会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【8】飲み会の誘いと交換条件

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 しゃぶしゃぶを食べた後で、五十嵐はスーツのジャケットを脱いで、菜乃のベッドにごろんと寝転ぶとまるで我が家のように寛ぎ出した。

「このアパート1Kで6畳位か? 狭いな。うちの会社の給料ならもう少し広い所借りれるだろうに」
「最近は物価高で生活費やら食費もお金がかかるので……」

 ただ飯を食べられ、菜乃は遠回しに嫌味で返すも、当然無神経な五十嵐には響かない。

「だからさ、お前はちょっと食べる量抑えればもう少しお金浮かせられるんじゃね? 」

 挙げ句には菜乃のデブネタをぶち混んでくる始末。

 (というか、何人ん家で勝手に寛いでんだこの人)

 菜乃は解せない思いで、ベッドの五十嵐をじとりと睨んだ。

「あの……。今日ってまさか泊まるとか……言いませんよね? 」

 一抹の不安が過り、菜乃は恐る恐る尋ねた。

 (だって、着替えとかないし、歯磨きセットだってないし。そもそもそんな仲ではないし)

「お前、さっきの俺の話し聞いてたろ? 俺飲んだ日は一人でいるの嫌だって」
「だからって、私の所に泊まるのおかしくないですか? 会社が同じってだけで私達殆ど赤の他人ですよ?  一人が嫌で、女の人をだ、抱きたくないなら、男友達とかご実家に帰られるとか、他に色々あるでしょうに」
「男友達の家も実家も俺のマンションからは遠い。お前のアパートは俺のマンションのすぐ近くだし、俺の中でここ・・は色々と好物件なんだよ。それに、俺達はもう赤の他人なんかじゃないだろ? 」
「え? 」

 仰向けに寝ていた五十嵐が意味深な言葉を呟いて、ぎしりとベッドの音を軋ませながら菜乃の方へと寝返りを打ち、じっと熱っぽい視線を菜乃へと向けた。

「え? え? な、何です?」

 イケメンな五十嵐の熱い視線を受け、嫌なやつだと分かっていながらも菜乃はどぎまぎと頬を赤らめ狼狽えた。
 そんな菜乃の姿にふっと五十嵐は口元に笑みを浮かべると、

「俺達、同じ釜の飯を食べた同志じゃないか」

 なんてことはない、くだらない理由を述べた。

「そんなんで同志扱いされるなら、社食で食べた職員、皆同志だし! 五十嵐さんあちこち泊まり放題じゃないですか!? 」

 適当な理由でからかわれたと知った菜乃がプリプリと真っ赤な顔で怒りの声を上げた。

「諦めろ。俺はここが気に入ったんだ。あ、後でシャワー借りるぞ」
「お風呂も入る気ですか!? 」
「何だよ、当たり前だろ。一日働いてきたから身体汗で汚れてるし、ご飯食べたから歯も磨きたいし」
「着替えも、歯磨きセットも無いですよ? やっぱりおうちに帰った方がいいですって」

 ここぞとばかりに菜乃が五十嵐を追い立てる。

「大丈夫。さっきコンビニに寄って下着と歯磨きセット買ってきたから」
「ふぁっ!?」

 用意周到な五十嵐に菜乃はあんぐりと口を開けた。

「何だよ、さっきから帰れ帰れって。やっぱりお前って変わってるな。他の女なんて帰るって言っても泊まれってうるさいのに。逆にこんなに嫌がられるの初めてでなんか新鮮だわ」

 大真面目な顔で、五十嵐が不思議な生き物を見るような目で菜乃を見る。

「嫌がられているのが分かっているなら、もう帰って下さい。私も一応、独り身の年頃の娘なので」

 五十嵐とのやり取りに疲れた菜乃がはっきりと意思を伝える。

「いや、却って意地でも泊まってやるって気になった。それとも、アレか? やっぱり手を出されないことが不満? 」

 菜乃の切実な懇願に対して、五十嵐はてんで的外れなことを言うと、顎に手を当て考えるふりをし、ベッドからおもむろに立ち上がると、ずいと菜乃の前へと近付いた。

「な、何ですか? 」

 突然目の前まで近付いた五十嵐を菜乃は不安そうに見上げた。
 身長差20センチ以上の菜乃を見下ろし、五十嵐は菜乃の頭めがけて右手を伸ばすと、少しクセのある菜乃の髪の毛をわしゃわしゃとまるで犬をあやすように掻き回した。

「!? 」

 突然乱雑に頭を撫でられ、菜乃は声を出すことも忘れ驚いた。

「ほら、いいこいいこしてやったぞ。ついでにハグも付けようか? 」

 まるでお子様相手にデリヘルみたいな言い方をする五十嵐に、菜乃は小馬鹿にされた怒りでワナワナ肩を震わせた。

「結構です! 」
「ははは」

 どうあっても帰ろうとしない五十嵐に菜乃は観念したかのように大きなため息を吐いた。その時、ふとあることを思い出した。

 相手もこんなに図々しいのだし、自分も少し踏み込んだお願いをしてみよう、と菜乃は可笑しそうに笑う五十嵐を見て、あの話し・・・・を持ち出した。

「あの、もう今日帰って貰うことは諦めました。その代わり、ここに泊めてあげる条件として、五十嵐さんにひとつだけお願いがあるんですけど……」
「何? 抱いて欲しいとか無理だからな」

 改まって話を切り出した菜乃に対して、僅かに警戒した様子で五十嵐が失礼な反応を返す。

「絶対にそんなこと願いませんのでご安心下さい。――この前のデザイン部とマーケティング部の飲み会で五十嵐さんが途中で帰ってしまって、デザイン部の先輩方が大層残念がっておりまして。私に五十嵐さんとの飲み会をセッティングして欲しいと頼まれたんです……」
「えー……。面倒くさ」

 菜乃の申し出に五十嵐はげんなりするように端正な顔をしかめた。

 (……ですよね。分かっておりましたとも)

 予想通りの五十嵐の反応に、人の好い菜乃はこれ以上お願いする事がはばかられ、がっくりと肩を落とした。

「場所とか、直ぐ帰れるように駅の近くでいいか? 」
「え? 」

 肩を落とす菜乃の頭上から、面倒ながらも、五十嵐が飲み会の段取りの話を始めた。

「デザイン部の参加人数分かったら教えて。こっちは俺だけってのもアレなんで、そっちと男の数合わせるから。ったく、合コンかよ」
「え? いいんですか? 」

 思いもよらぬ五十嵐の反応に、菜乃が信じられないというように目をパチパチさせて、思わず無意識に五十嵐の上着をぐっと掴んだ。
 五十嵐は菜乃に掴まれた場所に視線を落としながら、不貞腐れたように口を開いた。

「……いいも何も、それが今日ってここに泊まれる条件なんだろ? 」
「そんな条件あっさり無視して、無理矢理泊まっていく人だと思っていたので……」
「流石に俺だってそこまで図々しい訳では……」

 今迄の流れで充分過ぎる程図々しかったのだが、折角持ち込んだ飲み会の流れを台無しにしたくなくて、菜乃はその言葉は敢えて口にせず飲み込んだ。

「だけどその代わり、飲み会の後は絶対またお前のアパートに泊めてもらうからそのつもりでな」
「ええ~……」

 それだけ言うと五十嵐は上着を掴んでる菜乃の手を振りほどくと、さっさと浴室に消えていった。

「何か、どっと疲れた……」

 菜乃は一人その場で呟くと、ソファにどさりと腰を降ろした。
 取り敢えずこの後のことは飲み会が終わってから考えよう、と菜乃はこれ以上深く考えることを止めた。


 ◇


 五十嵐はシャワーを終えるとコンビニで買ったと言うシャツとパンツ姿で菜乃の前に姿を現した。

 シャツはともかく、パンツ姿は止めて欲しい。
 菜乃は慌てて自分の大きめのハーフパンツを五十嵐に手渡すと、五十嵐は面倒臭そうにそれを身に付けた。足の長い五十嵐に履かれた菜乃のハーフパンツはショートパンツへと変身したかのように見え、菜乃は内心こっそり傷付いた。

 五十嵐は今度は歯ブラシを取り出すと、我が物顔で洗面所に向かい、歯を磨き出した。
 菜乃は最早何も言う気が起きず、彼の行動を静かに見守った。
 歯磨き後、ようやく一日の仕事を終えたというように五十嵐はいそいそと菜乃のベッドへと潜り込んだ。

「おい、ぽっちゃり。お前もこっちで寝ろよ」
「は? 」

 五十嵐は自分が入った布団を捲ると、菜乃にも来るように声を掛けた。
 とんでもないことを言い出す五十嵐に菜乃は身の危険を感じ、後ろへと後ずさった。

「いいから。ソファじゃ流石に寝心地悪いだろ。ていうか何もしないけど、人肌が恋しいからこっち来て抱き締めさせて」
「な、何血迷ったことを言ってるんですか!? そんなの無理に決まってるじゃないですか」
「いや、お前抱いて寝たら何かぷよぷよして気持ち良さそうだからさ。ちょっと試させて? 」
「絶対嫌です! 」
「……あ、そ。んじゃお休み――」

 頑なに一緒に寝ることを拒む菜乃に、五十嵐は拗ねたように菜乃から背を向けるとそのまま目を閉じ、余程眠かったのか数秒後には直ぐに寝息が聞こえてきた。

「信じらんない。何この人。何、この人!?」

 何もしないが、人肌恋しくて、しかも菜乃のお肉が気持ち良さそうで抱き締めて眠りたい。
 一体菜乃を何だと思っているのか。

 菜乃は洗面台の前にやって来ると、真っ赤に染まっている自分の顔に気が付いた。
 先程から顔が火照っているのは、怒りなのか恥ずかしさから来るものか分からない。
 取りあえず菜乃は顔の熱を冷まそうと、冷たい水で何度も顔を洗った。
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