫子の話は全く信用していないって感じです。一番引っかかったのは、「たかが本」だって言ってたことかな。それが一番いらっとした。」
 時代の流れにうまく乗ったから、売れているだけ。さっき記者が言ったように、作家というのは掃いて捨てるほどいる。いつ倫子が必要ないと言われるのかわからない不安定な立場だといいたいのだ。
「……。」
「前に倫子の兄って奴にも会ったけど、兄の方がまだ話が通じる感じですね。あの父親も嫌みだし、母親はヒステリックだし。」
「話を聞く限りそうなんだろうなと思ってました。実家に帰ることも嫌がってましたし、特に母親には嫌悪感が強い。それは作品にも現れています。」
「藤枝さんさ。もし倫子と一緒になりたいとか思ってんだったら、難しいかもよ。」
「……。」
「俺はとにかくあの両親には相当嫌われましたよ。好かれる必要もないけど。」
 すると春樹はため息をついて首を横に振る。
「その程度しか見えていないのだったら、あなたと一緒になることはないでしょうね。」
「は?」
「昨日の事件は大々的に報道されている。それで両親も心配になって来たんじゃないんですか。」
「違うね。だったら倫子に「男が一人で足りるのか」なんて言わないでしょう?」
 身内になるのだったら少しでもいいところをみようと思った。だがその言葉はない。全く倫子のことを理解していない言い方だ。
「受けた本人の主張よりも周りや警察の言い分を信じているんでしょうね。だったらますます倫子のことを知られてはいけない。特にあの事件のことは。」
「イメージはマイナスになるな。いいや……。」
 煙草を捨てて政近は言った。
「これから官能小説に重点を置くんなら、そのイメージは帰ってプラスかもな。」
「表に出ることはおそらくありません。」
「何でだよ。」
「表に出ればまた自分のやったことで立場が危うくなる人もいますよ。」
「は?」
 冷静に考えればそうだ。どうして倫子一人が悪いことになっているのか、誰も気がつかなかったのだろうか。
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