会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【9】裏切りと救いの手~五十嵐過去回想~

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 外が明るくなり始めた頃に、 チュンチュンと雀の鳴き声で五十嵐は目を覚ました。

 狭いシングルベッドで身を寄せ合うように、自分の腕の中で小さくてふくよかな女が気持ち良さそうに寝息を立てて眠っている。

 (あったけー……。それでもってぽちゃぽちゃしてて気持ちいー……。何だこの抱き枕、最高か……)

 感動したように、半分寝惚けた意識で五十嵐は腕の中の菜乃の頭に自分の頬をすり寄せた。
 そして、再び目を閉じると、もう一度深い眠りに落ちたのだった。


 ◇◇◇


『大和。大好き』
あきら、俺も――』

 何時かの光景が五十嵐の微睡んだ意識の中に流れ込む。

 かつて愛した女と幸せそうに抱き合って眠る自分の姿が脳裏を過る。
 ずっとこの先も二人で生きていくのだと信じていた。
 それなのに。


『ごめんね、大和。私、○○さんと結婚することに決めたの』
『何でだよ!  俺達ずっと一緒にいるって決めてたよな!? 俺が社会人になって、一人前になったら結婚するって言ってくれてたよな。なのに何で他の男を選んだんだ!!』
『大和。あなたはまだ二十歳で、私はもう二十六歳。六歳の歳の差は私にとってあなたが思うよりも大きかった。あなたのことはとても好きだったけど、ごめんなさい』
『そんなの言い訳だ! 結局お前はより自分が裕福に暮らせる方を選んだんだ。まさか、自分が心底惚れてた女に二股かけられてるなんて思わなかったよ! 』
『大和……』
『うるさい! その口で俺の名前を呼ぶな! あいつに抱かれた身体で俺の身体に触れるな! お前なんて大嫌いだ! お前を一生許さないからな! 』

 かつての苦い記憶が五十嵐の心を蝕み続ける。
 大好きだった六歳年上の彼女。


 ◆


 五十嵐の通う大学で図書館司書として働いていた彼女に五十嵐は一目惚れした。

 当時五十嵐は十九歳。彼女――倉内 晶くらうち あきらは 二十五歳。
 眼鏡の似合う知的な大人の女の魅力溢れる晶に、今まで同年代としか付き合ったことのない五十嵐は夢中になった。

「晶さん、俺のものになってよ。俺、絶対将来出世するし、優良物件だよ? それに、毎晩晶さんを満足させられる自信あるし」

 若さと己の見た目の良さを売りにして五十嵐はストレートに晶を口説いた。

「ふふ、それは楽しみね」

 普段あまり笑顔を見せない物静かな晶が、五十嵐の口説き文句にふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。

「でもね? 」

 晶に見惚れる五十嵐に対し、晶は最後にこう言った。

「せめて大人のお店で一緒に堂々とお酒が飲めるようになったら考えるわね? 私、お酒が大好きだから、仕事帰りにお酒を一緒に飲んでくれる人じゃないと付き合えないわ」

 やんわりと『子供とは付き合えない』と断られた。
 今迄引く手あまたで女を選び放題だった五十嵐は、この時人生初女性に振られるという屈辱を味わった。

 いつも自分に自信のあった五十嵐は、ショックと恥ずかしさに、こんな気持ちにさせた晶を逆恨みしたくなったが、それ以上に、ますます彼女を自分のものにしたい気持ちが勝った。

 (俺を子供扱いして鼻であしらったこの女を絶対に堕としてやる――!)

 五十嵐はしつこく晶にアタックし、振られることを繰り返した。
 その内、一向に自分になびかない晶に、密かに想い人がいることに五十嵐は気が付いた。

 相手は五十嵐と晶の通う大学の教授で、4四十代前半の渋めのイケオジだった。

 彼の左手の薬指には指輪が嵌められており、彼に既に妻がいることを物語っていた。

 ショックだった。自分が晶に年下だとあしらわれ振られ続けているというのに、晶だって自分と晶以上に歳の離れた、しかも妻帯者相手に不毛な片想いをしているという事実が五十嵐には許せなかった。

 (なんてくだらない馬鹿女)

 五十嵐は自分を拒絶し、叶わぬ恋に身を焦がす晶を軽蔑した。

 (どんなに頑張ったって、彼女の心はアイツにしかない。俺のことなんてこれっぽっちも見てくれない)

 晶の心がどうあったって自分に向くことはないと悟った五十嵐は、少しずつ彼女から距離を取り始めた。

 それでも、ふと大学で晶が教授と嬉しそうに話をしている光景を目にすると、五十嵐は心臓がヒリつくように痛んだ。


 ある日の放課後。
 誰もいない大学の図書館で晶と教授が抱き合い、熱い口付けを交わしている光景を五十嵐は目撃した。

 教授が去った後で晶は一人静かに泣いていた。
 どうあったって自分は彼の一番になれない。
 自分はただの愛人だ、と。
 きっと彼女はそんな想いに打ちひしがれて泣いているのだろう。

 (馬鹿な女……)

 そう心で晶を罵るが、心とは裏腹に五十嵐は一人静かに涙を流す彼女のもとにゆっくりと近付き、後ろから彼女を抱き締めた。

「晶さん、もう止めなよ。アイツ絶対奥さんとは別れないよ。晶さん程のいい女が日陰の女になってるなんて勿体無いよ。……俺が絶対あいつより晶さんを幸せにするから! お願い、俺を選んでっ! 」

 ずるいと言うのは百も承知だった。
 傷付いている彼女の心の隙間に突け込んだのだ。

 晶は多分、その時本当に先の見えない不毛な恋に疲れていたのだと思う。

 後ろから抱き締める五十嵐の腕にそっと手を回すと、彼の想いを受け取るようにこくりと静かに頷いた。

「……っ!? 」

 そこからはもう無我夢中だった。

 二人は先程まで教授と蜜月の時を過ごしていた図書館でお互いの身体を貪るように激しく求め合った。


 その日をきっかけに、彼女と一時も離れたくない五十嵐は勢いのまま彼女のアパートに転がり込んだ。

 毎晩二人は熱い夜を過ごした。

 早くこの人を自分だけのものにしたい。
 早くこの人と家庭を持ちたい。

 五十嵐は幸せの絶頂にいた。
 お互い求め合い、愛し合う日々。
 そんな関係が一年続き、五十嵐が二十歳となった時。



「――私達別れましょう」
「え? 」

 突然、晶の口から別れの言葉が告げられた。
 事態が呑み込めない五十嵐だったが、彼女の左手の薬指に嵌められていた光輝く指輪に気が付くと、五十嵐は全てを悟ったように晶へと鋭い視線を向けた。
 彼女が嵌めている指輪は大学生の五十嵐では到底買うことの出来ない有名高級ブランドの指輪だった。

「教授からプロポーズされたの。奥さんとも別れたって。それで春からイギリスの大学で教鞭を取るそうで……私も一緒に来てほしいって誘われたの。私、あの人に着いて行きたい。……ごめんね、大和」

 晶は五十嵐と付き合っている間も教授と関係を持ち続けていたのだ。
 晶の形の良い唇から残酷な真実が五十嵐へと告げられる。

 その瞬間、五十嵐の心は粉々に打ち砕かれ、彼の世界は深い闇に沈んだ。
 あれ程美しいと思っていた晶の顔が今は醜く歪んで見えた。



 晶と別れて二年後。
 五十嵐は今の会社に就職した。
 五十嵐が晶から受けた心の傷は未だに癒えることなく、五十嵐の心を蝕んでいた。

 五十嵐は入社してからバリバリに仕事に打ち込んだ。
 だけど一人になるといつも頭の中は晶のことでいっぱいだった。

 晶のアパートに転がり込んで、毎晩晶と裸で抱き合った記憶がいつまでも五十嵐の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 晶が恋しい。
 晶の温もりが恋しい。


『せめて大人のお店で一緒に堂々とお酒が飲めるようになったら考えるわね? 私、お酒が大好きだから、仕事帰りにお酒を一緒に飲んでくれる人じゃないと付き合えないわ』

 (――なぁ、晶。俺もう大人のお店で堂々と酒が飲めるようになったんだぜ?  )

 五十嵐は仕事が終わると浴びるように酒を飲み、欲望のままに言い寄る女を抱いた。

 どんなに女を抱いても、五十嵐の心は満たされなかった。

 (晶じゃない女なんて、誰もかれも同じだ。
 晶じゃないと……。だけど晶を許せない――)

 五十嵐の心は晶を失った日からずっと暗い闇の中を彷徨ったままだった。


 * * *


 暗闇にふと射し込む光が見えた。
 光の先には一匹の子ブタの姿が見えた。

 子ブタは暗闇の中に佇む五十嵐に向かって何かひとしきりブゥブゥと、文句を言っているように思えた。

 その姿に思わず愛しさを感じた五十嵐は、そっと子ブタに手を伸ばし抱き上げると、その小さくてふくよかな身体を自分の胸へと大事そうに引き寄せた。

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