好かれる努力をしない奴が選ばれるわけがない

宝月 蓮

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本編

再会、そして……

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(パトリック様にお会いして、改めて私の気持ちを伝える。それで駄目なら……諦めて次の縁談を待つしかないわ。でも、それでいい。元々私から別れを切り出したんだから。お会い出来るだけ幸運よ)
 ランツベルク辺境伯領に向かう中、エマは少し緊張した面持ちだった。
 侍女のフリーダと護衛のマルクはそんなエマを見守るかのよう。
 鉄道から見える景色は、流れるように変わっていく。
 王都ネルビルからランツベルク領はかなり距離があるので、エマ達は鉄道を利用して移動しているのだ。
 ランツベルク領の鉄道駅に到着すると、ランツベルク辺境伯家の馬車が迎えに来ていた。事前の手紙のやり取りで、パトリックから迎えの馬車を用意すると言われていたのだ。しかし、この馬車にパトリックは乗っていない。パトリックはランツベルク辺境伯城で待っているようだ。
 エマは馬車に乗り込み、そのままランツベルク辺境伯城に向かう。
(ランツベルク城って……とても広いわね。リートベルク城の倍はあるわ)
 ランツベルク城の門から建物の入り口まではかなり距離があり、門を潜り抜けた後しばらく馬車で走っている。リートベルク伯爵城の場合は門を通り抜けて少し歩くだけで城の入り口に着くので、エマはランツベルク城の広さに驚いていた。
 ようやくランツベルク城入り口付近に到着したので、エマは馬車を降りた。その時、手入れされた庭園が目に入る。
(とても美しいわね)
 エマはうっとりと見惚れていた。
 その時、庭園をゆっくりと歩いていた老婦人と、その隣にいた少年と目が合う。
 老婦人は星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、サファイアのような青の目。ガーメニー王国の王家の特徴だ。
 そして隣の少年はブロンドの髪にサファイアのような青い目で、顔立ちがどことなくパトリックに似ている。
(この方はもしかして、パトリック様のお祖母ばあ様で、前国王陛下の妹君ツィツィーリエ殿下かしら。お隣にいらっしゃるのはパトリック様の弟君ね)
 エマはカーテシーで礼をる。
「あら、貴女がパトリックの言っていたお客様でございますね。おたいらになさってちょうだい」
 頭上から、穏やかで絹糸のように細く澄んだ声が優しく降ってくる。
「お初にお目にかかります。リートベルク伯爵家、次女のエマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます。お会い出来て光栄でございます、殿下」
 エマはゆっくりと姿勢を戻し、そう挨拶をした。
「リートベルク嬢、そう畏まらないでください。パトリックの祖母のツェツィーリエ・ヨゼフィーネ・フォン・ランツベルクです。わたくしは随分昔に臣籍降下してランツベルク家に嫁いだ身ですわ。殿下ではなく、普通にツェツィーリエと呼んでくれたら嬉しいわ」
 朗らかではあるが、威厳と気品があるツェツィーリエ。背筋もピンとしている。
「……では、畏れ多くは存じますが、ツェツィーリエ様とお呼びいたします。私のことは、どうぞエマとお呼びください」
 エマは少し緊張気味な笑みであった。
「ランドルフ、貴方もエマ嬢にご挨拶をなさい」
「はい、お祖母様。初めまして、ランツベルク辺境伯家次男、ランドルフ・カールハインツ・フォン・ランツベルクと申します。兄がお世話になっております」
 隣にいた少年ランドルフはツェツィーリエに言われ、エマに挨拶をする。パトリックとは違い、ハキハキと明るい様子である。エマよりも年下である。
「ご丁寧にありがとうございます、ランツベルク卿」
 エマはふふっと微笑む。
「どうぞランドルフとお呼びください。兄のパトリックもランツベルクなので」
「承知いたしました、ランドルフ卿。では私のこともエマとお呼びください」
「ありがとうございます、エマ嬢」
 ランドルフは明るく笑った。それにつられてエマの笑みも明るくなる。
「若いご令嬢とお会いするのはとても久しいので、少し心躍る感じがしますの。……きっとシルヴィアも生きていたらエマ嬢と同じくらいの年齢かしらね」
 穏やかな笑みのツェツィーリエ。
「シルヴィア様と仰いますのは、もしかしてパトリック様の妹君でございますか?」
 エマはパトリックに亡くなった妹がいることを思い出した。孤児院での奉仕活動の時、その話を聞いたのだ。
「ええ。シルヴィアは体が弱くて、七歳で亡くなってしまいましたの」
 話を聞くと、エマは思わず悲しそうな表情になってしまう。
「あら、エマ嬢、悲しそうな顔をしないでちょうだい。確かにシルヴィアが生きた時間は短いけれど、シルヴィアは家族に愛されて幸せな人生でしたのよ」
 ツェツィーリエはシルヴィアのことを思い出し、愛しむかのような表情だった。
「左様でございましたか」
 エマは会ったことのないシルヴィアに思いを馳せ、優しげに微笑んだ。
「エマ嬢、ここにいたんだね」
 その時、エマの知っている声がした。優しく甘い声、エマが今一番聞きたかった声である。
「パトリック様……」
 声の主はパトリックである。エマはゆっくりとパトリックの方を向く。
(そうよ、私はもう一度パトリック様とお話しする為にここに来たの。私の想いを伝える為に)
 エマは少し緊張した面持ちで、ごくりと唾液を飲み込む。
 一方、パトリックは以前と変わらない優しい笑みであった。
「お待たせして申し訳ございません。本日はお時間ありがとうございます」
 エマは畏ってそう挨拶をした。
「気にすることはないよ。エマ嬢、さあこちらへ」
 パトリックにそう言われ、エマはツェツィーリエに軽くお礼を言った後、ランツベルク城に入る。
(雰囲気が……ガーメニー王国のものとは少し違うわね)
 ランツベルク城内を見ながら、エマはそう思った。
「ここは神聖アーピス帝国時代とまではいかないけれど、ナルフェック王国風の建築様式なんだ。ランツベルク領はナルフェック王国と隣接しているからね」
 エマの心を読んだかのようにパトリックはクスッと笑う。
「左様でございましたか」
 エマは驚きつつも微笑む。
(パトリック様……本当に以前と変わらない様子ね。緊張しているのは私だけなのね)
 エマは内心苦笑した。
 そのままエマは豪華絢爛な部屋に案内された。
「エマ嬢、話があってここに来たんだろう?」
「はい……」
 エマは拳をギュッと握る。
「パトリック様、先日……ヴァイマル伯爵家での夜会では、パトリック様との婚約のことをなかったことにして欲しいと申し上げました。ですが……それは私の本心ではありません。私はまだパトリック様のことが……」
 そこでエマは言葉に詰まってしまう。
「パトリック様が……」
 ダムが決壊したかのように、色々と感情が溢れ出し、それが一筋の涙となりエマのアンバーの目から零れ落ちる。
「うん、エマ嬢。ゆっくりでいいよ。君の言葉で、君の思いを聞きたい」
 パトリックは優しい目でエマを真っ直ぐ見ている。
「私は……パトリック様が好きなのです」
 真っ直ぐ告げる、エマの正直な気持ちである。涙に濡れたアンバーの目は、真っ直ぐパトリックを見ていた。
「あんなことを言っておいてと思われるかもしれませんが私は」
 その時、エマはパトリックに抱き締められた。ふわりと香るパトリックの香り。エマは突然のことに目を見開く。
「あの、パトリック様?」
「戻って来てくれてありがとう、エマ嬢。僕も、ずっと君のことが好きだよ。この世界の何よりも」
 甘く優しい声だ。
「あの日……君に別れを告げられて以来、僕は何も手に付かなくなる程だったんだ。だから、君から手紙が届いた時、嬉しかった。話がしたいと言われて、何の話かは気になったけれど、君に会えることが何よりも嬉しいと感じたんだ」
 パトリックは甘くとろけるような笑みでエマを見つめている。
「パトリック様」
「リッキー」
「え?」
「君にはリッキーと呼んで欲しい」
 アメジストの目は真っ直ぐエマを映している。やはりエマの心臓はトクンと跳ねる。
「リッキー様……」
 恐る恐るそう呼ぶエマ。
「様はいらない。お願い、どうかそう呼んで」
「リッキー……でよろしいですか?」
 エマは畏れ多く思いつつも、とろけるような甘い笑みでパトリックから懇願されてしまったので断ることができなかった。
 エマからそう呼ばれると、パトリックのアメジストの目がキラリと輝きを増す。
「ありがとう、エマ。君にそう呼んでもらえるととても嬉しい」
 パトリックはまたエマを抱きしめた。いつの間にかエマ呼びになっている。
「愛しています、リッキー」
 エマは少し恥ずかしく思いながらも、太陽のような明るい笑みだった。
「僕も、愛しているよ、エマ。僕は本当に、君がいないと駄目なんだ」
 甘く甘く、とろけるような笑みのパトリックだ。
 再び、二人の間には幸せな空気が流れ始めた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 その日の夜中。ランツベルク城にて。
 エマはランツベルク城に一泊することになり、現在は夜中なのでぐっすりと眠っている。
 そこへ近付く影があった。
「エマ……」
 パトリックである。パトリックは眠っているエマの額にキスをする。
「愛しているよ。僕の元に戻って来てくれてありがとう。僕は君がいなければどす黒い感情に支配されてしまうんだ……」
 眠っているエマに、そう語るパトリック。かろうじてアメジストの目には光が灯っていた。
「ゆっくりお休み、エマ」
 パトリックはそっとエマの頭を撫でて、部屋を後にする。
 その時、背後に気配を感じ、振り返る。
「何だ、ロルフか」
「驚かせてしまい申し訳ございません」
「いい、気にするな。それより、父上に手紙を書く。一旦保留にしていたエマとの縁談を進めると伝えなくては」
「かしこまりました。しかし、パトリック様、今日はもう遅いです。明日の朝封筒と便箋をご用意いたします」
「分かった。ロルフ、君ももう休め」
「承知いたしました。ありがとうございます」
 ロルフは一礼し、その場を立ち去る。
「エマも僕の元に戻って来てくれたし、は正解だったわけだ」
 口角を上げるパトリック。アメジストの目には光が灯っていなかった。
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