守るべきモノ

神崎

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栄華

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 部屋には内風呂がついていて、狭い部屋に見えるが寝室と個室で食事をする部屋があり割と豪華な部屋だろう。こういう部屋に倫子は泊まり慣れている。それは主に温泉や観光が目的ではなく、執筆活動の缶詰部屋としての利用だ。
 だから部屋は豪華でも気が休まることはほとんどなかった。荷物を置いてその風呂を珍しそうに見ると、メモを取っている。これがまた創作のネタになるのかもしれない。
 その時、春樹の携帯電話が鳴った。相手を見るとそれは意外な人物からだった。
「もしもし。」
 風呂を見て戻ってきた倫子は春樹の方をみる。どこかに電話をしているようだった。
「そうでしたか……。少し奇妙だとは思いました。わかりました。話をしてみましょう。」
 そう言って春樹は電話を切ると、またどこかに電話を始めた。仕事かもしれない。そう思いながら倫子は今度は窓に近づいて、外を見る。良い景色だとは思えない。だが彼処から見える温泉の湯気と、町を歩く浴衣姿の人たちはやはり温泉の街だという事だろう。
「小泉ぃ。」
 ドアを開いて部屋に入ってきたのは、ひょろっと背の高い女性だった。動きやすいように作務衣を着ているが、その襟刳りからは薔薇の入れ墨が見える。この女性が倫子の同級生だった。
「ご飯どうする?もう始めて良いの?」
「良いよ。風呂も入ってきたし、あまりお腹空いてないけどね。」
「超燃費が良いよねぇ。前から思ってたけど。」
 電話を切って春樹はそちらの女性をみる。宿にはいると倫子から紹介された女性だ。ここには女将が別にいるが、この女性はその女将の妹らしい。そして寺に嫁に行ったのが末の妹なのだ。
 春樹はこの女性を知っていた。前に担当していた週刊誌で、ヌードに近いようなグラビアを撮られていたことがある。プライドが高く、自己を高めることに余念がない女性だと思っていた。だがその性格上、周りとうまくやるのは苦手だったらしい。モデル仲間からあらぬ噂を立てられて、結局AVの世界に飛び込んだ。だがこの世界もありの引っ張り合いだ。二、三本AVを撮ったあと、すぐに引退したらしい。
「すいません。食事の時間が曖昧で。」
 春樹はそう女性に言うと、女性は少し笑った。
「超いい男よね。小泉。今度貸してよ。」
「嫌よ。あんたはうちの兄さんしか見てなかったじゃない。」
 倫子はずっと陰のように目立たない存在だった。息を潜めて、他人と混ざることもなかった倫子に、声をかけたのがこの緑川霧子という女性だった。だが霧子はずっと倫子ではなく、その向こうにいる忍にしか興味がなかったようだ。それがわかって倫子はすぐに霧子から離れた。
 だいたい霧子は学校の中でも目立った存在で、きらきらしたグループの中の一人だったのだ。
「忍さん、離婚したって言ってたね。」
「そうね。」
「あたしチャンスあるかな。」
「どうかな。聞いてみたら?」
 女はいくつになっても乙女なのだろう。どう考えても忍がこの女性になびくわけがなさそうだが、そう思わせておいた方がいいだろう。
 霧子が出て行って、春樹も窓の方へ近づく。
「あんな風に普通に接してくれる人もいるんだね。」
「どうかな。霧子はずっと兄さんしか見ていなかったから。」
「お兄さんは潔癖そうだね。」
「……どうかな。」
 兄もそれなりに女性との付き合いはあった。倫子はそれを見ながら、また小説のネタにしていたこともあったのだ。
「春樹は仕事?」
「実は克之さんから連絡があってね。」
「克之さんというと……妹さんの旦那さんかしら。」
「あぁ。少し気になることがあってね。」
 克之の実家は児童養護施設を個人で経営していた。それが青柳の手によって買収され、借金だけを克之の兄夫婦に押しつけられたのだ。
「その施設に少しの間、そこに籍を置いていた人が居たんだ。赤塚大和と言っていた。」
「赤塚って……あの?」
「どうやら青柳に買収されたとき、赤塚さんは行方不明になったんだ。それから別の施設で保護された。」
「……どうして?」
「恐らく……青柳に売られかけたんだ。」
 大和が少しゆがんでいるのはそのせいだろうか。
「そこにも青柳の犠牲者が居たの……。」
 青柳ならそれくらいしそうだ。そして大和が逃げれたのは奇跡だったのかもしれないし、逃げ込んだ施設の理解も得られたからだろう。
「だからと言って泉に手を出すことはないわ。礼二ももっとがっちりと泉を手に入れて置いて欲しいものね。」
「だから手を打っておいた。」
「え?」
「今日、店の飲み会をしているらしい。だからもし赤塚さんが泉さんに手を出すことがあったら……。」
「どうするの?」
「……亜美さんに見張ってもらった。」
「亜美にって……。亜美に頼んだら、赤塚さんがどうなるか……。」
「もし、亜美さんに脅されても手を出すようなら本当に本気だよ。すべてを捨てても泉さんと一緒になりたいんだろうという意志が見える。それを見ててくれって。」
「……。」
 そのとき部屋の外から声が聞こえた。
「失礼します。お食事を持って参りました。」
 その声に春樹は少し笑って席に着くように促した。そして部屋にやってきたのは、霧子とは似てもにつかないまるっとした女性だった。この人が女将なのだ。

 春樹からそう言われたが、泉も大和も全く接点がなさそうだ。そう思いながら亜美はカクテルを作っていた。
 わざと席を離しているのだろうか。泉は礼二の所から離れないし、大和は別の従業員と話をしている。取り越し苦労なのだろうか。
「モスコミュールと、ジントニックね。八番。」
 牧緒に頼んで、亜美は次のオーダーの紙に目を通す。するとそのカウンター席に、大和がやってきて座る。
「お話は終わったの?お坊ちゃま。」
「るせー。お前より年上だよ。シャーリー・テンプルくれよ。」
「ノンアルなのね。」
 そう言って亜美はグラスを用意する。気分的にはこの男のカクテルを先に作りたいが、そうも言っていられない。
「お前、あまり妙な真似をすんなよ。」
「妙な真似?」
「俺と泉のことに口を出すなよ。選ぶのはあいつだろ?」
 見抜かれていたか。亜美は心の中で舌打ちをする。
「何の事かしら。」
「とぼけんなって。てめぇがこっちの方をちらちら見てんのわかってんだよ。」
 手を動かしながら、亜美は泉をみる。礼二の隣にいて幸せそうだ。付き合うと言ったときは、倫子も亜美も反対した。だがそれ以上に泉の気持ちの方が大事だろう。諸手をあげて祝うことは出来ないが、本気なら仕方ないと思っていたのだ。
「あいつが俺と寝て苦しんでんのも自業自得だろ?嫌なら突き放したり、噛んででも逃げることは出来たのに。」
「……あんたにも気持ちがあると思ってるの?あんたって、相当自信家ね。」
「あるだろ?てめぇにはねぇんだろうな。誰が止めても突き進めていくような気持ちになったこと。」
 そのとき水の音がして、みんなが振り返った。亜美が大和の頭からトニックウォーターの瓶を頭からかけたのだ。
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