地味令嬢と地味令息の変身

宝月 蓮

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本編

ルテル伯爵家の地味令嬢とモンカルム侯爵家の地味令息

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 ナルフェック王国王都アーピスにあるラ・レーヌ学園は、七年前に設立された貴族の子女の教育の為の学園である。
 設立したのはこの国の生前退位した女王であり、現在は女大公の位を賜っているルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ・ド・ロレーヌ。
 近隣諸国で初となる貴族の子女の教育の学校であり、ナルフェック王国を発展に導いた元女王であるルナが理事長を務めているので国内外からかなり注目を集めている。よってそこそこの数の近隣諸国からの留学生もいる。基本的にナルフェック王国内の貴族の子女は各家の王都の屋敷タウンハウスからの通学になるが、留学生は寮に入ることになる。
 しかし、入学は義務ではない。ラ・レーヌ学園に通うナルフェック王国内の貴族の子女は全体の半分程度。まだ家庭内で教育を受ける者もいる。
 対象年齢は十三歳から十八歳であるが、ずば抜けて優秀な者は飛び級が可能だ。しかし現在飛び級出来た者は一人しかいない。ナルフェック王国では男女問わず社交界デビューの年齢が十六歳に引き上げられたので、十三歳から十五歳は基礎的な学問だけでなく紳士淑女の為のマナーや所作の教育も行われる。そして十六歳から十八歳は更に専門的な学問を習うことが出来る。優秀な教師陣による質の高い教育を受けられるので、十三歳から十五歳の時に通っていた者は及第点以上の礼儀作法を身に付けることが出来ているのだ。
 学園内では身分、国籍問わず平等を掲げている。また、学園内において身分や国籍で人を差別する行為は禁止されており、発覚したら軽いもので停学、重いものは退学という処分が下される。よって、ラ・レーヌ学園では身分や国籍による差別はほとんどない。しかし、同世代の子供達が集まる場なのでやはりトラブルは起こってしまう。

「あら、ミラベル様、今日も相変わらず地味でございますわね。ドレスに着られておりますわ」
「ねえミラベル様、今日出された算術の課題やっておいてもらえます? ミラベル様は伯爵令嬢なのだから子爵令嬢の私を助けて当然ですわよね」
「あら、でしたら男爵令嬢の私も助けてくださらないと。私の分の刺繍の課題もやってくれますわよね?」
 ミラベル・ロクサーヌ・ド・ルテルはルテル伯爵家の長女である。栗毛色の髪にムーンストーンのようなグレーの目で少し野暮ったい見た目。そして大人しく自己主張が苦手であり、相手に強く出られると言い返せない性格だった。それゆえミラベルは同学年の一部の令嬢達から見た目を揶揄からかわれたり授業で出された課題を押し付けられたり、その他にも色々と馬鹿にされていた。
 ミラベルを馬鹿にしているのはゴビノ伯爵令嬢バスティエンヌ、ヴィルパン子爵令嬢マドロン、モローグ男爵令嬢アベリア。この三人は見た目だけは良く、派手で洒落たドレスやアクセサリーを身に着けている。
 学園内で身分や国籍で人を差別してはいけないという規則があるが、ルテル伯爵家とゴビノ伯爵家は同格なのでバスティエンヌは差別ではないと言い逃れ出来てしまう。更にミラベルよりも身分が低いマドロン、アベリアの頼みを断ると二人に身分により差別されたと言われかねない。よってミラベルは何も言い返さず三人の言いなりになっていた。
(仕方ないわ。下手にトラブルを起こしてお父様とお母様とお兄様に迷惑をかけたくない。わたくしさえ我慢すれば良いのだから……)
 ミラベルはため息をついた。
 中庭で令息達と戯れるバスティエンヌ達を横目に、ミラベルは迎えの馬車へ向かう。よく見ると、中庭には数組の男女の姿がある。彼らの中には家同士の利益の為に婚約者になった者達もいるが、普通の恋人同士の者達もいる。
 ナルフェック王国は昔は政略結婚が主流だったが、宰相ユーグのお陰で貴族同士の恋愛結婚も認められるようになった。これにより、貴族同士の恋愛結婚は全体の三割から四割程度まで増えたのだ。おまけに上級貴族 (公爵、侯爵、伯爵)と下級貴族 (子爵、男爵)の結婚も許容されている。
(ああいったことも、わたくしには縁のないことね)
 ミラベルは中庭で談笑している恋人達を思い出してそう思いながら馬車へ乗り込んだ。





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 人気ひとけのないベンチで本を読んでいる少年がいた。少年は小太りで、無造作長めの黒褐色の髪にヘーゼルの目で、黒縁眼鏡をかけている。
 そんな彼をクスクスと嘲笑する声が聞こえる。
「おいお前ら見ろよ。またナゼールが一人で変な本読んでるぞ。あの機械オタク本当に気持ち悪いよな」
「ダゴーベール様、よく気付きましたね。僕にはあいつの存在に気付きませんでしたよ。外務卿であるマリアンヌ様の息子なのに社交性ゼロだなんて」
「あんなのがモンカルム侯爵家の跡継ぎだなんて。モンカルム侯爵家も地に落ちましたね」
 モンカルム侯爵家長男のナゼール・クロヴィス・ド・モンカルムは何も言わずに俯く。必死に本を読んでいるフリである。
 地味で小太りなナゼール。少し挙動不審で人と目を合わせて話すのが苦手な彼は、一部の令息達から馬鹿にされていた。
 その筆頭格が現在彼を嘲笑しているペリニョン侯爵令息ダゴーベール。そしてダゴーベールの取り巻きであるブロス伯爵令息ゴドフロアとレーマリ子爵令息ジョリス。三人共見た目だけは良いがそれだけである。
(気にするな……気にするな……)
 ナゼールは心の中でそう唱え、必死に本に目を向けて三人が遠ざかるのを待っていた。
 三人がいなくなると、ナゼールはふうっとため息をつく。
(仕方ないじゃないか。どうせ僕は見た目も悪いしコミュニケーションが苦手だ。こうやって機械や科学の本を読むしか能がない。モンカルム侯爵家はきっと僕よりも妹のアンナが継いだ方がいいはずだけど、アンナはアリティー王国のマントヴァ侯爵家に嫁ぐことが決まってるからなあ……)
 ナゼールは自信がなさげに長大息ちょうたいそくを漏らす。そしてただ教室の端の方に身を潜めて過ごす毎日を送っていた。
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