上 下
21 / 29
海賊は囚われのお姫様をご要望

20.白馬の王子様

しおりを挟む
 これはレイの、三~四年前にあった出来事の記憶。

『レインズ様』

 礼服に身を包み、とても姿勢を正しくしている男は読書中の彼に話しかけた。
 窓際の席。入射光に輝くその水色の髪は揺れ動くことなく会話が続く。

『レイでいいよ』
『レイ様』
『だからレイでいいって』
『……レイ、ンズ様』
『……』

 へりくだっている自分より年上だと思えしき相手。レイは、年下の自分のことを呼び捨てにするよう試みたがそれは失敗に終わった。
 微妙な空気。男にとって気まずい状況であり、気まずい心境でもあったがレイは、何事もなかったかのような瞳をしたまま読書を続けた。
 男の顔を見みることもせず、頭を動かすこともなく、最終的に水色の髪が揺れ動くことはなかった。




 イヴァンの部屋での一週間が終わり、レイとの一週間が始まった頃、今までよりも大きな街に降りた。
 白い家が建ち並ぶ、清潔感のある街。

「あれ、レインズ様じゃないか」
「まさか」

 ふと二人の兵が立ち止まる。その視線の先にいる人はレイ。
 レイとナギとともに同行するユリウスは兵たちを見澄ます。

「レイ、王子様なの?」

 名前は似ているようで少し違う。まだ中心部くらいまでしか歩いておらずこの街に城があるのかわからないが、もしあったとして兵の者の言う人がレイというなら、様付けされる理由はこの街の王子様だから。
 当たっている可能性はないに等しい、というより根からレイのことを王子様だと思って聞いてはいない。ただの会話のきっかけを出しただけだ。

「白馬の王子様?」

 意図の読めない質問返しに、無言で首を傾げる。本当に何言っているのかわかっていない証拠。

「ユリウスの、白馬の王子様ならやってもいいよ」

 話についていけないユリウスは困惑する。
 もしこれが笑うところだと言われたら笑いのツボが分からない。斜め角度に球を直球された感じだ。

「何の話?」
 思わず聞き返す。

「童話の中の話」
「童話……」
「知らない? 白馬の王子様」

 ある王国にとても美しい王妃様がいました。王妃様はいつも魔法の鏡に向かって「この世で一番美しいのは誰?」と尋ねます。鏡はいつも「それは王妃様です」と答えていました。
 しばらくして王妃様は身籠り、一人の女の子を授かりました。生まれてきた女の子は雪のように白い肌から『白雪姫』と名付けられました。 
 白雪姫が大きくなった頃、王妃様はいつものように魔法の鏡にいつもの質問を投げかけたのです。しかし、魔法の鏡は、『この世で一番美しいのは、白雪姫です』と答えたのです。
 美しさで負けたことから、王妃様は白雪姫に嫉妬を覚えるようになり、段々と白雪姫に辛く当たるようになっていきました。
 そして遂に、森へ散歩へ行かせることを口実に、従者に白雪姫の抹殺を命じるのでした。ところが、従者は姫の美しさと純粋な心に殺すことをためらい、森に置いていくことにとどめました。
 森を彷徨っていると、白雪姫は一件の山小屋を見つけます。宿を貸してもらおうと尋ねたそこは、七人の小人たちが棲む小屋でした。小人たちは、自分たちの身の回りの世話や家の留守を預かることを条件に白雪姫を自分たちの元に住まわせることを許したのです。
 しばらくたったある日、王妃様はいつものように鏡にいつもの質問をしました。すると鏡は再び白雪姫の名を答えたのです。
 従者に問いただして白雪姫の居場所を探させると、王妃様は醜い老婆の姿に変装し、白雪姫の元に向かいました。王妃様は小人たちの留守を狙い、リンゴを売る振りをして白雪姫に毒リンゴを食べさせ、とうとう白雪姫を殺してしまいました。
 小人たちが帰ると白雪姫はすでに息絶えており、その様子を見て小人たちは驚きとても哀しみました。せめてもと思い、小人たちは水晶で出来た棺に白雪姫を寝かせ、とむらうことにしたのです。 ところがそこに、白馬に乗った王子様が通りかかりました。白雪姫の美しさに魅せられ、王子様はその棺を自分に譲ってほしいと小人たちに頼み、白雪姫を連れ帰ることにしました。 
 帰りの道中、棺の白雪姫が気になって仕方ない王子様は、棺の蓋をあけて白雪姫を眺めていました。そして思わず白雪姫の唇に口付けしてしまいます。その口付けで白雪姫は生き返ったのです。
 今までの事を聞いた白雪姫は王子様に感謝し、彼の王国へ連れて行ってもらうことにしました。 
 そして二人は結婚し、幸せに暮らしたということです。 
 めでたし、めでたし。

 道中、童話の中にある『白雪姫』を長々と話されたが、意外とそんなに長く聞かされた気分ではない。

「ユリウスの白馬の王子様ならやってもいい」
「もし、なってくれたとしたら何してくれる?」
「ユリウスは俺が守るよ」

 童話の中の話、『白雪姫』は知っていたものだった。
 幼き頃は憧れでもあった。もしかしたら白馬に乗った王子様が現れて、城から連れ出してくれるかもしれないと。
 悪ノリ程度に返した言葉。真面目な顔してまた返される。

「どうしてそんなこと言ってくれるの?」

 未だ彼と親密な関係になったとは思えない。

「仲間だから」

 さりげなく言われたその言葉は、とても嬉しいものだった。





「えっと、それじゃあ……レイは城に戻らなくていいの?」

 レイは本当の王子様。ナギとレイの二人は街で会い、すぐに仲良くなったという。外へ出て自由にしたいというレイの発言、それを叶えるためナギも一緒にこの街を出ることになり、親がパーティ会場として使っている船を奪おうとするが肝心の操縦者がいなかった。そこでイヴァンの登場。イヴァンは条件付きで船を操縦してくれるということに。

「レイは戻りたくないんだって。城には許嫁も待っているんだけどね」
「許嫁……?」
「黒髪美女だったよ。あ、もちろんユリウスの方が可愛いけど」

 許嫁ーー結婚を許された相手。レイにはそんな人がいるのか。
 二十歳となれば結婚をする相手を決められているなど当然のことかもしれない。なんせユリウス自身十八で、そろそろ婚約者を決めなければいけない、というような父が喋っている話を聞いたのだから。

「ごめん。暑いの苦手だから」

 水滴のついたカップ。陰になっている長椅子に、くたーっと座っているレイのこんな無防備な姿、初めて見たかもしれない。
 ユリウスは片手に持つ飲み物を素直に渡す。
 すぐにそれはレイの口元に運ばれた。

 今日はやけに日差しが強い。それにやられたのかレイはいきなっりふらっときて倒れそうになった。実際、ユリウスが支えなければ倒れていた。
 とりあえずレイを近くにあった休憩所におき、冷たくて水分の取れる飲み物を彼宛に買ってきて今に至る。

「ちょうだい」

 ユリウスの手にはバニラアイス。ナギの手にはチョコアイス。レイとナギの飲み物と二つのアイスだけで手が一杯だったためレイの分は買ってこれなかった。
 しかしユリウスは迷う。レイはバニラの方が好きなのだろうか。視線は未だに自分に注がれている。これはバニラの方が好きとみえた。

 だが一つの物を分け合うというのは良いが、これは分け合ってもいいものなのだろうか。などと考えていると腕を取られる。口元までいくとレイはそのまま食べた。舌を出してペロッと。その動作はほんの少し煽情的だった。

 分け合うことは小さな夢であり、してみたかったことナンバーファイブに入っていたはず。なのに今は固まってしまうほど衝撃な出来事と化した。

「ごめん。垂れそうだったっから、つい」

 そうか、つい、か。

「よかったらもっと食べる?」
「いいの?」
「いいよ」

 彼の一拍おいてからの返事。
 この際、一口も二口も三口も同じこと。

「ついでやっていいことじゃないよねー!!?」

 ユリウスの代わりなのか、少しタイミングが遅いがレイを挟んだ向かいのナギは叫んだ。叫んだ拍子に生じたことなのか、ナギの手にはチョコがたらたらと。

「ナギくん、チョコ垂れてる」
「わわっ」

 ナギは慌てて隣にいる彼に渡す。

「レイ、持ってて」

 ポケットから出したブルーのハンカチで、手についたチョコを拭く。
 ハンカチが茶色くなっちゃったなんて言いながら拭き終わった頃には、ナギのアイスは半分ほどになっていた。

「わぁー、僕のアイスレイが食べたぁー」
「垂れそうだったから、つい」
「だからそれついじゃないよね!?」

 心から落ち込んでいる瞳。見ていられなくて自分のを差し出す。

「ナギくん、私のあげるから落ち込まないで」

 すると尊敬するような眼差しが向けられ。

「ユリウス……。やっぱ好き」

 涙目で嬉しい言葉を言われた。
 『好き』だとか『仲間』だと言われるのは今のユリウスにとってとても嬉しいことだった。




 レイとナギの海へ出た経緯。それを聞いたユリウスは他の者たちのことも気になり、合流したトーマたちに聞いた。トーマは物心ついた時から剣の腕を磨いていて、いつか海にたちたかったという。そして運命なのか必然なのかイヴァンたちが目の前に現れたと。

 ミサトにも教えてもらった。ゼクスは小さい頃悪い海賊の集団の一員で、街中で出会ったミサトと仲良くなったと。丁度そこにやってきたレイにナギにイヴァンにトーマ。事情をなんとなく知ったトーマがゼクスに『ついて来いよ』と言ったそうだがゼクスは拒否したらしい。

 トーマたちが出港する間際、ミサトに『いいの?』『それで本当に後悔しない?』と言われたゼクスは心が揺らいだのか、「お前も一緒に行くなら行く」と顔も見ずに言ってきた。さすがに見放すことが出来ず、ミサトはゼクスについて行ってあげたと。トーマたちの乗る船に。

『ゼクス』
『その名前は大嫌いだ』
『じゃあゼスでいっか』

 最初の頃にやったやり取り。あまり変化はないが「ゼクス」を「ゼス」とミサトが呼び始めたきっかけ。
 ミサトはなんとなく察していた。ゼクスは自分の嫌いな海賊団の奴らに名前を呼ばれ続けて自分の名前が嫌いになってしまったのだと。
 しかしーー。

「僕はミサト。こっちは……ゼクス。よろしくね」

 あえてそう自己紹介したという。自分の本当の名前を忘れないように。

「ゼクス」
「ゼスだ」
「やっぱり来たんだな」

 先に船に乗っていた新入り、トーマが挑発的な目を向けていたがその時のゼクスは心を閉ざしていたのか何も反感してこなかったらしい。
 今では『来たら悪いか?』『お前が誘ったんだろ』くらいまでは言うはずだ。ということは今はもう心を開いているということなのか。

「あん時のゼクスが一番良かったかもな」
「そしたらトーマの調子が崩れっぱなしだったんじゃない?」
「んなこと……」
「ないとは言えないよね。最初の頃、ゼクスの無関心ぶりに引いて『もっと感情持てよ』と言ったトーマは」

 イヴァンだけならまだしもミサトとの攻めには敵わない。
 トーマは悩ましげに唸る。
 最後にはナギの炸裂パンチ。

「そういえばトーマ、ゼクスを嫌っていたわりに一番構っていたよね」
「うるせえっ。それはその、あいつが物凄く暗かったからだ。今でも暗いけど」

 悪口が入り混じっているはずなのに、何だか微笑ましい。
 仲間というものはやはり良いものだと思った。

「何だあれ」

 少し先に子供の集まりがある。そこに一人だけの大人。




 子供たちが何だか楽しげに何かをしていた。

「ポッキンゲーム?」
「このお菓子の先端と先端を二人で紡いで、交互に食べ進めるゲームのことだ。兄ちゃんたちやらないか?」
「ゲームっていうことは、勝ち負けとかあんの?」
「もちろん。最初に口を離した方が負けさ」

 へえ、と、意外にもトーマは興味ありげ。

「トーマ、やる? 僕勝つ自信あるよ」

 どんな自信があるのか、珍しくもイヴァンもやる気のよう。

「ちなみに、負けた方は勝者の言うことを一つ、何でも聞かなくちゃいけないというルールがある」

 ぴくっ、とトーマは動く。
 勝ち負けのある勝負。それはとても大好物なもので。それに加え、勝てば相手に一つ何でも命令できる特典が付いてくるなんてやらなければ損だ。

「よし、やろうぜ」
「そうこなくちゃ」

 どちらも勝利を信じての対決。椅子として使われている樽に座り、真ん中に出された棒状のお菓子を口に含んだ。

 ポッキンゲーム。棒状に作られたお菓子を使ってする遊び。屋台の主人が始めたゲームらしい。お菓子を売るための広告として。

「にしても、こりゃあ良い光景じゃないな」

 ユリウスとミサトが話を聞いていた間にも、二人が勝負と表するゲームが進んでいた。おじさんは彼らに視線を向け失笑する。

 棒状のお菓子の端をくわえる二人。イヴァンは余裕な表情をしている。対して、トーマは冷や汗をかいていて今にも口を離してしまいそうだが負けまいと目力で何とかしようとしている、けれど結局断念。
 少々力尽きたように項垂れる。

「一応聞くけどお前さ、何ボリボリと遠慮なく来てんの」
「だってそういうゲームでしょ」
「そういうことじゃなくて、近づいてくるスピードとか速すぎだろ」
「ん? そうかな?」

 無難な返し。そこではっとした顔になったトーマは蒼白する。

「まさか、お前……今まで気づいてなかったけど」
「ーー?」
「……コッチか?」

 口元に近づけた手。甲を反るポーズを取った彼に即一発食らわせた。
 殴られた部分がじんじんと痛むのか、手で覆いながら恨みのこもった目をイヴァンに向ける。

「何だよテメェ」
「ユリウスがいる前でやめてくれるかな、そういうの」
「そういう風なの匂わせたお前が悪いんじゃねえか」
「冗談でもやめてくれるかな、そういうの」

 すっと席を立ち、さりげなく相手の首に腕を回す。ぐっと腕に力を込め、首を締め付ける。すると彼は苦しそうに悶え始める。

「痛ってえよ、離せ」

 ぐっと両手に力を入れて腕を離そうとしてくるがそんなのは許さない。イヴァンは半分本気で痛めつけようとしている。それが力の加減から伝わったのか、とりあえず力の向きに従おうと席を立ち後方に下がる。

 なんなくユリウスたちから離れたがこれからどうするか。左腰にある鞘にある剣を使って脅すか、それとも素直にごめんと謝って許してもらうか。結構やばい状況に内心焦っていると、腕の力が緩んだ。それを機として振り返るとともに少し彼から離れる。

「お前殺す気か!」
「まさか。大切な仲間をこの手にかけたりしないよ」
「……胡散臭く聞こえのは気のせいか」
「気のせい気のせい。でもまあ、トーマは殺しても死なないと思うんだけどなぁ。気合で生き返る、みたいな」

 殺されたら誰でも死ぬだろ、という適切な指摘を尻目に、こちらはこちらで物事が進む。

「お嬢ちゃんたちもやらないか。ほら」

 無理やり感満載な感じでユリウスは、先までイヴァンたちが座っていた樽に座らせられた。向かいにはレイ。

 じゃれていた二人が振り返ると、そこにはユリウスとレイが樽に座っている姿。そしてーー……。

「……」
「……」

 どちらも微動だにしない。口には例のお菓子。これもまた、無理やり感満載な感じで事を運ぶおじさんにされたことだ。

 ユリウスは迷う。これから何をすれば良いのか。
 レイはお菓子を口にくわえたままお菓子を見ている。特に何も気にした様子もなく、ユリウスのように動揺している様子もなく、ただ単にお菓子をくわえそれを見つめている。

 これはゲームだ。何もしないわけにはいかない。けれど……。
 しばらく思考してユリウスは、ポキッ、と諦めた。
 とても静かな闘いだった。
 レイは無表情のまま口に残ったお菓子を食べる。
 負けた方は勝者の言うことを一つだけ何でもきく。だからトーマは冷や汗をかくまでにイヴァンの躊躇ない接近に必死に耐えていた。

「嬢ちゃんの負けだな。アクア色(水色)の兄ちゃん、頼みは何にする?」
「……特に今はない」
しおりを挟む

処理中です...