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思い出との再会
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「ちょっと、鷹司くん」
俺は冷たく言い放たれたその声にゆっくり振り返る。
「はい……なんでしょう?」
声を掛けてきたのは薬剤師の先輩の氷川さんだった。長く煌びやかな黒髪にノーフレームの眼鏡が良く似合う知的な超美人。しかし現在恋人はいないらしい。言い寄る男は多いと聞くが、バッサバサと切り捨てられているそうだ。いつも通りの鋭い眼光で俺を睨みつけている。きっと仕事もせずに雑談に興じていたことを怒られるのだろう。
そう思った俺は、構えるように背筋を伸ばし氷川さんの言葉を待った。
「さっきの話、続けなさい」
「え? ええっと……さっきの話、というと?」
想定外の言葉に思わず聞き返す。
「アナタがフラれたという話よ」
「あ……いや……それは……」
「何? 私の言うことが聞けないというの?」
「はい……話します」
氷川さんには新人の頃からずっと世話になっている。厳しくも優しい一面もあり、俺が早くに一人前になれたのはこの人のお陰だと言っていい。ちょくちょく食事に連れて行ってもらい相談に乗ったりしてくれるので、この人に対する恩義は計り知れない。
つまり俺は――この人に逆らう術を知らなかった。教育されているんじゃなくて、飼い慣らされているんじゃないかと思う時もある。
「はあ……簡単にしか話さないですからね」
俺は肩を落としながら大きなため息と共に言葉を吐き出した。
「ちょっと前に昔の知り合いの子と再会して、昨日一緒に食事をしたんです。その時の話の中で、その子には現在彼氏がいた、ってだけですよ」
「昔の知り合い? それはいつ頃の?」
「中学……ですけど」
「鷹司くんはその子のこと、好きだったの?」
「いや俺は別に……好きだったのは向こうの方で――」
「何故、相手が自分のことを好きだって思ったの?」
「いや、それは……そう言われたからですけど……」
「今まで他に好きだって言ってくれた子はいるの?」
「まあ……同じ時期にもう一人だけ……ってコレ、まだ続きます?」
氷川さんは立て続けに質問を重ねる。仕事内容でも時折、氷川さんの質問攻撃を受けているので、俺は反射的にその質問に答えさせられていた。
「……とりあえずいいわ。仕事に戻りなさい」
そう言って氷川さんは何やら考える仕草を見せる。一体なんなんだ……。普段ならしないような赤裸々な過去を、思いがけず暴露してしまったではないか。
「ねえねえ、鷹司さん」
いつの間にか隣に来ていた白川さんが、俺の白衣の裾を引っ張る。
「まだいたの? 話も聞けたんだから早く戻った方がいいんじゃない?」
「鷹司さんは、彼氏がいるっていう話を聞いてショックだったんですか?」
俺の言葉を無視して質問を続ける。白石さんには俺のテンションが低いことは見抜かれているし、ここで否定したところで信じてもらえないだろう。
「ああそうだよ。ショックだった。だからもうこの話は終わりにしてくれ」
すると白石さんはにやーっと笑って俺の肩を叩く。
「いやー、鷹司さんフラれちゃったんですねー。可哀そうに!! まあ、遊崎さんも言っていることですし、この私が慰めてあげないでもないんですけどねー」
ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。白石さんほどの人気者がこんな俺を慰めるメリットがあるのか疑問だった。かといって、そこに興味があるわけでもない。それに白石さんとあまり仲良くしていると、他の職員から色んな質問を投げかけられたりするのは、正直煩わしかった。
「さっきも言ったじゃん。嫌だって」
「拒絶!!?? 遠慮するとかならともかく、嫌がらなくてもいいじゃないですか!!」
「いや、だって色々面倒くさいし……」
「面倒くさいってなんですか!? 私だって気を使って――」
再び白石さんが騒ぎ立て始めると、薬剤部内の電話が鳴った。それを氷川さんが取る。
「白石さん」
電話中の氷川さんが声を掛けた。
「なんですか!? 私は今、忙しいんです!」
「そう。早坂看護主任から、「ウチの可愛い看護師が休憩時間終わっても戻ってこないんだけどそちらにお邪魔していないかしら?」とのことなんだけど、今は忙しいと伝えておくわね」
「ひぃっ――――――」
それを聞いた白石さんの表情が一瞬にして青ざめる。
「ちょ! ちょっと待ってください!! す、すぐに……戻ります、とお伝えください……」
そう言うと白石さんは瞬く間に薬剤部から姿を消した。まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさが薬剤部内を包む。
「ほら、呆けてないで仕事に戻るわよ」
「あ、はい。すみません」
氷川さんの言葉に、俺と遊崎は自分の仕事に戻った。俺は薬品庫へ向かう。そこには午後に病棟へ持っていく予定の薬剤が既に患者ごとに用意され、大きなカゴに入っていた。
俺の午後の仕事はこれを病棟へ持っていき、入院患者に簡単な薬の説明をして配り回ることである。カゴを手に取り、薬の配り先を確認した。
「げ……なんか嫌なタイミングだな……」
俺の次の行き先は、白石さんのいる西病棟三階だった。
まあ、それぞれの仕事があるし、さっきみたいに変に絡まれることもないだろう。そう言い聞かせるも、重い足取りで西病棟へ向かった。
俺は冷たく言い放たれたその声にゆっくり振り返る。
「はい……なんでしょう?」
声を掛けてきたのは薬剤師の先輩の氷川さんだった。長く煌びやかな黒髪にノーフレームの眼鏡が良く似合う知的な超美人。しかし現在恋人はいないらしい。言い寄る男は多いと聞くが、バッサバサと切り捨てられているそうだ。いつも通りの鋭い眼光で俺を睨みつけている。きっと仕事もせずに雑談に興じていたことを怒られるのだろう。
そう思った俺は、構えるように背筋を伸ばし氷川さんの言葉を待った。
「さっきの話、続けなさい」
「え? ええっと……さっきの話、というと?」
想定外の言葉に思わず聞き返す。
「アナタがフラれたという話よ」
「あ……いや……それは……」
「何? 私の言うことが聞けないというの?」
「はい……話します」
氷川さんには新人の頃からずっと世話になっている。厳しくも優しい一面もあり、俺が早くに一人前になれたのはこの人のお陰だと言っていい。ちょくちょく食事に連れて行ってもらい相談に乗ったりしてくれるので、この人に対する恩義は計り知れない。
つまり俺は――この人に逆らう術を知らなかった。教育されているんじゃなくて、飼い慣らされているんじゃないかと思う時もある。
「はあ……簡単にしか話さないですからね」
俺は肩を落としながら大きなため息と共に言葉を吐き出した。
「ちょっと前に昔の知り合いの子と再会して、昨日一緒に食事をしたんです。その時の話の中で、その子には現在彼氏がいた、ってだけですよ」
「昔の知り合い? それはいつ頃の?」
「中学……ですけど」
「鷹司くんはその子のこと、好きだったの?」
「いや俺は別に……好きだったのは向こうの方で――」
「何故、相手が自分のことを好きだって思ったの?」
「いや、それは……そう言われたからですけど……」
「今まで他に好きだって言ってくれた子はいるの?」
「まあ……同じ時期にもう一人だけ……ってコレ、まだ続きます?」
氷川さんは立て続けに質問を重ねる。仕事内容でも時折、氷川さんの質問攻撃を受けているので、俺は反射的にその質問に答えさせられていた。
「……とりあえずいいわ。仕事に戻りなさい」
そう言って氷川さんは何やら考える仕草を見せる。一体なんなんだ……。普段ならしないような赤裸々な過去を、思いがけず暴露してしまったではないか。
「ねえねえ、鷹司さん」
いつの間にか隣に来ていた白川さんが、俺の白衣の裾を引っ張る。
「まだいたの? 話も聞けたんだから早く戻った方がいいんじゃない?」
「鷹司さんは、彼氏がいるっていう話を聞いてショックだったんですか?」
俺の言葉を無視して質問を続ける。白石さんには俺のテンションが低いことは見抜かれているし、ここで否定したところで信じてもらえないだろう。
「ああそうだよ。ショックだった。だからもうこの話は終わりにしてくれ」
すると白石さんはにやーっと笑って俺の肩を叩く。
「いやー、鷹司さんフラれちゃったんですねー。可哀そうに!! まあ、遊崎さんも言っていることですし、この私が慰めてあげないでもないんですけどねー」
ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。白石さんほどの人気者がこんな俺を慰めるメリットがあるのか疑問だった。かといって、そこに興味があるわけでもない。それに白石さんとあまり仲良くしていると、他の職員から色んな質問を投げかけられたりするのは、正直煩わしかった。
「さっきも言ったじゃん。嫌だって」
「拒絶!!?? 遠慮するとかならともかく、嫌がらなくてもいいじゃないですか!!」
「いや、だって色々面倒くさいし……」
「面倒くさいってなんですか!? 私だって気を使って――」
再び白石さんが騒ぎ立て始めると、薬剤部内の電話が鳴った。それを氷川さんが取る。
「白石さん」
電話中の氷川さんが声を掛けた。
「なんですか!? 私は今、忙しいんです!」
「そう。早坂看護主任から、「ウチの可愛い看護師が休憩時間終わっても戻ってこないんだけどそちらにお邪魔していないかしら?」とのことなんだけど、今は忙しいと伝えておくわね」
「ひぃっ――――――」
それを聞いた白石さんの表情が一瞬にして青ざめる。
「ちょ! ちょっと待ってください!! す、すぐに……戻ります、とお伝えください……」
そう言うと白石さんは瞬く間に薬剤部から姿を消した。まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさが薬剤部内を包む。
「ほら、呆けてないで仕事に戻るわよ」
「あ、はい。すみません」
氷川さんの言葉に、俺と遊崎は自分の仕事に戻った。俺は薬品庫へ向かう。そこには午後に病棟へ持っていく予定の薬剤が既に患者ごとに用意され、大きなカゴに入っていた。
俺の午後の仕事はこれを病棟へ持っていき、入院患者に簡単な薬の説明をして配り回ることである。カゴを手に取り、薬の配り先を確認した。
「げ……なんか嫌なタイミングだな……」
俺の次の行き先は、白石さんのいる西病棟三階だった。
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