好かれる努力をしない奴が選ばれるわけがない

宝月 蓮

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本編

異変と決意

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 ユリアーナと話をしたことで、少しだけ明るさを取り戻したエマ。
「エマお嬢様、何をなさっているのです?」
「見ての通り、階段の上り下りよ。体を動かさないと鈍ってしまうわ」
 エマはフリーダの問いに、ふふっと笑いながら答える。
(パトリック様とのことは……やっぱりまだ吹っ切れていないけれど、いつまでもウジウジしていられないわ。それに、家族や友人を守る為に自分で選んだことなのだから)
 エマは少しではあるが前向きになった。その様子に、家族や侍女のフリーダは少しホッとしていた。
 そんなある日。家族でのんびりしていた時のこと。アロイスが新聞を見て驚愕していた。
「父上、何か気になるニュースでもありました?」
 ディートリヒは不思議そうにアロイスを見る。
「皆、これを見てくれ」
 ディートリヒが家族全員に新聞が見えるようにテーブルに置く。エマもその新聞を見てみた。
「え!?」
 エマはアンバーの目を大きく見開く。
 新聞記事の見出しにはこう書いてあった。
《カサンドラ・グレートヒェン・フォン・アーレンベルク公爵令嬢、自殺! それに伴いアーレンベルク公爵家も連座で罰を受けることに!》
 驚愕のあまり、エマは餌を求める魚のように、口をパクパクとさせていた。
「自殺は、宗教上最も禁忌とされていることですよね?」
 ヨハネスが学んだ知識を思い出しながらそう聞いた。
「ええ、そうよヨハネス。自ら命を絶つことは、神への冒涜とみなされる。だから、これ以上にない罪になってしまうのよ」
 リーゼロッテは少しだけ俯いた。
「それだけじゃない。新聞にも書いてあるように、自殺者の家族も連座で罰を受けることになる。今回アーレンベルク公爵家は何とか罰金だけで済んだようだが」
 ディートリヒは重々しい口調である。
「アロイス様、よくご覧になってください。アーレンベルク公爵家だけでなく、他の家でも何か起こっておりますわ。この新聞の一面は、貴族の醜聞で埋まっております」
 ジークリンデに言われ、アロイスだけでなく全員が新聞の記事を見る。
(ヴァイマル伯爵家も破産しているわ。それに……記事になっている家の令嬢は、あの時アーレンベルク嬢と一緒にいた方々だわ。アーレンベルク嬢は自殺なんてしそうな方ではないはず。何か自殺まで追い込まれるようなことがあったのかしら?)
 エマは困惑しつつも、すこしカサンドラやアーレンベルク公爵家などが可哀想だと思った。カサンドラから、パトリックに近付くなと脅されていたのは確かだが、その他にはこれといった被害はなかった。よってエマの中にはカサンドラを恨む気持ちもほとんどなかった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





「聞きまして? アーレンベルク公爵家のこと」
「ええ、新聞の記事で知って驚いておりますわ」
 カサンドラの自殺の件はお茶会の話題にもなった。
 この日エマは社交界デビュー前のヨハネスを除いた家族揃ってお茶会に誘われていた。リートベルク家と仲の良い夫人が主催のお茶会である。
「エマ様も、アーレンベルク嬢から少し嫌がらせをされていたでしょう? わたくし、新聞でそれを知り、当然の報いだと思ってしまいましたわ。元々わたくしもアーレンベルク嬢は嫌いでございましたし」
「正直、せいせいしていますわ。アーレンベルク公爵家にもあまり良い印象はございませんでしたし。まあカサンドラのせいでございますけれど」
 エマと仲の良いとある令嬢達がそう言う。
「お二人共、落ち着いてください。アーレンベルク公爵家は醜聞でたてがみを削がれても獅子であることは変わらないのでございますから」
 エマは少し困ったように微笑む。
「おお、それは面白い例えですね」
「流石エマ様ですわ」
 皆エマのその例えが面白かったのか、場の空気が和らいだ。
「エマ様、この前よりもお元気そうで安心いたしました」
 ユリアーナはエマにコソッとそう言い、ホッとしたように微笑んでいる。
「ありがとうございます、ユリアーナ様」
 エマはふふっと微笑んだ。ユリアーナがいるだけで、どんな状況でも少し心強くなれる気がした。
「そういえば、最近ランツベルク卿をお見かけしませんわね」
「確かに。ですがランツベルク卿も多分お忙しい方なのでしょう」
 令嬢や令息達の話題はパトリックのことに移る。
「エマ様、大丈夫でございますか?」
 事情を知っているユリアーナは少し心配そうにエマを見る。
「ええ、大丈夫でございますわ」
 エマは優しく微笑んだ。
わたくし思うのです。エマ様なら、ランツベルク卿とお似合いだと」
「確かに、僕もそう思います。ランツベルク卿のことは前から知っているのですが、その時は何というかいつも冷たく微笑んでいらっしゃいました。ですが、エマ嬢といる時は楽しそうにしているように見えました」
 事情を知らない令嬢や令息達はうっとりした様子で話し始める。
「それは……恐縮でございます」
 エマは少し困惑しながら答えた。ユリアーナも隣で困ったように微笑んでいる。
(パトリック様……)
 エマの心の中で、何かが湧き上がる。
「何といっても、エマ様は"社交界の太陽"でございますもの」
「私が"社交界の太陽"……? 一体どういった意味でしょうか?」
 令嬢からの聞きなれない言葉にエマはきょとんとしてしまう。
「エマ様の二つ名でございますわ。太陽のような明るい笑顔や会話で周囲を楽しませるからそう呼ばれていますのよ。エマ様ご本人はご存じありませんでしたのね」
 ユリアーナはクスッと笑う。周囲の令嬢や令息もうんうんと頷く。
「左様でございましたのね……」
 エマは意外そうな表情をしていた。
「リートベルク伯爵家には素敵な方が多いですわね。"社交界の白百合"リーゼロッテ嬢、"琥珀の貴公子"ディートリヒ卿、そして"社交界の太陽"エマ嬢」
「ランツベルク卿と"社交界の太陽"エマ様、素敵な組み合わせだと存じますわ」
 エマの周囲にいる令嬢や令息達は、優しさと憧れがこもった目でエマを見ていた。
("社交界の太陽"……パトリック様と私がお似合い……)
 エマの中で、パトリックへの気持ちが再び大きくなっていく。
「エマ様、ランツベルク卿にお手紙を書いてみたらいかがですか?」
 ユリアーナはエマの気持ちに気付き、優しく微笑む。
「……ええ、そうしてみますわ」
 エマは真っ直ぐ前を向いていた。
(他の方々に言われたからではないわ。家族や友人を守る為に身を引いたけれど、私はまだ、パトリック様が好き……。今更と思われるかもしれないけれど、叶うことならもう一度パトリック様にお会いして、私の気持ちをお話ししたい。それで駄目だったら、その時はその時よ)
 エマのアンバーの目は強く輝いた。
 お茶会が終わった後、エマはすぐにパトリックに手紙を書いた。
 すると、すぐにパトリックから返事が来た。彼は一旦ランツベルク領に戻るので、そこで会いたいと。
 早速エマは予定を調整し、ランツベルク領へ行くのであった。
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