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本編
出会い
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数日後、エマは再びフォルカーの孤児院へ奉仕活動に行く。侍女のフリーダと護衛のマルクも一緒だ。
「わー! エマ様だー!」
「遊んで遊んでー!」
子供達はエマを見つけたらすぐに駆け寄って来た。
エマ以外にも奉仕活動に来る貴族はいるのだが、大体は読み書きや算術を教える程度だったり、寄付金を置いていくだけだったりする。だから一緒に遊んでくれるエマが来ると、子供達は非常に喜んだ。エマを見た瞬間喜びのあまり騒ぎ出す子もいた。
「ええ。だけどまずは読み書きと算術のお勉強をしましょうね」
「えー!? エマ様、僕はお勉強よりも遊びたいよー!」
駄々をこねる子供もいた。よほど勉強が嫌いなのであろう。エマはしゃがみ、その子に視線を合わせる。
「ライマー、読み書きや算術が出来た方が、将来たくさんお金が貰えてお腹いっぱい好きな物を食べられるようになるわよ」
エマは優しげな笑みを浮かべた。
「うーん……じゃあ頑張ってみる」
ライマーと呼ばれた少年は少しやる気になったようだ。
「ねえ、今日はパトリック様も来てるみたいよ」
「え! 嘘! だってこの前来たばっかだからもう少し先のはずよ」
「私、さっきパトリック様が院長と話しているのを見たわ」
「じゃあ本当なのね! パトリック様に会えるなんて」
エマの近くで、十歳を過ぎたくらいの孤児院の中では年上の少女達がキャッキャと嬉しそうに話していた。
「ねえエマ様はパトリック様のこと知ってる? エマ様と同じ貴族の人で、この孤児院にたまに来てくれる人なの。凄くカッコいい、まるで王子様みたいな人なの」
少女はうっとりとした表情だ。
「パトリック様……聞いたことない名前だわ? どこの家のお方か分かるかしら?」
エマは首を傾げた。
「確か……ラン何とかって言っていたわ。へんきょーはく家だって」
「へんきょーはく家? ……ああ、辺境伯家のことね。私は辺境伯家の方とは知り合ったことがないから、パトリック様というお方のことは分からないわ」
「そうなのね。貴族の人は毎日パーティーを開いて色んな人とダンスをするって聞いたから、てっきりエマ様と知り合いなのかと思ったわ」
少女は意外だと言わんばかりの表情をしていた。
「毎日パーティーは開かないわよ。辺境伯家の方々は国境付近、つまり他の国と近い場所に広大な領地を持っていて、私達が住むガーメニー王国が他の国から攻め込まれないように守っているのよ。だから辺境伯家の方々は社交界、ヘルガが想像しているパーティーにはあまり参加しないの」
エマはヘルガという少女にそう説明した。
辺境伯は侯爵と同じ位の爵位だ。辺境伯家の家格によっては、侯爵家よりも上の場合もある。辺境伯の位を持つ者達は総じて国境付近に広大な領地を持ち、警備に当たる。それ故に王家や中央から離れて大きな権限を認められている。また、中には社交界に顔を出さない人もいるのだ。
「貴族って色々と難しいのね」
エマの話を聞いたヘルガは苦笑した。
その時、誰かがこちらに来ることに気が付いたエマ。
月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にアメジストのような紫の目。どこか冷たい印象の、エマより少し年上に見える美しい少年だ。
「パトリック様!」
「来てくれて嬉しいです、パトリック様」
少女達が黄色い声でその少年の方へ駆け寄った。
(あのお方がパトリック様なのね。確かに、ヘルガ達が言う通り、見目麗しいお方ね)
エマがそう考えていると、パトリックがエマの方へやって来る。
(こちらにいらっしゃるわ)
エマはカーテシーで礼を取る。
「初めまして。今は公式の場ではないから、頭を上げて楽にしてくれて構わない」
エマが最初にパトリックに抱いた冷たそうな印象とは裏腹に、どこか甘く優しげな声が降ってくる。
「お初にお目にかかります。リートベルク伯爵家次女、エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクと申します」
エマはゆっくりと頭を上げて自己紹介をした。するとパトリックはアメジストの目を優しげに細め、口角をほんのり上げた。
「これはご丁寧に、リートベルク嬢。僕はランツベルク辺境伯家長男、パトリック・ジークハルト・フォン・ランツベルクだ。僕もこの孤児院に定期的に訪問しているんだ。もしかしたらリートベルク嬢とも訪問日が同じになることもあるだろう。その時は、気軽に話しかけてくれたら嬉しい」
(ランツベルク卿……ランツベルク辺境伯家は辺境伯家や侯爵家の中でも家格がかなり上だわ。まさかここでそんなお方にお会いするなんて驚いたわ。それに、優しそうなお方ね)
エマはパトリックの優しげな笑みを見て、初めに抱いた冷たそうな印象が霧散した。
「ええ。子供達の為に、畏れ多くはございますがランツベルク卿と共に協力出来たらと存じますわ」
エマは心からの、太陽のような笑みを浮かべた。
パトリックは一瞬目を見開き、その後優しげな目でエマを見つめていた。
エマはそんなパトリックの様子に首を傾げる。
「あの、ランツベルク卿? どうかなさいました?」
「ああ、いや、何でもないよ。それより、公式な場ではないんだ。折角だから、僕のことは是非、パトリックと呼んで欲しい」
「畏れ多くは存じますが、承知いたしました。では私のことはどうぞエマとお呼びください」
するとパトリックはパアッと明るい笑みになる。アメジストの目も心なしかキラキラと輝いているように見えた。
「ありがとうエマ嬢、今日はよろしく頼む」
「ええ、こちらこそよろしくお願い致しますわ。パトリック卿」
「卿を付けなくても構わないよ、エマ嬢」
「では、パトリック様とお呼びいたします」
「ああ、是非そうして欲しい」
こうして二人は握手を交わした。パトリックの手はエマの手よりも大きい。エマの手はパトリックの手に包み込まれてしまった。
その後、エマはパトリックと共に子供達に読み書きや算術を教え始めた。
「パトリック様、この計算が分からないから教えてー」
「あ、狡い。私も私も」
パトリックの方にはヘルガを始めとする十歳を過ぎたくらいの少女達が群がる。
(パトリック様、女の子達に人気ね。彼女達はパトリック様にお任せして、私はまだ幼い子供達を担当しようかしら)
エマはパトリックを見て微笑み、エーファやライマーなど幼い子供達に読み書きや算術を教える。
その後は子供達に誘われてボール当てゲームに加わるエマ。
「エマ様、ザシャがね、私にボール当てでのボールの避け方を教えてくれたの」
「あら、それはよかったわね、エーファ」
エマはエーファに優しく微笑み、そっと頭を撫でた。エーファは嬉しそうに笑う。ちなみに、ザシャはこの前エーファをいじめていた三人の中の一人だ。すっかり仲直りしたようだ。
「ザシャもお兄さんらしくなったわね」
「まあな」
エマに褒められ、まんざらでもないザシャだ。
「みんなボール当てゲームをするのか。それなら僕も参加しようかな」
「やったー! みんな、パトリック様も一緒にやるって!」
「うわあ、パトリック様、体でかいから強そう」
パトリックが参加を表明すると、少年少女達が喜んだ。
「パトリック様、動きにくいでしょう。上着をお預かりいたします」
「ありがとう、ロルフ」
パトリックは従僕のロルフに上着を預けた。
「それにしても、パトリック様まで子供達の遊びに参加するとは予想外でした」
「孤児院での奉仕活動だ。子供達の笑顔を優先しないとね、ロルフ」
爽やかな笑みのパトリック。
「左様でございますか。それで、本音はどうなのですか?」
「少しでもエマ嬢が僕に対して好印象を持ってもらいたいから、かな」
パトリックは悪戯っぽく笑った。
「やはり左様でございますか」
ロルフはやれやれ、と苦笑した。
パトリックの気持ちにはまだ気付いていないエマであった。
「わー! エマ様だー!」
「遊んで遊んでー!」
子供達はエマを見つけたらすぐに駆け寄って来た。
エマ以外にも奉仕活動に来る貴族はいるのだが、大体は読み書きや算術を教える程度だったり、寄付金を置いていくだけだったりする。だから一緒に遊んでくれるエマが来ると、子供達は非常に喜んだ。エマを見た瞬間喜びのあまり騒ぎ出す子もいた。
「ええ。だけどまずは読み書きと算術のお勉強をしましょうね」
「えー!? エマ様、僕はお勉強よりも遊びたいよー!」
駄々をこねる子供もいた。よほど勉強が嫌いなのであろう。エマはしゃがみ、その子に視線を合わせる。
「ライマー、読み書きや算術が出来た方が、将来たくさんお金が貰えてお腹いっぱい好きな物を食べられるようになるわよ」
エマは優しげな笑みを浮かべた。
「うーん……じゃあ頑張ってみる」
ライマーと呼ばれた少年は少しやる気になったようだ。
「ねえ、今日はパトリック様も来てるみたいよ」
「え! 嘘! だってこの前来たばっかだからもう少し先のはずよ」
「私、さっきパトリック様が院長と話しているのを見たわ」
「じゃあ本当なのね! パトリック様に会えるなんて」
エマの近くで、十歳を過ぎたくらいの孤児院の中では年上の少女達がキャッキャと嬉しそうに話していた。
「ねえエマ様はパトリック様のこと知ってる? エマ様と同じ貴族の人で、この孤児院にたまに来てくれる人なの。凄くカッコいい、まるで王子様みたいな人なの」
少女はうっとりとした表情だ。
「パトリック様……聞いたことない名前だわ? どこの家のお方か分かるかしら?」
エマは首を傾げた。
「確か……ラン何とかって言っていたわ。へんきょーはく家だって」
「へんきょーはく家? ……ああ、辺境伯家のことね。私は辺境伯家の方とは知り合ったことがないから、パトリック様というお方のことは分からないわ」
「そうなのね。貴族の人は毎日パーティーを開いて色んな人とダンスをするって聞いたから、てっきりエマ様と知り合いなのかと思ったわ」
少女は意外だと言わんばかりの表情をしていた。
「毎日パーティーは開かないわよ。辺境伯家の方々は国境付近、つまり他の国と近い場所に広大な領地を持っていて、私達が住むガーメニー王国が他の国から攻め込まれないように守っているのよ。だから辺境伯家の方々は社交界、ヘルガが想像しているパーティーにはあまり参加しないの」
エマはヘルガという少女にそう説明した。
辺境伯は侯爵と同じ位の爵位だ。辺境伯家の家格によっては、侯爵家よりも上の場合もある。辺境伯の位を持つ者達は総じて国境付近に広大な領地を持ち、警備に当たる。それ故に王家や中央から離れて大きな権限を認められている。また、中には社交界に顔を出さない人もいるのだ。
「貴族って色々と難しいのね」
エマの話を聞いたヘルガは苦笑した。
その時、誰かがこちらに来ることに気が付いたエマ。
月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にアメジストのような紫の目。どこか冷たい印象の、エマより少し年上に見える美しい少年だ。
「パトリック様!」
「来てくれて嬉しいです、パトリック様」
少女達が黄色い声でその少年の方へ駆け寄った。
(あのお方がパトリック様なのね。確かに、ヘルガ達が言う通り、見目麗しいお方ね)
エマがそう考えていると、パトリックがエマの方へやって来る。
(こちらにいらっしゃるわ)
エマはカーテシーで礼を取る。
「初めまして。今は公式の場ではないから、頭を上げて楽にしてくれて構わない」
エマが最初にパトリックに抱いた冷たそうな印象とは裏腹に、どこか甘く優しげな声が降ってくる。
「お初にお目にかかります。リートベルク伯爵家次女、エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクと申します」
エマはゆっくりと頭を上げて自己紹介をした。するとパトリックはアメジストの目を優しげに細め、口角をほんのり上げた。
「これはご丁寧に、リートベルク嬢。僕はランツベルク辺境伯家長男、パトリック・ジークハルト・フォン・ランツベルクだ。僕もこの孤児院に定期的に訪問しているんだ。もしかしたらリートベルク嬢とも訪問日が同じになることもあるだろう。その時は、気軽に話しかけてくれたら嬉しい」
(ランツベルク卿……ランツベルク辺境伯家は辺境伯家や侯爵家の中でも家格がかなり上だわ。まさかここでそんなお方にお会いするなんて驚いたわ。それに、優しそうなお方ね)
エマはパトリックの優しげな笑みを見て、初めに抱いた冷たそうな印象が霧散した。
「ええ。子供達の為に、畏れ多くはございますがランツベルク卿と共に協力出来たらと存じますわ」
エマは心からの、太陽のような笑みを浮かべた。
パトリックは一瞬目を見開き、その後優しげな目でエマを見つめていた。
エマはそんなパトリックの様子に首を傾げる。
「あの、ランツベルク卿? どうかなさいました?」
「ああ、いや、何でもないよ。それより、公式な場ではないんだ。折角だから、僕のことは是非、パトリックと呼んで欲しい」
「畏れ多くは存じますが、承知いたしました。では私のことはどうぞエマとお呼びください」
するとパトリックはパアッと明るい笑みになる。アメジストの目も心なしかキラキラと輝いているように見えた。
「ありがとうエマ嬢、今日はよろしく頼む」
「ええ、こちらこそよろしくお願い致しますわ。パトリック卿」
「卿を付けなくても構わないよ、エマ嬢」
「では、パトリック様とお呼びいたします」
「ああ、是非そうして欲しい」
こうして二人は握手を交わした。パトリックの手はエマの手よりも大きい。エマの手はパトリックの手に包み込まれてしまった。
その後、エマはパトリックと共に子供達に読み書きや算術を教え始めた。
「パトリック様、この計算が分からないから教えてー」
「あ、狡い。私も私も」
パトリックの方にはヘルガを始めとする十歳を過ぎたくらいの少女達が群がる。
(パトリック様、女の子達に人気ね。彼女達はパトリック様にお任せして、私はまだ幼い子供達を担当しようかしら)
エマはパトリックを見て微笑み、エーファやライマーなど幼い子供達に読み書きや算術を教える。
その後は子供達に誘われてボール当てゲームに加わるエマ。
「エマ様、ザシャがね、私にボール当てでのボールの避け方を教えてくれたの」
「あら、それはよかったわね、エーファ」
エマはエーファに優しく微笑み、そっと頭を撫でた。エーファは嬉しそうに笑う。ちなみに、ザシャはこの前エーファをいじめていた三人の中の一人だ。すっかり仲直りしたようだ。
「ザシャもお兄さんらしくなったわね」
「まあな」
エマに褒められ、まんざらでもないザシャだ。
「みんなボール当てゲームをするのか。それなら僕も参加しようかな」
「やったー! みんな、パトリック様も一緒にやるって!」
「うわあ、パトリック様、体でかいから強そう」
パトリックが参加を表明すると、少年少女達が喜んだ。
「パトリック様、動きにくいでしょう。上着をお預かりいたします」
「ありがとう、ロルフ」
パトリックは従僕のロルフに上着を預けた。
「それにしても、パトリック様まで子供達の遊びに参加するとは予想外でした」
「孤児院での奉仕活動だ。子供達の笑顔を優先しないとね、ロルフ」
爽やかな笑みのパトリック。
「左様でございますか。それで、本音はどうなのですか?」
「少しでもエマ嬢が僕に対して好印象を持ってもらいたいから、かな」
パトリックは悪戯っぽく笑った。
「やはり左様でございますか」
ロルフはやれやれ、と苦笑した。
パトリックの気持ちにはまだ気付いていないエマであった。
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