好かれる努力をしない奴が選ばれるわけがない

宝月 蓮

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本編

幸せになれる者達となれない者達

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 その後、エマとパトリックの婚約については両家での打ち合わせが再開された。トントン拍子でことは進み、いよいよ最終段階である。
 そんな中、エマとパトリックは夜会に参加していた。
「エマ、今日も僕が贈ったドレスとアクセサリーを身に着けてくれてありがとう。とても似合っているよ」
 パトリックは甘くとろけるような笑みでエマを見つめている。アメジストの目もキラキラと輝いている。
「ありがとうございます、パト……じゃなくて……リッキー……」
 エマは太陽のような明るく屈託のない笑顔である。パトリックから愛称のリッキーと呼ぶように言われているのだが、まだ慣れていない様子だ。それに気付いているパトリックはクスクスと笑う。
「エマ、早く慣れてね」
「ええ、頑張ります」
 エマは少し頬を赤く染めて微笑んだ。
 その後、エマとパトリックはダンスをする。
 エマが難しいステップを軽やかに舞う度に、黄色のドレスがふわりと広がる。まるで向日葵ひまわりのようだ。パトリックは嬉しそうにエマをリードしている。
「エマ様がダンスをすると会場が華やぎますわね」
 ユリアーナが微笑みながらエマを見ていた。
「確かに、ケーニヒスマルク嬢の言う通りですね」
 ユリアーナの言葉に同意するディートリヒ。二人もそこそこ仲が深まっていた。ユリアーナも以前のような警戒心は薄れている。
「リーゼ、俺達もダンスをしないか?」
「そうね、レオン」
 リーゼロッテも婚約者のレオンハルトとダンスを始めた。





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 一方、会場の中でエマとパトリックのことを面白くなさそうに見ていた者がいた。
 ヘルムフリートである。
 ヴァイマル伯爵家が破産したことで、シェイエルン領の鉄鉱石の売り上げの七割が消え、シェイエルン伯爵家は経済的にかなり危うくなっている。そのせいか、ヘルムフリートの服装もかなり質素になっていた。ギリギリ貴族令息に見えるくらいである。
(エマの奴、またランツベルク卿といやがる。そんなにアイツが良いのかよ?)
 会場中央付近でダンスをするエマ達を見て、口をへの字に曲げムスッとしていた。
 シェイエルン家が大変な状況にも関わらず、ヘルムフリートはエマのことを考えていた。
 その時、令嬢や令息達の話し声が聞こえてくる。
「ランツベルク卿とリートベルク嬢はもしかして婚約秒読みじゃないのか?」
「まあ、それは素敵なことでございますわ。見目麗しいランツベルク卿、そして笑顔が素敵で社交界の太陽と言われているリートベルク嬢。お似合いだと思いますわ」
「おお、社交界の白百合リーゼロッテ嬢に続いて社交界の太陽エマ嬢も婚約になるのか。それはおめでたい。早く婚約発表してくれないだろうか?」
 令嬢や令息達はダンスをしているエマとパトリックを見てうっとりとした表情であった。
 その話を聞き、ヘルムフリートは焦り出す。
(ああ、くそっ! このままだとアイツにエマを取られちまいそうだ! 何とかしてエマとの接点をもっと作らないと!)
 その時、エマがダンスを終え、一人で休憩に行くところを見かけた。
(今しかチャンスはない!)
 ヘルムフリートは一目散にエマの元へ向かった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





(連続でテンポの速いダンスはやっぱり疲れるわね)
 エマは壁際で一息ついていた。その時、ズカズカと近付いてくる者に気が付いた。
(ヘルムフリートだわ……。今度は一体何の用かしら? まあどうせ私が気に入らないから悪口でも言いに来たのでしょうね)
 エマは呆れ気味にため息をついた。
「エマ……お前、いつまでランツベルク卿と一緒にいるんだよ?」
「貴方には関係ないでしょう」
 エマは冷たい表情である。
「お、お前は……ランツベルク卿と釣り合うわけないんだよ。よく考えろ。ランツベルク辺境伯家は広大な領地と強力な軍事力と権力を持っている。でもお前はどうだ? リートベルク家は平凡な伯爵家。領地で生産される乳製品くらいしか取り柄がないだろう。領民もそれくらいしか出来ないじゃないか。それに、お前はパッとしない見た目じゃないか。ランツベルク卿なんて絶対にやめておけ。俺はお前の為に言ってるんだぞ」
(この人は……私のことだけでなく、家のこと……そして領地や領民のことまで馬鹿にして。……もうこの人を許しておけない)
 エマの中で何かがプツンと切れた。エマのアンバーの目はスッと冷たくなる。
「私個人が気に入らないから、家や領地、領民のことまで馬鹿にするのね。そんな方と話すことなんてもうないわ。それに、見た目や爵位は簡単に変えられない。自分の努力じゃどうしようもないことを言ってそんなに楽しい? 趣味が悪いにも程がある。生憎だけど私は時間を無駄にしたくないの。貴方と話す時間は無駄以外何物でもない。貴方とはもう金輪際関わりたくないわ。本当に時間の無駄だもの」
 今まで聞いたことのないようなエマの冷たい声。ヘルムフリートは心臓を凍てついた手で強く握られたような感覚になった。エマの言葉はヘルムフリートの心を容赦なく切り裂く。そして生まれる絶望と悲しみ。それを覆うかのように沸々と怒りが溢れ出す。
「少しくらい……少しくらい俺の気持ち分かってくれてもいいじゃないか!」
 去ろうとするエマの手を強く握り、感情的に叫ぶヘルムフリート。
 かなり大声だったので、会場の視線は自然とそちらへ向かう。
「何よ。貴方が私を気に入らないのは知っているわ。だから離してちょうだい。痛いわ」
 エマは相変わらず冷たい表情だ。
「違う! 俺はお前が好きなんだよ! 何でそれが分からないんだよ!?」
 ヘルムフリートが思わず口にした本音。それを聞き、エマは呆れたようにポカンとしている。
「貴方は一体何を言っているの? あれだけ私のことを貶しておいて私のことが好き? 意味が分からないわね。とにかく、その手を離しなさい」
 エマは呆れながらため息をついた。
 そこへパトリックが急ぎで駆けつけた。
「シェイエルン卿、今すぐエマの手を離せ」
 今までエマが聞いた中で一番冷たい声である。
 ヘルムフリートはパトリックの睨みに負け、エマの手を離す。
「エマ、大丈夫かい? 僕が離れたせいでこんなことになってごめんね」
 パトリックは先程とは打って変わってエマに優しい表情を向ける。
「いえ、特に危害を加えられたわけではございません。お気になさらないでください……リッキー」
 エマはパトリックに優しい笑みを向けた。
 パトリックはそれに安心し、またヘルムフリートに冷たい目を向ける。アメジストの目は絶対零度よりも冷たかった。
「シェイエルン卿、どういうつもりかな? 僕はエマをもう何回もエスコートしている。この意味が分からないのか?」
 ヘルムフリートを侮蔑するかのような口調だ。
 男性が同じ女性を何度もエスコートをする場合、暗に婚約者になったも同然なのだ。ガーメニー王国の貴族の結婚は家同士の繋がりを強化するものがメインである。そしてそれを邪魔することはマナー違反である。カサンドラの時はまだエスコート回数が数回なのでギリギリセーフだが、ヘルムフリートの場合は完全にマナー違反なのである。
「それは……」
 ヘルムフリートは言葉に詰まる。
「シェイエルン伯爵家はそんな基礎的な教育も出来ていないのだな。まあ良い」
 パトリックは口角を吊り上げヘルムフリートの耳元で囁く。
「カサンドラのように自殺まで追い込まれたいか? それとも……ヴァイマル伯爵家のように破産したいか?」
 悪意ある囁きである。そしてエマには絶対に聞こえないようにしているパトリックだ。
 その言葉にヘルムフリートはカッとなる。
「貴様!」
「おっと、僕に暴力を振るうのはお勧めしないな。間違いなく君は犯罪者になる」
 パトリックはヘルムフリートに胸ぐらを掴みかかられても冷たく余裕の笑みである。そして再び囁く。
「裁判に関わる全ての人間を僕が金で買収してお前を断頭台ギロチン送りにすることだって出来るんだ」
 ククッと楽しそうに笑うパトリック。当然エマには絶対に聞こえないようにしている。
 ヘルムフリートはもう身を引くしか選択肢がなくなっていた。悔しげにパトリックを離すヘルムフリート。
「お前はいつもエマに失礼なことばかり言っていただろう。それに、幼い頃から彼女に子供じみた嫌がらせをしていた。好かれる努力をしない奴が選ばれるわけがない」
 パトリックは冷たくそう言い放った。
「エマ、君からももっとハッキリ言ってやるといい。この男は理解する頭脳を持っていなさそうだからね」
 パトリックにそう促され、エマは口を開く。
「私が貴方のことを好きになるなんてありえないわ。もう二度と私に関わらないでちょうだい、
 ヘルムフリートに冷たく言い放ったエマ。名前で呼ぶことすらなくなり、他人行儀な呼び方である。
 ヘルムフリートは力なくその場に膝をつく。
 そこへ、ある令嬢がヘルムフリートの元に駆け寄って来た。令嬢としてはマナー違反な振る舞いである。
「ヘルムフリート様、その子にはもう振られたんだから私のことを見てちょうだいよ」
 そうヘルムフリートにしがみつく令嬢はロミルダである。
 ヘルムフリートは項垂れるだけである。
「ねえ、ヘルムフリート様! 私を見てよ! ねえ! ねえ!」
 癇癪を起こすロミルダ。
 会場の者達はヘルムフリートとロミルダを白い目で見ている。
「エマ、そろそろ行こうか。こんな茶番劇に僕らが付き合う必要ないさ」
 パトリックはエマに優しく微笑み、そっと手を差し出す。
「ええ、ありがとうございます。リッキー」
 エマは微笑み、パトリックの手を取った。ヘルムフリートには目も向けない。
 好きの反対は無関心。それがエマの答えである。
 その後、再び音楽が流れ始め、エマとパトリックはダンスを始めた。
 パトリックにリードされ、テンポの速い難しいステップを軽やかに踏むエマ。
 会場には向日葵が咲いたようで、皆の視線は釘付けになっていた。
 太陽のように明るく屈託のない笑みのエマと、幸せそうなパトリック。誰が見てもお似合いの二人であった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 その後、まもなくエマとパトリックの婚約が発表された。二人を祝福する声が多くあった。
 また、同時期にリーゼロッテとレオンハルトの結婚式も行われた。
 ディートリヒとユリアーナもどんどん仲を深めていたらしく、リートベルク伯爵家主催の夜会で二人の婚約が発表された
 社交界はめでたい三つのニュースで大いに賑わった。
 そして一年後。よく晴れた日、王都ネルビルにて。
「エマ、とても綺麗だよ。僕が今まで見たものの中で、一番綺麗だ」
 純白のドレスを纏うエマを見て、パトリックは感動したように微笑む。アメジストの目はキラキラと輝いていた。
「ありがとう、リッキー。リッキーもその……とてもカッコいいわ」
 エマは照れながら、太陽のように明るく屈託のない笑みを浮かべた。パトリックに対して敬語ではなく、砕けた口調になっているエマ。
「ありがとう、エマ」
 パトリックは嬉しそうに微笑んだ。
(エマが隣にいてくれるなら……僕はどす黒い感情を抱かずに済む。本当に、ありがとう、エマ)
 パトリックはアメジストの目を優しげに細めた。その隣で、エマはとびきりの笑みを浮かべているのであった。
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