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【27】後日談①~早乙女編~
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「菜乃と付き合うことになったんで、もう菜乃には金輪際、連絡しないでくれ」
イタリアンレストランをマーケティング目的で訪れていた五十嵐は、自分が菜乃と付き合い始めたことを、カウンター越しから、厨房で料理を作る早乙女に向かって告げた。
「それはそれは。おめでとう。良かったね、五十嵐くん」
五十嵐よりも六歳年上の早乙女は、牽制する五十嵐に対して、まるでいきり散らす子供をあやすように、にこやかな笑顔で祝福の言葉を贈った。
(……なんとなくこいつは、前から胡散臭いやつだと思ってたんだよな)
社交的な笑顔を浮かべる早乙女に対して、いまいち彼の本心が読めない五十嵐は、警戒するような目で、じっと厨房の彼を観察していた。
「ねえ、今日ってさ、このレストランのメニューについてお客様の評価を確認しに来ているんだよね? アンケートそこに集めて置いてあるから、早く内容まとめたら? 俺なんかを見てたって、仕方ないでしょうに」
ほんの数分前のこと。
店に来るなり、五十嵐は早乙女に向かって、菜乃とのいきさつや付き合うまでの経緯を一方的に語り出した。そのうえ唐突に交際宣言まで突きつけてきたため、さすがの早乙女も呆れ顔になる。
話を逸らすように、彼はマーケティング部の仕事内容を淡々と五十嵐へ説明した。
「うるさい。俺のタイミングでやるから余計な心配はしなくていい。それよりも、お前。あの時俺に見せつけるようにわざと店の前でキスしたな」
五十嵐は店から出てきた自分の姿を、早乙女がチラリと確認したことに気付いていた。
まるで五十嵐に対してわざと挑発するような態度に、五十嵐は腹が立っていた。
「俺への当て付けで菜乃にキスしたなら許さねーからな」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと菜乃ちゃんが可愛いと思ったからキスしたんだよ」
「なお悪い」
「も~、なんなの君」
そろそろ本社にクレームの電話を入れようかな、と早乙女が思っていると、ようやく五十嵐は仕事に取り掛かり始めた。
「――夏野菜のスパイシーパスタ完成」
「はい」
早乙女は注文を受けたメニューを作り終えると、ホールスタッフに声を掛けた。
◇
「アイスコーヒーどうぞ」
一番端の席でアンケートに目を通している五十嵐に早乙女が労いのドリンクを彼のテーブルへとコトリと置いた。
「……どうも」
無愛想に五十嵐がお礼の言葉を述べる。
「お客様の評価はどんな? 」
早乙女が興味ありげに五十嵐へと声を掛けた。
「新作メニューが好評だな。夏野菜のスパイシーパスタだっけ? 」
「そうだね。メニュー出してからそれが一番注文出ているね。菜乃ちゃんもイチオシしてくれたし、流石だね、彼女」
「おい――」
先程忠告したにも関わらず、菜乃の話題をさらりと持ち出す早乙女に、五十嵐がピシリとこめかみに青筋を立てて早乙女を睨んだ。
「話題に出すくらいいいじゃない。減るもんじゃあるまいし。菜乃ちゃんに、また新作メニュー考えたから食べに来てって伝えてくれない? 」
「伝えるわけねーだろ」
「じゃあ、あとでLINEしておこう」
「お前なぁ――」
ズイ、と五十嵐が早乙女に食い気味に身体を向ける。
早乙女は「おお、怖い」と両手を広げ肩を竦めるリアクションを大袈裟に取ると、挑発的な視線を五十嵐へと向けた。
「別に菜乃ちゃんを五十嵐くんから奪おうなんて思ってないから安心して。そんなことしなくても、五十嵐くんって性格に難ありっぽいから、いつ菜乃ちゃんが愛想尽かすか分からないよね? そしたらその時こそ俺の番かな、と」
にこやかな顔でさらりと早乙女が爆弾を投下する。
「お前っ――」
「あ、休憩時間終わっちゃった。じゃあ、お仕事頑張ってね」
言うだけ言って早乙女が五十嵐から離れていく。
「やっぱり、あいつ油断ならねー」
(あとで菜乃にあいつのLINE消させよう――)
そんなこと絶対菜乃はしなさそうだが、取りあえず言うだけ言って、嫌だとごねたら力尽くで……と五十嵐は考えて、淫らな想像を膨らませたが、仕事中だと思い出し、煩悩を蹴散らすように頭を振った。
五十嵐は腕時計に目をやると、慌ててアンケートに意識を戻した。
* * *
20時。
カランとレストランのドアが開かれる。
「いらっしゃいませ」
と早乙女が来客に声を掛ける。
来客を見て、早乙女はどこかで見たことある顔にふと眉根を寄せた。
(誰だっけ? )
客が早乙女の立つ厨房のカウンターに腰を下ろす。
そろそろラストオーダーの時間ということもあり、平日の店内は客の入りもまばらだ。
テーブル席も空いているというのに、あえて早乙女の前に座るその客に、早乙女が僅かに警戒する。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まったらお声掛け下さい」
警戒心を隠しつつ、にこやかに早乙女が接客する。
「早乙女善さん――」
「はい? 」
カウンターの客――晶が重々しい雰囲気で早乙女に声を掛けた。
「どちら様でしたっけ? 」
未だに彼女の正体が分からない早乙女は、自分の名前を知る彼女に、警戒しながら尋ねた。
「私、五十嵐大和と昔つき合っていた倉内晶といいます」
「はぁ……。あ、思い出した。駅前のダイニングバーで五十嵐くんと一緒にいた女の人だ」
「あなたはお店の前で堂々とキスをしていましたよね」
「はぁ、まぁ……」
(なんだろう、今日はやけにあの日のことを責められる日だな)
と早乙女はぼんやりと思った。
「単刀直入に言うけれど、早乙女さん、私と協力して大和と彼女――小森菜乃さんを別れさせませんか?」
「は? 」
(……何を言っているんだこの女は)
晶の唐突な相談に、早乙女は呆れた視線を晶へと投げた。
「どうしてそんなことをする必要があるんですか? 」
「どうしてって、あなた、小森菜乃さんのことが好きなんじゃないの? 私と協力すれば菜乃さんはあなたのモノになると思うの」
「馬鹿らしい――」
店内に早乙女の冷たい声が響いた。
早乙女と晶を挟む空気が緊張感にピンと張り詰める。
「探偵を雇ってるのか知らないけど、君のやってること知ったら、五十嵐くん何て思うかな。彼のことだから真っ先に君のことを軽蔑するんじゃない? 君、頭良さそうな外見してるけど、大分頭悪いね」
「なっ……!? 」
日頃おっとりしている早乙女の突然の豹変ぶりに、晶は当てが外れたように、戸惑いを隠せなかった。
「君と菜乃ちゃんじゃ天秤にすら掛けられない。諦めて別の男探しなよ」
「嫌よ! 私は大和がいいの!? 」
悲鳴のような声で晶が叫ぶ。
店内に残っているお客様に、早乙女は『すみません』とペコリと頭を下げると、カウンターで綺麗な顔を醜く歪めこちらを睨む晶に、早乙女は溜め息を吐きながら冷たく忠告した。
「これ以上騒ぐと警察呼ぶけど」
「私は愛されたいだけなの――」
早乙女の忠告が聞こえていないのか、晶が聞いてもいない自分語りを始めた。
(やれやれ、俺はこれに付き合わないとダメなのかな……)
今日は厄日か、とうんざりするように、早乙女は目の前の晶に視線を落とした。
「あの人も……奥さんと別れて私を選んだのに、イタリアに行ったら、あっさりと金髪美人と関係持ったわ。あの人は愛人だった私が、大和に気が向いたことが面白くなかっただけ……。大和と別れて彼を選んだ途端、あっさりと私への興味をなくした。その時ようやく私は気付いたの。ああ、本当に私だけを愛してくれていたのは、大和ただ一人だったと――」
「君は彼のなかでとっくに過去の女でしょ」
無駄だと分かりながらも、早乙女は事実を晶に告げた。
「違うわ! あの人と別れて直ぐに私は大和の行方を探した。大和がよく行く行きつけのバーを探し当てて、偶然を装って彼に声を掛けた時、彼は私に憎悪の眼差しを向けていた。それは彼のなかで未だに私の存在が大きく残っているのだと確信した――」
執念深い女というのは本当に質が悪い。
あながち晶の推理は間違っていない、と早乙女は思った。
早乙女が知る五十嵐は、自分の見た目と外面の良さを利用して、女を取っ替え引っ替えし、特定の彼女を作っても長続きしない男だ、と噂を耳にしたことがある。
その諸悪の根源は、きっと目の前のこの女なのだろう、と早乙女は察した。
自分を捨てた彼女のことを、未だに恨むなり想うなりしていたからこそ、他の女に対して軽薄な付き合いしかできなかったのだ。
(だけど、彼はあの子に出会った)
彼の悪いところを知っても、どんなに自分が酷い扱いを受けたとしても、常に彼の帰る場所を提供し続けた健気で可愛いあの子。
「残念だったね。あの時のバーで思い知っただろう? 君じゃあの子に敵わないってさ」
早乙女は思いっきり皮肉を込めて、晶へと言葉を放った。
悔しさで、晶の握りしめた両手がワナワナと震える。
「あんな、パッとしないちんちくりんな女に、私が負けるはずないでしょっ――!? 」
バシャ、と。
晶の顔に冷たい水が掛けられる。
「君、マジで黙って。そろっと警察呼ぶからね」
菜乃をちんちくりん呼ばわりされて、ついに早乙女の堪忍袋の緒が切れる。
感情の全く読めない早乙女の冷たい視線を受けて、晶がガタリと席を立つ。
「もう二度と俺の前にも彼らの前にも現れないでね。この○○○」
穏やかな口調で下衆な言葉を晶に浴びせる早乙女に、晶はギリと奥歯を噛んだ。
早乙女は無言の圧をかけながら、晶への冷たい視線を崩さない。
「くっ……! 」
ポタポタと頭から水を滴り落としながら、晶は店から逃げるように出ていった。
「――皆さん、お騒がせしてすみませんでした」
早乙女は店内に残る数名の客に、お詫びの言葉を口にした。
幸い残っていたのは、穏やかな年配の老夫婦と、顔馴染みの常連の主婦一名だけだった。
「大変ねぇ、モテる人は」
「早乙女くんも災難だったねぇ」
「女のヒステリーは手に負えないってね」
いつもの早乙女目当ての客だと勘違いされ、彼らから早乙女に対して同情的な声が寄せられる。
早乙女は肩を竦めて苦笑いを浮かべると、彼らにお詫びのドリンクをご馳走した。
* * *
早乙女はモヤモヤする気持ちで厨房に戻ると、ふと、ズボンの後ろポケットに入れていたスマホを取り出した。
躊躇うことなく、早乙女は菜乃へとLINEを送った。
『五十嵐くんから連絡するなと言われたけど、早速連絡しちゃいました。新作メニューを考えたのでまた食べに来て下さい。菜乃ちゃんの食べる姿で癒されたいです』
メッセージの後に、早乙女はいつものようにスタンプを菜乃に送った。
『待ってるよ ♡』
いかつい男が真面目な顔で両手に大きなハートを掲げているスタンプ。
五十嵐が見たら速攻削除されそうなスタンプに、早乙女は、ふっと口元に笑みを浮かべると、残りの仕事に取り掛かった。
イタリアンレストランをマーケティング目的で訪れていた五十嵐は、自分が菜乃と付き合い始めたことを、カウンター越しから、厨房で料理を作る早乙女に向かって告げた。
「それはそれは。おめでとう。良かったね、五十嵐くん」
五十嵐よりも六歳年上の早乙女は、牽制する五十嵐に対して、まるでいきり散らす子供をあやすように、にこやかな笑顔で祝福の言葉を贈った。
(……なんとなくこいつは、前から胡散臭いやつだと思ってたんだよな)
社交的な笑顔を浮かべる早乙女に対して、いまいち彼の本心が読めない五十嵐は、警戒するような目で、じっと厨房の彼を観察していた。
「ねえ、今日ってさ、このレストランのメニューについてお客様の評価を確認しに来ているんだよね? アンケートそこに集めて置いてあるから、早く内容まとめたら? 俺なんかを見てたって、仕方ないでしょうに」
ほんの数分前のこと。
店に来るなり、五十嵐は早乙女に向かって、菜乃とのいきさつや付き合うまでの経緯を一方的に語り出した。そのうえ唐突に交際宣言まで突きつけてきたため、さすがの早乙女も呆れ顔になる。
話を逸らすように、彼はマーケティング部の仕事内容を淡々と五十嵐へ説明した。
「うるさい。俺のタイミングでやるから余計な心配はしなくていい。それよりも、お前。あの時俺に見せつけるようにわざと店の前でキスしたな」
五十嵐は店から出てきた自分の姿を、早乙女がチラリと確認したことに気付いていた。
まるで五十嵐に対してわざと挑発するような態度に、五十嵐は腹が立っていた。
「俺への当て付けで菜乃にキスしたなら許さねーからな」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと菜乃ちゃんが可愛いと思ったからキスしたんだよ」
「なお悪い」
「も~、なんなの君」
そろそろ本社にクレームの電話を入れようかな、と早乙女が思っていると、ようやく五十嵐は仕事に取り掛かり始めた。
「――夏野菜のスパイシーパスタ完成」
「はい」
早乙女は注文を受けたメニューを作り終えると、ホールスタッフに声を掛けた。
◇
「アイスコーヒーどうぞ」
一番端の席でアンケートに目を通している五十嵐に早乙女が労いのドリンクを彼のテーブルへとコトリと置いた。
「……どうも」
無愛想に五十嵐がお礼の言葉を述べる。
「お客様の評価はどんな? 」
早乙女が興味ありげに五十嵐へと声を掛けた。
「新作メニューが好評だな。夏野菜のスパイシーパスタだっけ? 」
「そうだね。メニュー出してからそれが一番注文出ているね。菜乃ちゃんもイチオシしてくれたし、流石だね、彼女」
「おい――」
先程忠告したにも関わらず、菜乃の話題をさらりと持ち出す早乙女に、五十嵐がピシリとこめかみに青筋を立てて早乙女を睨んだ。
「話題に出すくらいいいじゃない。減るもんじゃあるまいし。菜乃ちゃんに、また新作メニュー考えたから食べに来てって伝えてくれない? 」
「伝えるわけねーだろ」
「じゃあ、あとでLINEしておこう」
「お前なぁ――」
ズイ、と五十嵐が早乙女に食い気味に身体を向ける。
早乙女は「おお、怖い」と両手を広げ肩を竦めるリアクションを大袈裟に取ると、挑発的な視線を五十嵐へと向けた。
「別に菜乃ちゃんを五十嵐くんから奪おうなんて思ってないから安心して。そんなことしなくても、五十嵐くんって性格に難ありっぽいから、いつ菜乃ちゃんが愛想尽かすか分からないよね? そしたらその時こそ俺の番かな、と」
にこやかな顔でさらりと早乙女が爆弾を投下する。
「お前っ――」
「あ、休憩時間終わっちゃった。じゃあ、お仕事頑張ってね」
言うだけ言って早乙女が五十嵐から離れていく。
「やっぱり、あいつ油断ならねー」
(あとで菜乃にあいつのLINE消させよう――)
そんなこと絶対菜乃はしなさそうだが、取りあえず言うだけ言って、嫌だとごねたら力尽くで……と五十嵐は考えて、淫らな想像を膨らませたが、仕事中だと思い出し、煩悩を蹴散らすように頭を振った。
五十嵐は腕時計に目をやると、慌ててアンケートに意識を戻した。
* * *
20時。
カランとレストランのドアが開かれる。
「いらっしゃいませ」
と早乙女が来客に声を掛ける。
来客を見て、早乙女はどこかで見たことある顔にふと眉根を寄せた。
(誰だっけ? )
客が早乙女の立つ厨房のカウンターに腰を下ろす。
そろそろラストオーダーの時間ということもあり、平日の店内は客の入りもまばらだ。
テーブル席も空いているというのに、あえて早乙女の前に座るその客に、早乙女が僅かに警戒する。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まったらお声掛け下さい」
警戒心を隠しつつ、にこやかに早乙女が接客する。
「早乙女善さん――」
「はい? 」
カウンターの客――晶が重々しい雰囲気で早乙女に声を掛けた。
「どちら様でしたっけ? 」
未だに彼女の正体が分からない早乙女は、自分の名前を知る彼女に、警戒しながら尋ねた。
「私、五十嵐大和と昔つき合っていた倉内晶といいます」
「はぁ……。あ、思い出した。駅前のダイニングバーで五十嵐くんと一緒にいた女の人だ」
「あなたはお店の前で堂々とキスをしていましたよね」
「はぁ、まぁ……」
(なんだろう、今日はやけにあの日のことを責められる日だな)
と早乙女はぼんやりと思った。
「単刀直入に言うけれど、早乙女さん、私と協力して大和と彼女――小森菜乃さんを別れさせませんか?」
「は? 」
(……何を言っているんだこの女は)
晶の唐突な相談に、早乙女は呆れた視線を晶へと投げた。
「どうしてそんなことをする必要があるんですか? 」
「どうしてって、あなた、小森菜乃さんのことが好きなんじゃないの? 私と協力すれば菜乃さんはあなたのモノになると思うの」
「馬鹿らしい――」
店内に早乙女の冷たい声が響いた。
早乙女と晶を挟む空気が緊張感にピンと張り詰める。
「探偵を雇ってるのか知らないけど、君のやってること知ったら、五十嵐くん何て思うかな。彼のことだから真っ先に君のことを軽蔑するんじゃない? 君、頭良さそうな外見してるけど、大分頭悪いね」
「なっ……!? 」
日頃おっとりしている早乙女の突然の豹変ぶりに、晶は当てが外れたように、戸惑いを隠せなかった。
「君と菜乃ちゃんじゃ天秤にすら掛けられない。諦めて別の男探しなよ」
「嫌よ! 私は大和がいいの!? 」
悲鳴のような声で晶が叫ぶ。
店内に残っているお客様に、早乙女は『すみません』とペコリと頭を下げると、カウンターで綺麗な顔を醜く歪めこちらを睨む晶に、早乙女は溜め息を吐きながら冷たく忠告した。
「これ以上騒ぐと警察呼ぶけど」
「私は愛されたいだけなの――」
早乙女の忠告が聞こえていないのか、晶が聞いてもいない自分語りを始めた。
(やれやれ、俺はこれに付き合わないとダメなのかな……)
今日は厄日か、とうんざりするように、早乙女は目の前の晶に視線を落とした。
「あの人も……奥さんと別れて私を選んだのに、イタリアに行ったら、あっさりと金髪美人と関係持ったわ。あの人は愛人だった私が、大和に気が向いたことが面白くなかっただけ……。大和と別れて彼を選んだ途端、あっさりと私への興味をなくした。その時ようやく私は気付いたの。ああ、本当に私だけを愛してくれていたのは、大和ただ一人だったと――」
「君は彼のなかでとっくに過去の女でしょ」
無駄だと分かりながらも、早乙女は事実を晶に告げた。
「違うわ! あの人と別れて直ぐに私は大和の行方を探した。大和がよく行く行きつけのバーを探し当てて、偶然を装って彼に声を掛けた時、彼は私に憎悪の眼差しを向けていた。それは彼のなかで未だに私の存在が大きく残っているのだと確信した――」
執念深い女というのは本当に質が悪い。
あながち晶の推理は間違っていない、と早乙女は思った。
早乙女が知る五十嵐は、自分の見た目と外面の良さを利用して、女を取っ替え引っ替えし、特定の彼女を作っても長続きしない男だ、と噂を耳にしたことがある。
その諸悪の根源は、きっと目の前のこの女なのだろう、と早乙女は察した。
自分を捨てた彼女のことを、未だに恨むなり想うなりしていたからこそ、他の女に対して軽薄な付き合いしかできなかったのだ。
(だけど、彼はあの子に出会った)
彼の悪いところを知っても、どんなに自分が酷い扱いを受けたとしても、常に彼の帰る場所を提供し続けた健気で可愛いあの子。
「残念だったね。あの時のバーで思い知っただろう? 君じゃあの子に敵わないってさ」
早乙女は思いっきり皮肉を込めて、晶へと言葉を放った。
悔しさで、晶の握りしめた両手がワナワナと震える。
「あんな、パッとしないちんちくりんな女に、私が負けるはずないでしょっ――!? 」
バシャ、と。
晶の顔に冷たい水が掛けられる。
「君、マジで黙って。そろっと警察呼ぶからね」
菜乃をちんちくりん呼ばわりされて、ついに早乙女の堪忍袋の緒が切れる。
感情の全く読めない早乙女の冷たい視線を受けて、晶がガタリと席を立つ。
「もう二度と俺の前にも彼らの前にも現れないでね。この○○○」
穏やかな口調で下衆な言葉を晶に浴びせる早乙女に、晶はギリと奥歯を噛んだ。
早乙女は無言の圧をかけながら、晶への冷たい視線を崩さない。
「くっ……! 」
ポタポタと頭から水を滴り落としながら、晶は店から逃げるように出ていった。
「――皆さん、お騒がせしてすみませんでした」
早乙女は店内に残る数名の客に、お詫びの言葉を口にした。
幸い残っていたのは、穏やかな年配の老夫婦と、顔馴染みの常連の主婦一名だけだった。
「大変ねぇ、モテる人は」
「早乙女くんも災難だったねぇ」
「女のヒステリーは手に負えないってね」
いつもの早乙女目当ての客だと勘違いされ、彼らから早乙女に対して同情的な声が寄せられる。
早乙女は肩を竦めて苦笑いを浮かべると、彼らにお詫びのドリンクをご馳走した。
* * *
早乙女はモヤモヤする気持ちで厨房に戻ると、ふと、ズボンの後ろポケットに入れていたスマホを取り出した。
躊躇うことなく、早乙女は菜乃へとLINEを送った。
『五十嵐くんから連絡するなと言われたけど、早速連絡しちゃいました。新作メニューを考えたのでまた食べに来て下さい。菜乃ちゃんの食べる姿で癒されたいです』
メッセージの後に、早乙女はいつものようにスタンプを菜乃に送った。
『待ってるよ ♡』
いかつい男が真面目な顔で両手に大きなハートを掲げているスタンプ。
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