守るべきモノ

神崎

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栄華

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 あまり昼間からこんなに食べることはない。だから残したかったが、母は作ってもらっている人に失礼だと食べれなくても一口ずつでも食べなさいと言われた。正直お腹一杯だ。そう思いながら熱燗に口をつける。すると忍が徳利を持ってやってきた。
「お前一人でどれだけ飲んでるんだ。」
 そういいながらもそのお猪口に酒をついだ。忍は酒は弱くないが、癖があまり良くない。以前春樹と飲んだときもいらないことを言うなと思っていたのだ。
「さぁ。どれくらい飲んだかしら。」
「その割には食事は進んでないな。お前は痩せすぎだ。少し肉が付いた方が良い。」
 そう言って側にあった徳利を仲居が持っているお盆に乗せる。
「食べれないのよね。すぐにお腹一杯になっちゃって。」
「お前は昔からそうだな。おやつなんかにも手を出さないで、本ばかり読んでて。まぁ、それが飯の種になっているんだから、別に良いけどな。」
「珍しいことを言うわね。そんなに誉めるなんて。」
 すると忍は頭をかいていった。
「正直、お前の小説はそこまで惹かれるものがないと思っていた。だがこの間新聞に書評を載せていただろう。」
「えぇ。スポーツ新聞のつてでね。」
 こういう仕事を受けたこともある。本ばかり読んでいたのが良かったのだろうか。おおむね好評だった。
「文芸部にも好評だった。お前の本が気になるとまた手を伸ばしていたし。」
「兄さんはどう思ったの?」
 酒に口を付けて倫子が聞くと、忍は少しため息を付いていった。
「あの作家は俺がお前に勧めたヤツだな。貧しい男が一代で大企業の社長になり、それから転落していく。俺は愚かだと思っていた。だがお前は違う。そんな捉え方もあったのかと、少し感心したものだ。」
「……。」
「人それぞれの捉え方はある。同じ状況で同じように育っても栄輝も俺もお前も、全く違った考え方を持っている。他人なら尚更だな。」
「それって……。」
 忍は後悔していたのかもしれない。妻が子供を連れて出て行って、この間離婚したのを悔やんでいるのだ。
「少しグチっぽくなったか。」
「兄さん。雪子さんと連絡を取る?」
「相変わらずストレートに聞いてくるヤツだ。……この間連絡をしてみたよ。子供には月一で会えるからな。その連絡をしたんだ。雪子は元いた幼稚園にまた勤め始めたそうだ。不器用だが子供の目線にたてる人は、正直羨ましいよ。」
 兄はきっと生徒からも同僚からも煙たがられているだろう。がちがちで融通が利かないからだ。
「兄さんが意地を張って、生徒の目線や雪子さんと同じ立場に立てないのは、私のせいなのかしら。」
「……違う。俺の融通が利かないだけだ。こう言うところはあの人に似てる。」
 そう言ってちらりと母の方を見た。母は挨拶くらいはするが、ほとんど話はしないし、おばさん達に混ざることもない。黙々と食事をしている。母もうんざりしていたのだ。倫子が著名人だからかもしれないし、春樹の存在も親戚のおばさんにずっと繰り返し聞かれているのがうっとうしいのだ。
「倫子。春樹さんとは結婚するのか。」
「今のところはわからない。」
「あの人の年齢を知ればそんなにのんびりしている暇はないと思うが。」
「結婚なんてしようと思えばすぐに出来るでしょ?役所に行って届けを出して終わり。」
「著名人がそれで終わると思っているのか。」
「有名になった覚えはないわ。」
 有名になろうと思って作家をしているわけではない。そう言いたいのだろう。
「お前は自覚しなくてもお前はすでに著名人なんだよ。」
「ずっと表に出なかったのに、この間の対談で表に出たから?」
「あのいけ好かないきざな男と何か話をしていたんだろう。」
「ほとんど本の話。あれがきっかけで書評を書いて欲しいって依頼が来たのよ。」
「あいつとも遊んでいるのか。」
「仕事以外で会うこともない。」
「かばったのにか?」
「薬剤をかけられたこと?兄さんは困っている人に手をさしのべないような人なの?それでも教師なの?」
 忍はその言葉にかちんとしたのか、立ち上がって倫子を見下ろす。
「お前がどんなに立派なことをしても、世の中がそう見てくれない。特にお前は、そういう目で見られても仕方がないことをしているんだからな。」
 春樹の方をみる。春樹は相変わらず父親と何か話しているようだ。そこには少し笑顔が見えるが、お互い腹をさぐり合っている状態なのだ。楽しく談笑をしているとは到底思えない。
「……そうね。悪かったわ。派手なことをして。」
「素直だな。」
「こんなところで意地になっても仕方がないのよ。」
 そういって忍に酒を注ぐ。おそらく全く反省はしていない。忍はそう思いながらまた酒に口を付けた。

 やがて会はお開きになり、倫子は時計をみる。電車の時間まではまだゆっくりしている時間なのだ。
 礼服から私服に着替えて、首にマフラーを巻く。この辺は夏は暑く冬は寒い。雪が降るときもあるのだ。山から吹き込む風が身を震わせる。
「倫子。ちょっと良いか。」
 父が珍しく倫子に近づいてくる。
「どうしたの?」
「金の融通は出来るだろうか。」
「お金?」
「栄輝が大学院へ行きたいと言っていたし、その……。」
「借金?」
「あぁ……。」
「返せてる?」
「あぁ。もう少しなんだ。」
 嘘。倫子はため息を付く。母が足を骨折して三日間入院した。少し休んで職場に復帰すればいいものを、幾ばくもしないで復帰したのは金が必要だったからだ。
「振り込んでおくわ。」
「悪いな。必ず返すよ。」
 返ってこなくても良い。都合の良いところで親だと言っているような父親にも一応情はある。
「……そのかわり、私のことは口を出さないで。」
「作家のことか。それで生きているんだろう。今更口を出す気はない。だが倫子。本当に今からが大変な時期になるだろう。」
「今でも大変だわ。」
「そうじゃない……。年末に写真が載っただろう。ほらテレビなんかでよく見る男と対談をしていた。」
「春樹に勧められたのよ。」
「そう聞いた。よく売れたと言っていたが、派手なことをすると、あいつから突っ込まれないだろうか。」
「私が乱交騒ぎを起こして火をつけたこと?」
「あぁ。」
「……出てくればこちらの思惑通りね。」
 そういって倫子は親戚達を乗せたタクシーを見ていた。
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