会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【3】私と帰ったところで騒ぐものはいない

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 マーケティング部とデザイン部の飲み会は会社近くのお洒落な創作料理の居酒屋で行われた。

「かんぱーい!! 」

 参加者が一斉にグラスを掲げ、各々の近くの者同士でグラスを合わせ乾杯が行われた。

 菜乃は早々に帰れるように、店の入り口側に一番近い席に座って、周りから気配を消すようにしてノンアルコールビールをちびりと口に含んだ。

「いやぁ、デザイン部の女子社員の皆さんって本当に華やかな人達ばかりで、誰に視線を向けたらいいか迷ってしまいますね」

 真っ先にそんなリップサービスを述べるのは勿論、マーケティング部の期待の星、五十嵐だ。
 その場にいる女子社員が『きゃー』と、一斉に五十嵐のリップサービスに乗せられ、嬉しそうな声を上げる。
 隅の方で菜乃だけはお通しを摘まみながら、「けっ」と、白けた様子で五十嵐の言葉を聞き流していた。


 飲み会が始まってから一時間が経過した。
 ちらほらと席を移動し始める者が出始めた。

 菜乃はその動きに紛れてトイレに立つ振りをして、こっそりとカウンターまで足を運ぶと、店員に帰りのタクシーの手配を依頼した。

「N町まで一台お願いします」
「承りました」

 菜乃の目の前で、店員が直ぐさま最寄のタクシー会社に電話を掛ける。

「……本日はそんなに混んでいないとのことで10分程でこちらに来られるそうです」
「ありがとうございます」

 店員とのやり取りを終え、カウンターから菜乃が宴会場へと戻ろうと踵を返した瞬間、目の前に何か壁のような存在が立ちはだかった。
 突然目の前に現れた壁の正体を確かめるように、菜乃は反射的に視線を上へと向けた。

「――もう帰るの? 」
「ひぇっ……!? 」

 154センチと背は低めの菜乃を上から見下ろすように、178センチの五十嵐が取って付けたような営業スマイルを浮かべて立っていた。

「N町のどこら辺? 」 
「う、す、すすいませんっ……。わ、わた、私、ちょっと体調が悪くて……」

 一人だけ真っ先に早く帰ることを咎められると思った菜乃の口から思わず帰る言い訳が溢れ出た。

「そこって、近くにスーパーある? 」
「は、はい。あります……! 」

 上からぐっと顔を覗き込まれ、菜乃は彼の圧から逃れるようにブンブンと首を何度も縦に振った。

「なら、俺のマンションもすぐ側だな。君、名前何て言うの? 」
「へ、あの小森です」
「小森ね。オッケー」

 (な、何がオッケー? )

 突然の出来事に菜乃が訳が分からずその場に立ち竦んでいると、五十嵐がグイと菜乃の手を取り、強引に宴会場へと引っ張って行く。

「うわ、な、何ですか? 」

 一人早く帰ることを皆の前で責められるのかと菜乃はサッと顔から血の気が引く思いがした。
 しかし、五十嵐が取った行動はそれ以上に菜乃を驚かせる内容だった。

「すんません!! デザイン部の小森さんが、飲み過ぎて具合が悪くなったみたいなんで、俺、家も近いし送って行くんで、このまま帰ります! 皆さんはゆっくり楽しんで帰って下さい。お疲れ様でした!! 」

 五十嵐の一方的な帰宅の声に菜乃はぎょっとしたものの、自分のような影の薄い平社員が超絶人気者の五十嵐に手を繋がれているこの状況に、会社の皆の反応が怖くて、視線を上げることが出来ずに、恐怖と緊張で僅かに肩を震わせながら青ざめて俯いていた。
 それが、周りの者達には本当に具合が悪そうに映ったらしく、

「え~、大丈夫? 顔色も悪いし、何ならちょっと身体震えてるし、もしかして熱でも出てる?  早く帰って休んだ方がいいね」

 マーケティング部の小林部長が心配そうに菜乃に声を掛けた。
 本気で自分の身体を労う部長になんだか申し訳なさが募る。

「は、はい……。すみません……」

 菜乃は太めの身体をひたすら縮こませてペコペコと頭を下げた。

「じゃ、ま。そーゆーことなんで」

 このまま自然な流れで帰れそうなのを確信して、五十嵐は菜乃と繋いだ反対の手を顔の前で掲げ、さっさっと宴会場から背を向けた。
 そんな五十嵐の背後で残された女子社員達の不満気な声が上がる。

「え~!! 五十嵐さん、帰っちゃうのつまんない~! もっと私達と飲みましょうよぉ~」
「悪いな。また次の機会にゆっくり飲ませてよ。取りあえず、このこの子限界だし、タクシーも来たみたいだからお先に! 」

 残念がる周囲の声を適当に受け流しながら、五十嵐が菜乃を労るように手を引いて店から姿を消した。

 店の前では時間通りタクシーが止まっており、五十嵐は菜乃を後部座席に乱暴に押し込むと、自分もそのまま強引に横に座った。

「お願いします」

 後部ドアが自動で閉まると同時に、五十嵐がタクシーの運転手へと声を掛ける。
 タクシーは静かに目的地に向かって出発した。

 (今、一体私に何が起きてるんだろう……)

 菜乃は後部座席でその場で微動だにせずピシリと固まっていた。

 そんな菜乃のことなど全く気にしてない様子で、隣に座る五十嵐は、窮屈そうにスーツのネクタイを緩めると、ふーっと長い息を吐いた。

 (う、お酒くさ……)

 五十嵐の吐いた息からアルコールの匂いがタクシーの後部座席に充満し、隣に座る菜乃は思わず顔をしかめた。
 たった一時間かそこらで、どれだけお酒を飲んだのだろう、とあまりお酒に強くない菜乃は、呆れと驚きの半々の気持ちで、ちらりと五十嵐へと視線を流した。
 菜乃の視線に気付いた五十嵐は、口元にニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべた。

「あー、マジで助かった。デザイン部との飲み全然楽しくないし、次から次に女子社員が酒継ぎにやってくるしで、かったるくて早く帰りたかったんだよな。小森だっけ? タクシー便乗させてもらってサンキューな」

 しれっと悪びれもなくデザイン部の社員をなじる五十嵐に、再び以前の記憶が甦ってきた菜乃は怒りに任せて口を開いた。

「こ、こ、こっ……」
「コケコッコ? 」

 どもる菜乃をからかうように五十嵐が真似をする。
 馬鹿にするような五十嵐の態度に、菜乃の堪忍袋の緒が切れた。

「困ります! 私、お酒なんて一滴も飲んでないし、具合なんて全然悪くないし! そ、それに五十嵐さんと二人で帰ったことで、来週会社に行ったら皆に何て言われることか……。考えただけで恐ろしいです! 」

 両手を膝の上で握り締め、菜乃がワナワナと身体を震せて訴えた。
 そんな、菜乃の言葉に五十嵐は一瞬何を言われたか理解できない様子でキョトンとしていたが、直ぐにまた菜乃を馬鹿にするようにケラケラと笑い出した。

「ないないないない! 俺とお前が万が一にでも何かあるわけないし! 誰一人としてそこは勘繰らないから安心しろよ。今頃、『具合が悪くなった可哀想な小デブの陰キャ女子を親切に送ってあげるなんて、流石五十嵐さん♡』って俺の株が上がってるだけだから」
「なっ、……!? 」

 あまりの無遠慮で失礼な言動の五十嵐に菜乃は絶句し、彼を睨むように凝視した。

「俺、めっちゃ面食いで通ってるから」

 更に五十嵐は菜乃を挑発するようにズイと端正な顔を近付けてはっきりと宣言した。
 それは菜乃が可愛くないとはっきり言ってるようなもので。

「ひ、酷……」

 あまりにも堂々としたクズっぷりに菜乃は怒ることも忘れてドン引きする。

「はは。……うっぷ」

 ショックを受けている菜乃の姿の愉快さに、性格の悪い五十嵐は笑おうとしたが、突如として吐き気を催し、口元に手を当てると「うぇっ」とえずき始めた。

「え? は、吐く!? 」

 その光景に菜乃がぎょっと目を見開いて、慌てたように声を上げた。

「お客さん、車の中では勘弁して下さいよ」
「お、降ります降ります。スミマセン。……お金、お釣要りません。有り難うございました! 」

 菜乃は迷惑そうに告げるタクシーの運転手にアパートの手前付近で降りることを告げると、慌てた様子で財布から五千円札を取り出し、タクシー運転手に何度も頭を下げながら、えずく五十嵐の身体を力一杯引っ張ってタクシーを降りた。

「毎度~」

 タクシーの運転手はドアを閉める直前に労るような視線を菜乃へと向けた。

「私はお嬢さん、とても健康的で可愛らしいと思いますよ」
「え? あ、あはは……。ありがとうございます……」

 去り際に、六十代位のタクシーの運転手が払いの良い客である菜乃の為に、リップサービスのオプションを付けて去っていった。
 菜乃は居たたまれない気持ちでタクシーを見送り、元凶の五十嵐に恨めしい視線を向けた。

 タクシーから降りた五十嵐は、道路の端の電柱に前屈みの姿勢で身体を倒すと、一際大きくえずいたあとで、その場で盛大に嘔吐した。

「うわぁ……」

 飲み過ぎて嘔吐する人間を初めて目の当たりにした菜乃はドン引きしたものの、嘔吐後ぐったりとして道路にうずくまる五十嵐を流石に放って置くことも出来ず、仕方無く自分のアパートまで彼を引き摺るように連れて行った。
 アパートに着くと菜乃は酔いが回りぐったりしている五十嵐をテキパキと介抱し始めた。
 汚れたジャケットとインナーを脱がせ、その服をお風呂場で手洗いし、洗濯機に回す。
 吐瀉物で汚れた五十嵐の口の中を濡れティッシュでさっと軽く拭き取り、一応アルコールを彼の身体に吹きかける。
 最後に大きなバスタオルを下に敷き、自分のベッドへと寝かせた。
 もう吐くことはないだろうとは思ったが、五十嵐の顔の横にビニールを張った洗面器を置いておく。

「ふぅ、取りあえずこんなもんかな……」

 五十嵐が眠っていることを確認すると、自分も疲労と緊張からの解放感で一気に眠気が押し寄せてきた。
 菜乃は重い目蓋を一度閉じると、その場で気絶するように眠りに就いた。


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