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28.便りと学校

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 学校にまた通う日になった。
 お兄ちゃんは、ずいぶん感情豊かになったと思う。
 寝る時の姿勢はいいけど、昨日は寝言だって言ってた。「トマト、食べたい」という、非常に許し難いものだったけれど。
 村にも、だいぶ慣れたみたいだ。まだ同い年の男の子たちとは、遭遇していないけど。村の大人たちには、すっかり受け入れられた。

「やりましたね、お兄ちゃん! 私たちの勝ちですよ!」
「サキは、何言っているの?」

 子供部屋で着替えている私たち。私は、おもむろにお兄ちゃんに、勝利宣言をしたのだ。

「私は常に、真っ直ぐに生きています」
「……そうだろうね」

 何故か、お兄ちゃんは呆れ顔だ。
 私は至って真剣なのに。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。今日からしばらく昼間は一人ですが、大丈夫ですか?」

 シャツのボタンを留めきったお兄ちゃんは、ちょっとの間思考した。
 そして、真顔になる。

「凄く、寂しい」

 大変だ! お兄ちゃんが、寂しがり屋さんになっちゃう!

「お兄ちゃん、うさっちょのぬいぐるみ、必要ですか?」
「必要、かも」

 重症だ。
 いつもは、私のうさっちょのぬいぐるみを、ただ羨ましそうにしているだけだったお兄ちゃんが! 必要だと、断言したのだ。

「どうぞ、どうぞ。お兄ちゃん、うさっちょのぬいぐるみ、貸してあげます」
「うん」
「これを、私だと思って大事にしてくださいね」
「分かった」

 お兄ちゃんも私も、大真面目だ。寂しいのは、嫌だもんね。

「サキ、ユーキ。食事の準備が出来ましたよー!」
「あっ、お父さんだ!」
「サキ、鞄」
「お兄ちゃん、ありがとうございます!」

 私たちは慌ただしく、食卓へと向かうのだった。


「……それで、あのへんてこなぬいぐるみが置いてあるわけですか」
「お父さん、へんてことはなんですか! うさっちょに謝ってください!」
「嫌ですよ」

 お父さんは、今はソファーに置かれているうさっちょのぬいぐるみに、嫌そうな視線を向けた。

「酷いですよ、お父さん」
「父さん。うさっちょは尊いんだよ」

 お兄ちゃんが援護に回ってくれる。
 私たちのうさっちょ愛は、重いのだ!

「ユーキまで……。まったく、あんな変なうさぎのどこがいいのだか」
「全てですよ、全て!」
「尊い」

 私たちの反論にお父さんは、ため息を吐いた。

「僕には分からない世界です」

 お父さんにいつかうさっちょの素晴らしさが、伝わればいいのに。そう思いながら、私はトーストにかじりついた。

「ああ、そうでした」

 朝食が終わりにさしかかった頃、お父さんが一通の手紙を私に差し出してきた。

「何ですか、お父さん」
「手紙ですよ。マリアからの」
「まりあ叔母さんの!」

 私は椅子をがったんがったん揺らして、身を乗り出す。

「サキ。お行儀が悪いですよ。今朝方届いたばかりの手紙です。朝食を食べ終わってから、読みなさい」
「はい! ありがとうございます、お父さん!」

 私は手紙を受け取ると、そわそわとトーストを口のなかに含む。
 そして、水で流し込むと、椅子から飛び降りた。ソファーに向かう。

「まりあ叔母さんからの手紙~」

 封蝋を切って、なかから手紙を取り出す。
 後ろでは。

「マリア叔母さんって、父さんの妹だったよね」
「ええ。サキの育ての親です」
「ふーん」

 という会話がなされていたけど、気にしない、気にしない。
 私は嬉々として、まりあ叔母さんの手紙を読み進めていく。
 まりあ叔母さん、文面からだと元気そうだ。
 王都に着いてから、ユージーンさんとの結婚の準備で忙しいらしい。でも、ユージーンさんがそばにいるから、頑張れるとのこと。つまりは、惚気である。

「はー、幸せそうですねー!」

 少々やさぐれて、私は手紙を読む。
 まりあ叔母さん義理の母親になるユージーンさんのお母さんから、花嫁さんの礼儀作法も叩き込まれているらしい。
 でも、義理の母親とは元々知り合いだから、仲は良好とのこと。時間が空けば、一緒にお茶会をしているんだって。

「お茶会。貴族っぽい!」

 まりあ叔母さんは、私のことやお兄ちゃんのことを気にしていた。
 ジュードさんから、お兄ちゃんのことを聞いて、自分が育てられなかったことをたいそう気にしているようだ。
 まりあ叔母さんは、悪くない。悪いのは、全て泥棒野郎なのだから。
 まりあ叔母さん、安心してください。私とお兄ちゃんは仲良しだし、お兄ちゃんもよく笑うようになった。
 もう、愛情に飢えていないんですよ。
 私たちは、幸せです。
 だから、まりあ叔母さんは、まりあ叔母さんの幸せだけを考えてほしい。
 返事には、そう書いておこう。

「サキ。そろそろ登校の時間ですよ」
「あ! 本当です!」

 私は慌てて、鞄のなかに手紙を押し込んだ。

「では、お父さん、お兄ちゃん。行ってきます!」

 玄関で、しゅびっと敬礼をする。

「はいはい、行ってらっしゃい」
「……行って、らっしゃい」

 お父さんはぞんざいに、返事をする。
 お兄ちゃんは、うさっちょのぬいぐるみを抱きかかえて、寂しそうに手を振っている。
 この二人の温度差に、ちょっと物申したい。特にお父さん。冷たくないですか?

「では、行きますよ。本当に行っちゃいますよ?」
「……うん」
「いいから、早く行きなさい」

 やっぱり、お父さん冷たい。
 私は、憮然としたまま玄関の扉を開けた。

 途中、合流したカレンちゃんに私はぷりぷりしながら、愚痴を言う。

「……というわけで、お父さんが酷いんですよー」
「き、きっと。サキちゃんのことを信頼しているんだよ!」
「そうですかねー」

 すっかり疑心暗鬼になった私に、カレンちゃんは困り顔だ。

「あ、えっと。マリアさんから手紙きたんでしょう? 元気にしてた?」
「あっ、はい! もう、ユージーンさんとの惚気話やらがいっぱいでしたよ」
「長年の婚約者さんと結婚かぁ。憧れちゃうなぁ……」

 頬を赤らめるカレンちゃんに、私はによによ笑いを見せる。

「おやおや、カレンちゃんは、恋愛結婚派ですかな?」
「えっ、えっと……。う、うん。お父さんがお母さんに結婚を申し込んだ時、親指に誓ったらしい、から」
「ぐふっ!」
「サ、サキちゃん!? 急に胸を押さえて、だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。突然、自分に刺さる話題になりましたので……」
「そ、そう? 大丈夫なら、いいんだ」

 カレンちゃんのお父さん。親指立てたんだね。親指立ては、やっぱり情熱的なプロポーズなんだと分かり、私は古傷が痛む。いや、リディアムくんとはもう両想いだから、いいんだけどね……ぐふっ。

「あー、サキだー!」

 後方からリューンちゃんの声がした。

「あ、リューンちゃん。おはようございます!」
「リューンちゃん、おはよう」
「おっはよう、二人とも!」

 今日もリューンちゃんは、元気いっぱいだ。

「んで、何の話してたの?」
「あっ、お父さんがね……」

 カレンちゃんが、リューンちゃんに何を話していたか説明した。

「あー、親指立て! いいよねー、憧れるわぁ」
「あ、リューンちゃんもそう思う?」
「うんうん。なかなか出来ることじゃないよ、親指立ては!」
「そうだよね。お父さん、凄いなぁ……」
「……で、何でサキは胸押さえてんの?」
「ふ、古傷を抉られて……」

 そ、そうか。
 親指立ては、そんなに情熱的なのか。
 私は、リディアムくんにそんなにも情熱的に、愛の告白をしたのだと今更ながらに突きつけられて、ダメージが大きかった。

「まあ、おかしいサキは置いといて」
「酷いです!」
「いーから、いーから。んで、サキの兄ちゃん。ユーキはいつから、学校来るの?」
「あ、そういえば……。ユーキくん、サキちゃんと同い年だから」
「もう学校に来てもおかしくないでしょ?」

 二人に言われて、私はうーんと唸る。

「お兄ちゃんなら、今すぐにでも通えそうなんですけどねー」
「なんか、理由があるの?」
「理由……敢えて言うなら、今まで同い年の子たちと関わったことがあまりないので」

 主に泥棒野郎のせいでな!

「そうなんだ。それじゃあ、いきなり学校に通うのは難しいのかな?」
「どうなんでしょうね。お父さんが大丈夫だと判断したら、明日にでも通えるかもです」
「そっかー。ユーキ、早く来られるといいね」
「ですねー」

 そうのんびり話していると、前方で手を振る小柄な影が。
 エミリちゃんだ。

「おーい、皆。おはよー」
「エミリちゃん、おはようございます!」
「学校では久しぶりー、サキちゃん」
「今日から復帰ですよー」
「あ、エミリ。寝癖ついてる」
「え、嘘!」
「あ、エミリちゃん。直してあげるから……」

 いつもの四人で、賑やかに登校することになった。
 やっぱり、学校楽しいー!


「サキ、ずるい」

 学校から笑顔で帰ってきたら、お兄ちゃんがいじけていた。うさっちょのぬいぐるみを、抱きしめソファーの上で膝を抱えている。
 暗いオーラを放っている。

「サキ、僕寂しかったのに……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。笑顔全開で帰宅したのは悪かったですよ」
「知らない」

 お兄ちゃんは、ぷいっと視線を逸らす。完全にへそを曲げてしまっている。
 私は、鞄を床に置くと、お兄ちゃんの隣に座る。
 そして、ぴったりとくっつく。

「お兄ちゃん、私がいないと嫌ですか?」
「……うん」
「じゃあ、学校通っちゃいましょうよ」
「え……」

 お兄ちゃんが目を瞬かせた。

「僕が、学校に……?」
「はい! お兄ちゃんが望めば、お父さんも通わせてくれますよ!」

 もう、お兄ちゃんは人形じゃないのだから。
 お兄ちゃんはしばらく考えた後、口を開いた。

「僕、学校行きたい」

 お兄ちゃんが明確に、自分の欲求を表した瞬間だった。
 私は、すぐさまお父さんに通信する。

『ユーキが、自分から……』
「はい! 学校に行きたいと」
『……』

 お父さんは考え込んでいるようだった。私はドキドキしながら、お父さんの言葉を待つ。

『……いいでしょう。サキ以外の同年代の子供との交流は、ユーキに良い効果をもたらす筈です』
「お父さん! ありがとう!」
『ですが、すぐにとはいきません。準備もありますし、次の休校日の翌日にしましょう』
「はい!」

 私は、通信機を切るとお兄ちゃんのもとに走る。

「お父さんが、次の休校日の翌日から、通ってもいいと!」
「本当に……?」
「はい!」

 お兄ちゃんは、うさっちょのぬいぐるみから、体を離して私に笑いかけた。

「嬉しい」
「お友達もできますよ!」
「うん!」

 私たちは、手を取り合い喜びを分かち合った。
 今度の休みから、お兄ちゃんと学校に行けるんだ!
 楽しみだなー!
 まりあ叔母さんの返事にも、書こう。私たちは元気で、一緒に学校に通いますって!
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