《完結》政略結婚で幸せになるとか

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 「街は今、お前たちの婚姻の噂で持ち切りだ」

 「・・・噂?」

 やはり男同士の結婚は陰でなにか言われてしまうのか。

 「相思相愛で、貴族なのに自分たちの愛を貫いたと。──大方あの小賢しいギベオンが美談に仕立て上げ流布しているのだろう。私は、ギベオンがカネに物を言わせ無理矢理お前に迫ったのだと理解している。──ああ、私は、何をためらっていたのか。お前をこうして腕に抱けるなら王族の名誉など手放したとしても後悔はしなかっただろうに」

 いやいや、するだろう、後悔。王族に生まれて名誉を手放すなんてそんなバカなまねしてはいけないぞスピネル!

「殿下、離してください」

 徐々に締め上げるように抱き込まれて、苦しい。
 身動ぎすると、ようやく力を緩めてもらえた。

 「・・・ああ、済まなかった」

 だが、未だ殿下の腕の中にいる。どこか正気を失くしているような殿下の目が怖い。

 「・・・国宝級のエメラルドだな」

 オレの瞳のことか。

 「──母そっくりだとよく言われます」
 
 ただの遺伝だからね、この瞳は。

 「私との契約の件、前向きに考えてくれるか?」

 「殿下、その件はですね、なかなかご期待には・・」

 「学園切っての秀才だったお前のことだ。王族からの話を蹴るような愚かな真似はしないと信じてる」

 「・・・・・・殿下」

 「二人の逢瀬のための館を早急に手配しよう」

 頬をすりすりと撫でられる。
 剣を振るう騎士の固い手のひらに、どこか男としてのプライドが傷つく。と同時に身の危険を感じる。すごく感じる。

 「──そこに私の店で購入したライトを置くつもりですか、殿下」

 急に割り込んできた声にはっ、と顔を上げると、息を切らせたギヴが木立の間から姿を表した。
 
 「ギヴ!」

 「控えろ、ギベオン。下位貴族らしく声がかかるまで待つのだ」

 スピネルの剣幕に護衛達が殺気立って走ってくる。

 「──他人の婚約者を腕にしてるのを見て、人が従うべき道徳の外にいる方だとお見受けしました。そして、そんな相手に尽くす礼儀はないと判断致しました」

 「黙れギベオン、不敬な!──そもそもお前たちは“白い結婚”なのだ。当然、互いに相手がいても構わないはずだ」

 「“白い結婚”、ですか」

 「そうだ。“白い結婚”だ。王族の私に何度も同じことを言わせるな」

 ・・・つまり、“白い結婚”にしろ、と言っているのか。
 ギヴとは友人になれたのだから“白い結婚”でいいんだけど、命令されるといい気分はしないな。

 「私達は“白い結婚”ではありません。互いを想い合っているんです」

 ベリッ、と音がしそうなほど乱暴にオレをスピネルから引き剥がし、ギヴがオレを抱きしめた。

 「そうでしょう?ラド」

 ニコリと微笑んでくるギヴにコクリと頷いた。
 頷かなければスピネルにつけ込まれる。わかってる。 
 ──が、恥ずかしさに頬だけじゃなく顔中かっ、と熱くなった。

 「・・・本当に貴方は可愛い人だ」
 
 頭のてっぺんにちゅ、と口づけを落とされた。
 わ~っ!!もう顔を上げていられず、ギヴの胸元に伏せた。心臓の音がうるさい。
 
 「どこまでも不敬な!お前をここで切り捨ててもいいんだぞ。・・・ギベオン、お前の小細工をラブラドライトは知っているのか?」

 「・・・・・」

 小細工って?
 まだ赤いだろう顔を上げる。

 「ラブラドライト、なぜ父君の元に次から次へと金の無心に来る者が絶えないのか、と考えはしなかったか?まるで一つの案件が解決すれば次、というように。そして、美しく、高位貴族のお前のもとに、なぜ釣書きが全く来なくなってしまったのか、不思議に思わなかったか?」

 「それは・・」

 うん、思わなかった。
 父はあの通りのお人好しだし、オレの母譲りの派手な顔が女の子に嫌われているのも知っていたし。
 けどそれはギヴが仕組んでいたこと、ってことなのか。
 ギヴを見る。
 なんのために?と。
 いや、わかってる。確実にこの家の古美術品と家柄、そんなものたちが欲しかったんだろう。
 オレだって似たようなもんだ。金のために小細工ができたならしてたかも。 
 ギヴを責めるつもりはないけど、苦いな・・、と思った。
 だが、今は悄気げてるときではない。スピネルの愛人契約を回避しないと。
 抱きしめられて、あれだけ気持ち悪くなったんだ。愛人は無理です。

 「それでも、オレはギヴを愛しているんです」 

 「「・・・・・」」

 オレの言葉にその場が凍りついた。
 ギヴ、お前は固まってる場合じゃないだろ。
 きゅっ、とギブの背中に手を回した。

 「──殿下、不敬ならば幾重にもお詫び致します。どうか、お帰り下さい。私はこの先、自分がどれだけ幸福な男なのかということを決して忘れません。彼に、生涯尽くし続けると命にかけて誓います」

 背中に回されたギヴの手の温もり。
 抱き合ったオレ達に長い沈黙が降りた。

 「・・・命に?フン、お前の意見など聞かぬ。去り際は自分で決める。──ラブラドライト」

 呼ばれ、顔を上げた。王族を無視はできない。

 「楽しいお茶会だった。ありがとう。式と披露宴には王家を代表して私が出席する予定だ」

 「ありがとうございます、殿下。私もとても楽しい時間を過ごせました。十日後、御足労をおかけしますがよろしくお願いします」

 唐突なお開き宣言に狼狽えたが、なんとか挨拶を返した。
 愛人契約はなしでいいんだよね・・?
 
 「私のエメラルド・・。どうか幸せに」

 「・・・はい」

 玄関での見送りは不要と言われ、護衛達と去って行く殿下をギヴと二人、木立の中で見送った。

 
 
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