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閑話22・短編まとめ9
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活動報告にちょこちょこ上げている短編のまとめその9です。
今回はミルカとハウンドのお話。
こちらは文字数制限の関係で近況ボードにはアップしていないものになります。
『ミルカと俺』(ミルカとハウンドの日常話)
----------------------------------------
『ミルカと俺』
俺、ハウンド・シュテンヒルズはパラディスコ王国の双子王族ミルカとメイカの執事だ。といってもメイカの野郎はいつも一人でどこかに行ってしまうので、ほぼミルカの執事なんだが。
王子が他国でフラフラどっかに行きやがって……あいつに何かあっても、俺は知らねーからな。
俺自身パラディスコ王国の筆頭公爵家の次男であり、双子のイトコで王家筋だったりする。
だけど家族に無理を言って、ミルカとメイカの留学中の期間限定で俺は双子の執事となった。
……俺が目を離している隙に、ミルカになにかあれば後悔すると思ったから。
可愛い可愛い年下の従妹に、俺は恋をしているのだ。
「ハウンド、お買い物に行くからついてきて」
寮の部屋で俺が淹れた珈琲を飲み終わったミルカが、赤い髪を揺らしてあどけない笑顔を浮かべながら言う。
俺は窓の外を見て、少し眉を顰めた。
「ミルカ、もうすぐ夕方ッス。仮にも王女を歩かせていい時間じゃないッスよ。そろそろ酔っ払いも徘徊し出す時間だし……」
「あら? 当然ハウンドが守ってくれるんでしょう?」
ミルカが榛色の瞳をキラキラと輝かせながらそう言うから、俺は思わず言葉に詰まる。……この小悪魔め。
「そりゃ、命に代えても守るけど。だけど、ダメ」
ミルカの方へ歩み寄り、カップを片付けようと手を伸ばす。
するとその手は柔らかいミルカの手に、握られた。
「ハウンドお兄様。お願い、ミルカお外に出たいの」
「――っ……!!」
パラディスコにいた頃の、従兄妹同士の関係のみだった時の口調で言われ俺の息は止まりそうになる。可愛いな。不意打ちは、マジで止めろ。
ミルカが俺を呼び捨てにするようになったのは、リーベッヘ王国に留学に来てからのことだ。『執事』なんだから呼び捨てろと俺が言ったのだが。
「ミルカ。俺は君を危険な目に遭わせたくないと言っているんだ」
俺も公の場での口調でミルカに返す。ミルカはそれを聞いてクスクスと笑い出した。
「ふふ。ハウンドの猫っかぶりの時の口調、懐かしいわね」
「そっちこそ……『ハウンドお兄様』なんて久しぶりに聞いたッス」
一応公爵家の次男なので、パラディスコにいると俺は大きな猫を被っていることが多い。
だから期間限定とはいえリーベッヘ王国で、猫を脱ぎ捨てありのままの自分で過ごす日々がとても楽しくて仕方ない。
ピアスの数が増えるたびに、ビアンカ嬢やマクシミリアンには不審そうな目で見られてしまうが。
……あの主従は羽目を外さなそうだもんな。
「あーもう……仕方ねぇな。ほら、準備するッス。五分で準備できなかったら、お出かけは無し」
そう言って俺がパンと手を叩くと、ミルカは慌ててソファーから立ち上がった。
パタパタとラフな白いドレスに着替えるミルカをあまり見ないようにしながら、俺も出かける準備をする。
といっても着替えるわけではなく武器を身に着けるだけなのだが。
特注のベルトを腰に巻いて刀を腰に差す。この刀はパラディスコの刀匠と呼ばれる人々が作ったもので、薄くしなやかな刀身が特徴の他の国では珍しい片刃の剣だ。
刀を身に着けた後はジャケットの下に苦無と呼ばれる暗器を数本仕込み、袖口に細心の注意を払って毒針を固定する……これは熊でも一撃で倒せるもので人間ならばひとたまりもない。
ミルカの命以上に大事なものはないので、不埒な輩がいた場合これを使うこともやむを得ないと俺は思っている。
「ハウンド! 準備できたよ!」
後ろからばふり、と音を立ててミルカが抱きついてきた。ミルカ、誤って毒針が刺さったらどうするんだ!!
「俺の準備中には触っちゃダメッス。毒針とかも扱ってるんだから。ミルカに刺さったらひとたまりもないんスよ」
そう言いながら頭をコツン、と軽く拳で叩くとミルカは悪びれない様子で楽しそうに笑った。
「もう、お説教はいいの。行くよー」
ぐいぐいと手を引かれ、寮の外へと出る。空はすっかり夕暮れ色で鳥の群れがどこかへと帰る途中だった。
ミルカとはぐれないようにしないとダメだなと俺は気を引き締める。
俺はマクシミリアンのような天才ではないから、魔法で常時ミルカの様子を把握するようなことはできない。油断が、命取りだ。
「ほらもう、ちゃんと手を繋いで。はぐれたらダメッス」
「はぁい。ハウンドお兄様」
手を繋いで、ミルカが笑う。ああもう、従妹殿は本当に可愛らしいな。
「で、何を買うんスか?」
「ふふ。ハウンドのピアスが一つ無くなってるでしょう? 私が選んであげようかなって。遅い時間まで開いてるいいお店があるってマックスが教えてくれたの」
「ミルカッ……!!」
思わずその小さな手をぎゅっと握ってしまう。確かに数日前にピアスを紛失してそのままにしてしまっていたのだ。
よく見てくれてるんだな、と思うととても嬉しくて顔がにやけてしまう。
「ハウンドにやにやしてるー」
「べっ……別にしてないッス」
ぶんぶんと繋いだ手を振りながら、俺たちは校門を抜けた。
ミルカと手を繋いだまま街へと向かう。
彼女の手を感触を確かめるように少し強く握ると、思ったよりも繊細な感触が手の中から伝わってきた。
小さい頃からしょっちゅう繋いでいたはずのミルカの手は、なんだか小さくなったように思える。……俺の手が大きくなっただけのことだろうけど。
幼い頃から俺たちは一緒にいた。彼女にとってそれはどういう意味を持つ時間だったかはわからない。だけど俺にとっては大事な時間だ。
ミルカが俺をどう思っているかは……聞いてみたいという気持ちはあるけれど。幼い頃より積み重ねた関係を壊すのが、俺は恐ろしいのだ。
「ミルカ、どのあたりにある店?」
「んとね……マックスから貰った地図だと……」
ミルカと額を突き合わせて地図と睨めっこする。ふむ、これはあそこの通りか。
地図を見るために離した手をもう一度繋ぐと、ミルカが嬉しそうに笑った。
「ハウンドお兄様、デートみたいね」
くふふ、と笑いながらそう言われ、俺は思わず赤面する。
「ミルカ。これは執事と王女様のただのお買い物」
照れたのを誤魔化そうと少し乱暴にそう言うと、ミルカが頬を膨らませた。
……どういうつもりで、君はそんなことを言うんだろうな。
店の前に着き、俺が扉を開けようとするとミルカにそっと止められた。
「ハウンド、お外で待ってて?」
「ええーマジっスか。なんで」
「素敵なものを選んでびっくりさせたいじゃない!」
ミルカは俺のピアスを、自分自身の力だけで選びたいらしい。……まぁ、いいんだけどね。
「了解ッス。ちょっとお掃除もあるしね」
「……あら、ハウンド気づいてたの」
「気づかないわけないでしょ。俺、これでも護衛なんだし」
俺とミルカは、明らかに誰かにつけられていた。
恐らくパラディスコのどこかの貴族家の刺客なんだろうけど。んー……どこと揉めてたっけね。
俺が狙われているのか、ミルカが狙われているのか。あるいはその両方か。
「十分もあれば、終わるわよね?」
ミルカは悪戯っぽく微笑んで店内へと消えていく。
「五分で結構」
俺はにやりと笑って、気配の方へ歩みを進めた。
気配の方に俺が近づくとあちらでもそれを察したようで、一人の男が人混みの中に紛れていこうとする。
――逃がすわけ、ねぇだろーがよ。
俺は人混みの中、男の後を追った。男はかなりの速度で逃げているが追いつけないほどではない。
パラディスコ王国の貴族には武闘派が多いんだ。舐めんじゃねぇぞ。
俺は男の進行方向の足元に向けて土魔法を詠唱する。地面がぼこりと盛り上がり男の足を捕らえ……。
「わっ……!!」
上手く転倒させたようだった。
男は足首に取りついた土を懐から出したナイフでガリガリと砕いているが、俺の着には間に合わない。
「さて、要件お聞かせ願えますかね。俺も暇じゃねーんスよ」
目の前に立ちそう言い放つと、男は手に持ったナイフを投げてきた。
俺は刀を鞘から半身だけ抜き、それを軽く弾き飛ばす。
男はその間に立ち上がり腰から半月刀のような武器を抜き放った。
「ひっ……!」
争いごとに気づいた誰かの悲鳴が上がり、人混みが俺たちを遠巻きにするように割れ……取り囲むように人垣となった。
逃げるのかと思いきや皆、興味津々でこちらを眺めている。見世物じゃねーんだけどなぁ。
俺は刀を抜き放つと正眼に構え男と対峙した。
「俺がパラディスコ王国筆頭公爵家の、ハウンド・シュテンヒルズと知っての所業だよな? 王族に連なるものへ刃を向ける行為はパラディスコでは死罪だ。覚悟してのことと、思っていいんスよね」
俺が声をかけても男はこちらの隙を伺うようにして何も言わない。俺はわざと、腕を少し下げ男への隙を作った。
「やっ!!」
男はその隙にわざと乗ったのか、思惑通り誘われたのか。気合とともにこちらへ踏み出してくる。
その男へ俺も刀で応じ……はせずに、懐から苦無を抜き放ち男の胸へめがけて二本放った。
「――ッ!!」
男は胸を押え、倒れ込む。はは、皆中、皆中。浅く当てたから死んではねーな。
ギャラリーから歓声が上がったので俺は優雅に礼をしてみせた。
「お前ら、何をしている!!」
騒ぎを聞きつけた騎士隊が慌ててこちらへと駆けつけてきた。随分と早い到着だから、たまたま近くにいたんだろうな。
「パラディスコ王国公爵家の、ハウンド・シュテンヒルズだ。襲われたので対処をしたまでなのだが、何か問題があるか?」
胡乱げな目で俺を見る彼らに余所行きの口調で言いながら、懐にいつも入れている身分証明の証書を見せる。それはパラディスコ王国とリーベッヘ王国の王家の印が入ったもので、俺とミルカの素性が書き連ねてあった。
こんな下っ端騎士に見せても通じるか心配だったのだが。彼らはその意味をきちんと理解しこちらへ慌てて礼を取った。
「ミルカ王女を待たせているのでな。後ほど、騎士団の詰め所へ伺う。それでいいか?」
彼らとそんな会話をしながら……『五分は、過ぎちゃったッスね』なんてことを俺は考えていた。
「遅い。かっこつけて五分とか言わなきゃいいのに」
戻ると店の前でミルカが待っていた。そして着くなり笑われる。
「十分はかかってねーッス。そっちはなんもなかった?」
「大丈夫大丈夫。気配も一人分しかなかったでしょ」
そう。だからミルカ一人を置いて行ったのだが、心配は心配だったからな。
ミルカは王女なのにかなりの武闘派で、そこらの騎士よりよほど強いからもう一人や二人いても彼女自身でなんとかできたとは思うけど。
「買い物は済んだッスか?」
「ふふん。この通りよ!」
ミルカは小さな紙袋を俺の前にぶら下げる。それを受け取ろうとすると、悪戯っぽい顔で後ろ手に隠されてしまった。
「……俺のじゃねぇんスか」
「ハウンド、そこのベンチに座りましょう? 私が着けてあげる」
……変なものは買ってないと思うんだが。何を企んでるんだろうね、この従妹殿は。
俺とミルカはベンチに並んで腰を下ろす。ミルカはピアスが取れている側の俺の横に陣取った。
「ハウンド。目を瞑っててねー見ちゃダメだから」
従妹殿の仰せの通りに、俺は目を瞑る。するとミルカの息を飲む音が、何故か伝わってきた。だけどそれは一瞬でガサガサと袋を開ける音に変わる。
小さな手が耳に触れる気配がして、少しくすぐったい。それは探るようにしばらく俺の耳に触れた後ピアスを器用に着けていく。
「ハウンド、目を開けて」
目を開けると、ミルカの愛らしい顔がすぐ目の前にあって俺は動揺した。近い! 無防備だな!!
「ふふ。どうかな?」
差し出されたコンパクトミラーを受け取り、覗き込む。すると左耳に紅い石のピアスが着けられていた。
「私の、色」
ミルカは楽しそうに微笑む。その笑顔に俺は見惚れそうに……いや、見惚れてしまう。
「今度はハウンドが、私にピアスを選んで。ハウンドの瞳の色がいいわ」
頬を染めながらそう言うミルカは、世界で一番可愛かった。
……このピアスだけは、無くさないようにしよう。
また手を繋いで、寮への帰路につく。
……ミルカ、俺が気持ちを告げたら。君は応えてくれるのかな。
今回はミルカとハウンドのお話。
こちらは文字数制限の関係で近況ボードにはアップしていないものになります。
『ミルカと俺』(ミルカとハウンドの日常話)
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『ミルカと俺』
俺、ハウンド・シュテンヒルズはパラディスコ王国の双子王族ミルカとメイカの執事だ。といってもメイカの野郎はいつも一人でどこかに行ってしまうので、ほぼミルカの執事なんだが。
王子が他国でフラフラどっかに行きやがって……あいつに何かあっても、俺は知らねーからな。
俺自身パラディスコ王国の筆頭公爵家の次男であり、双子のイトコで王家筋だったりする。
だけど家族に無理を言って、ミルカとメイカの留学中の期間限定で俺は双子の執事となった。
……俺が目を離している隙に、ミルカになにかあれば後悔すると思ったから。
可愛い可愛い年下の従妹に、俺は恋をしているのだ。
「ハウンド、お買い物に行くからついてきて」
寮の部屋で俺が淹れた珈琲を飲み終わったミルカが、赤い髪を揺らしてあどけない笑顔を浮かべながら言う。
俺は窓の外を見て、少し眉を顰めた。
「ミルカ、もうすぐ夕方ッス。仮にも王女を歩かせていい時間じゃないッスよ。そろそろ酔っ払いも徘徊し出す時間だし……」
「あら? 当然ハウンドが守ってくれるんでしょう?」
ミルカが榛色の瞳をキラキラと輝かせながらそう言うから、俺は思わず言葉に詰まる。……この小悪魔め。
「そりゃ、命に代えても守るけど。だけど、ダメ」
ミルカの方へ歩み寄り、カップを片付けようと手を伸ばす。
するとその手は柔らかいミルカの手に、握られた。
「ハウンドお兄様。お願い、ミルカお外に出たいの」
「――っ……!!」
パラディスコにいた頃の、従兄妹同士の関係のみだった時の口調で言われ俺の息は止まりそうになる。可愛いな。不意打ちは、マジで止めろ。
ミルカが俺を呼び捨てにするようになったのは、リーベッヘ王国に留学に来てからのことだ。『執事』なんだから呼び捨てろと俺が言ったのだが。
「ミルカ。俺は君を危険な目に遭わせたくないと言っているんだ」
俺も公の場での口調でミルカに返す。ミルカはそれを聞いてクスクスと笑い出した。
「ふふ。ハウンドの猫っかぶりの時の口調、懐かしいわね」
「そっちこそ……『ハウンドお兄様』なんて久しぶりに聞いたッス」
一応公爵家の次男なので、パラディスコにいると俺は大きな猫を被っていることが多い。
だから期間限定とはいえリーベッヘ王国で、猫を脱ぎ捨てありのままの自分で過ごす日々がとても楽しくて仕方ない。
ピアスの数が増えるたびに、ビアンカ嬢やマクシミリアンには不審そうな目で見られてしまうが。
……あの主従は羽目を外さなそうだもんな。
「あーもう……仕方ねぇな。ほら、準備するッス。五分で準備できなかったら、お出かけは無し」
そう言って俺がパンと手を叩くと、ミルカは慌ててソファーから立ち上がった。
パタパタとラフな白いドレスに着替えるミルカをあまり見ないようにしながら、俺も出かける準備をする。
といっても着替えるわけではなく武器を身に着けるだけなのだが。
特注のベルトを腰に巻いて刀を腰に差す。この刀はパラディスコの刀匠と呼ばれる人々が作ったもので、薄くしなやかな刀身が特徴の他の国では珍しい片刃の剣だ。
刀を身に着けた後はジャケットの下に苦無と呼ばれる暗器を数本仕込み、袖口に細心の注意を払って毒針を固定する……これは熊でも一撃で倒せるもので人間ならばひとたまりもない。
ミルカの命以上に大事なものはないので、不埒な輩がいた場合これを使うこともやむを得ないと俺は思っている。
「ハウンド! 準備できたよ!」
後ろからばふり、と音を立ててミルカが抱きついてきた。ミルカ、誤って毒針が刺さったらどうするんだ!!
「俺の準備中には触っちゃダメッス。毒針とかも扱ってるんだから。ミルカに刺さったらひとたまりもないんスよ」
そう言いながら頭をコツン、と軽く拳で叩くとミルカは悪びれない様子で楽しそうに笑った。
「もう、お説教はいいの。行くよー」
ぐいぐいと手を引かれ、寮の外へと出る。空はすっかり夕暮れ色で鳥の群れがどこかへと帰る途中だった。
ミルカとはぐれないようにしないとダメだなと俺は気を引き締める。
俺はマクシミリアンのような天才ではないから、魔法で常時ミルカの様子を把握するようなことはできない。油断が、命取りだ。
「ほらもう、ちゃんと手を繋いで。はぐれたらダメッス」
「はぁい。ハウンドお兄様」
手を繋いで、ミルカが笑う。ああもう、従妹殿は本当に可愛らしいな。
「で、何を買うんスか?」
「ふふ。ハウンドのピアスが一つ無くなってるでしょう? 私が選んであげようかなって。遅い時間まで開いてるいいお店があるってマックスが教えてくれたの」
「ミルカッ……!!」
思わずその小さな手をぎゅっと握ってしまう。確かに数日前にピアスを紛失してそのままにしてしまっていたのだ。
よく見てくれてるんだな、と思うととても嬉しくて顔がにやけてしまう。
「ハウンドにやにやしてるー」
「べっ……別にしてないッス」
ぶんぶんと繋いだ手を振りながら、俺たちは校門を抜けた。
ミルカと手を繋いだまま街へと向かう。
彼女の手を感触を確かめるように少し強く握ると、思ったよりも繊細な感触が手の中から伝わってきた。
小さい頃からしょっちゅう繋いでいたはずのミルカの手は、なんだか小さくなったように思える。……俺の手が大きくなっただけのことだろうけど。
幼い頃から俺たちは一緒にいた。彼女にとってそれはどういう意味を持つ時間だったかはわからない。だけど俺にとっては大事な時間だ。
ミルカが俺をどう思っているかは……聞いてみたいという気持ちはあるけれど。幼い頃より積み重ねた関係を壊すのが、俺は恐ろしいのだ。
「ミルカ、どのあたりにある店?」
「んとね……マックスから貰った地図だと……」
ミルカと額を突き合わせて地図と睨めっこする。ふむ、これはあそこの通りか。
地図を見るために離した手をもう一度繋ぐと、ミルカが嬉しそうに笑った。
「ハウンドお兄様、デートみたいね」
くふふ、と笑いながらそう言われ、俺は思わず赤面する。
「ミルカ。これは執事と王女様のただのお買い物」
照れたのを誤魔化そうと少し乱暴にそう言うと、ミルカが頬を膨らませた。
……どういうつもりで、君はそんなことを言うんだろうな。
店の前に着き、俺が扉を開けようとするとミルカにそっと止められた。
「ハウンド、お外で待ってて?」
「ええーマジっスか。なんで」
「素敵なものを選んでびっくりさせたいじゃない!」
ミルカは俺のピアスを、自分自身の力だけで選びたいらしい。……まぁ、いいんだけどね。
「了解ッス。ちょっとお掃除もあるしね」
「……あら、ハウンド気づいてたの」
「気づかないわけないでしょ。俺、これでも護衛なんだし」
俺とミルカは、明らかに誰かにつけられていた。
恐らくパラディスコのどこかの貴族家の刺客なんだろうけど。んー……どこと揉めてたっけね。
俺が狙われているのか、ミルカが狙われているのか。あるいはその両方か。
「十分もあれば、終わるわよね?」
ミルカは悪戯っぽく微笑んで店内へと消えていく。
「五分で結構」
俺はにやりと笑って、気配の方へ歩みを進めた。
気配の方に俺が近づくとあちらでもそれを察したようで、一人の男が人混みの中に紛れていこうとする。
――逃がすわけ、ねぇだろーがよ。
俺は人混みの中、男の後を追った。男はかなりの速度で逃げているが追いつけないほどではない。
パラディスコ王国の貴族には武闘派が多いんだ。舐めんじゃねぇぞ。
俺は男の進行方向の足元に向けて土魔法を詠唱する。地面がぼこりと盛り上がり男の足を捕らえ……。
「わっ……!!」
上手く転倒させたようだった。
男は足首に取りついた土を懐から出したナイフでガリガリと砕いているが、俺の着には間に合わない。
「さて、要件お聞かせ願えますかね。俺も暇じゃねーんスよ」
目の前に立ちそう言い放つと、男は手に持ったナイフを投げてきた。
俺は刀を鞘から半身だけ抜き、それを軽く弾き飛ばす。
男はその間に立ち上がり腰から半月刀のような武器を抜き放った。
「ひっ……!」
争いごとに気づいた誰かの悲鳴が上がり、人混みが俺たちを遠巻きにするように割れ……取り囲むように人垣となった。
逃げるのかと思いきや皆、興味津々でこちらを眺めている。見世物じゃねーんだけどなぁ。
俺は刀を抜き放つと正眼に構え男と対峙した。
「俺がパラディスコ王国筆頭公爵家の、ハウンド・シュテンヒルズと知っての所業だよな? 王族に連なるものへ刃を向ける行為はパラディスコでは死罪だ。覚悟してのことと、思っていいんスよね」
俺が声をかけても男はこちらの隙を伺うようにして何も言わない。俺はわざと、腕を少し下げ男への隙を作った。
「やっ!!」
男はその隙にわざと乗ったのか、思惑通り誘われたのか。気合とともにこちらへ踏み出してくる。
その男へ俺も刀で応じ……はせずに、懐から苦無を抜き放ち男の胸へめがけて二本放った。
「――ッ!!」
男は胸を押え、倒れ込む。はは、皆中、皆中。浅く当てたから死んではねーな。
ギャラリーから歓声が上がったので俺は優雅に礼をしてみせた。
「お前ら、何をしている!!」
騒ぎを聞きつけた騎士隊が慌ててこちらへと駆けつけてきた。随分と早い到着だから、たまたま近くにいたんだろうな。
「パラディスコ王国公爵家の、ハウンド・シュテンヒルズだ。襲われたので対処をしたまでなのだが、何か問題があるか?」
胡乱げな目で俺を見る彼らに余所行きの口調で言いながら、懐にいつも入れている身分証明の証書を見せる。それはパラディスコ王国とリーベッヘ王国の王家の印が入ったもので、俺とミルカの素性が書き連ねてあった。
こんな下っ端騎士に見せても通じるか心配だったのだが。彼らはその意味をきちんと理解しこちらへ慌てて礼を取った。
「ミルカ王女を待たせているのでな。後ほど、騎士団の詰め所へ伺う。それでいいか?」
彼らとそんな会話をしながら……『五分は、過ぎちゃったッスね』なんてことを俺は考えていた。
「遅い。かっこつけて五分とか言わなきゃいいのに」
戻ると店の前でミルカが待っていた。そして着くなり笑われる。
「十分はかかってねーッス。そっちはなんもなかった?」
「大丈夫大丈夫。気配も一人分しかなかったでしょ」
そう。だからミルカ一人を置いて行ったのだが、心配は心配だったからな。
ミルカは王女なのにかなりの武闘派で、そこらの騎士よりよほど強いからもう一人や二人いても彼女自身でなんとかできたとは思うけど。
「買い物は済んだッスか?」
「ふふん。この通りよ!」
ミルカは小さな紙袋を俺の前にぶら下げる。それを受け取ろうとすると、悪戯っぽい顔で後ろ手に隠されてしまった。
「……俺のじゃねぇんスか」
「ハウンド、そこのベンチに座りましょう? 私が着けてあげる」
……変なものは買ってないと思うんだが。何を企んでるんだろうね、この従妹殿は。
俺とミルカはベンチに並んで腰を下ろす。ミルカはピアスが取れている側の俺の横に陣取った。
「ハウンド。目を瞑っててねー見ちゃダメだから」
従妹殿の仰せの通りに、俺は目を瞑る。するとミルカの息を飲む音が、何故か伝わってきた。だけどそれは一瞬でガサガサと袋を開ける音に変わる。
小さな手が耳に触れる気配がして、少しくすぐったい。それは探るようにしばらく俺の耳に触れた後ピアスを器用に着けていく。
「ハウンド、目を開けて」
目を開けると、ミルカの愛らしい顔がすぐ目の前にあって俺は動揺した。近い! 無防備だな!!
「ふふ。どうかな?」
差し出されたコンパクトミラーを受け取り、覗き込む。すると左耳に紅い石のピアスが着けられていた。
「私の、色」
ミルカは楽しそうに微笑む。その笑顔に俺は見惚れそうに……いや、見惚れてしまう。
「今度はハウンドが、私にピアスを選んで。ハウンドの瞳の色がいいわ」
頬を染めながらそう言うミルカは、世界で一番可愛かった。
……このピアスだけは、無くさないようにしよう。
また手を繋いで、寮への帰路につく。
……ミルカ、俺が気持ちを告げたら。君は応えてくれるのかな。
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