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一章

92・驚かせちゃったかな

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 街で宿を探している私たちは、路上で喧嘩をしている人たちがいるのを三回も目撃してしまった。
「なんだ! やる気かテメェ!」
「そっちこそ!」
「大会でやりあうまでもねぇ! ここで相手してやる!」
「上等だ!」
 武闘祭の出場者らしき人たちが、肩がぶつかったとか些細なことで喧嘩していた。
「おやめください。喧嘩をすれば出場停止になります」
 騎士隊の人がその喧嘩を止めている。
「武闘祭に出るからみんな気が立っているんでしょうか?」
 私の疑問にラーズさまは首を傾げて、
「今までにこんなことはほとんどなかったんだがな」


 そして私たちは街で手頃な値段の宿を見つけた。
 受付で手続きを済まし、割り当ての部屋に行って荷物を置く。
 そして私が最初に食堂に向かったのだが、そこでも騒ぎが起きた。
「見ろよ、姉ちゃん。これがなんの首だかわかるかぁ?」
 ゴロツキのような冒険者の四人組が、テーブルの上に魔物の生首を乗せて、店員のお姉さんに見せている。
 大鬼オーガの首が三つ。一つはまだ子供だ。
「ここに来る途中で退治してやったんだ。どうだ。オーガだぜ」
 店員のお姉さんは困り果てて、
「お客様、店内にその様な物を持ちこまれては困ります」
「なんだぁ! 文句あんのか!?」
 注意されただけで抜剣する冒険者。
 殺気立っていて、本気で斬るつもりにしか見えない。
「やめなさい!」
 私はゴロツキのような冒険者の前に出て、店員のお姉さんを庇う。
「誰だテメェ? 俺を誰だと思ってやがる!?」
「貴方達の事など知りません。ですが貴方がやろうとしていることは見過ごせません。いったい何を考えているのですか? 街中で剣を抜くなどと。冒険者としての品位が疑われます」
「なんだぁ? 俺たちと同じ冒険者か?」
「「「ゲラゲラゲラ!」」」
 一斉に笑いだす冒険者たち。
 笑い方までゴロツキと変わらない。
「こんなお嬢ちゃんが冒険者だとよ」
「冒険者としての品位だってよ。ぶひゃひゃひゃ」
「お遊びでやってる良いとこの令嬢だって丸わかりだぜ」
「ケガしねぇうちに引っ込んでろ!」
 私は当然 引かずに男たちを睨みつける。
「おいおい、このお嬢ちゃん俺たちとやるつもりだぜ」
「へっへっへっ、俺たちを本当に知らないらしいな」
「俺はリッグス。勇者シュナイダーの再来と呼ばれている冒険者だ」
「魔物の首を見ろ! リッグスさんが一人で仕留めたんだ!」
 オーガたちの首は、顔がズタズタに切り裂かれていた。
 まだ子供だと思われるオーガのものも。
 戦闘でこんな風になったとは思えない。
 拷問を受けたとしか思えない傷跡だ。
「そのオーガたちはなにをしたのですか?」
「ああ?」
「依頼内容はなんだったのです? 討伐したと言うのなら依頼主がいるはず。依頼主に何らかの被害があったから、冒険者組合に依頼を出し、そして貴方達が依頼を受けたのでしょう」
「は? 依頼なんか受けてねえよ。たまたま見つけたんで退治してやったんだ」
「依頼を受けてない?」
「ああ、そうだ。ちょっと近道に森を突っ切ったら、たまたまこいつらの住処を見つけたんでな。俺が退治してやった。へっへっへっ。こいつら命乞いしてやがったぜ。人間を襲ったことはないから命は助けてくれとかほざいてやがった」
 命乞い。
 人間を襲ったことはない。
「では、その魔物は人間になにかをしたわけではないのですね。それなのに殺したのですか」
「だからなんだぁ!? 魔物なんざいくらぶっ殺しても構わねえだろうが!」
 私が非難したことに、リッグスとかいう男は逆上する。
「そのオーガたちの傷、戦闘によるものではありませんね。貴方たちが拷問したのではありませんか?」
「だからなんだって聞いてんだよ! おまえ魔物に味方してんのか!?」
 男たち四人が剣を抜いた。
 全員、殺意を剥き出しにしている。
「リッグス様!」
 アスカルト騎士団の紋章を付けた、制服姿の騎士が現れた。
「どうか揉め事はお控えください。騒ぎを起こせば大会出場は取り消しとなってしまいます」
 リッグスとその仲間は、舌打ちして剣を収めた。
「まだ、見張ってやがったのか」
「不愉快でしょうが、安全のため出場者の方は全員、我々騎士隊が警護に当たれとのライザー殿下からの命令です」
「チッ、わかったよ。おい、おまえら行くぞ。この宿はやめだ。こんな変な女と一緒の宿で寝られるか。他の所にするぞ」
 そういってリッグスは宿を出て行き、その後を仲間と騎士が付いて行った。


「ありがとうございます。本当に斬られるかと思いました」
 店員さんが私に感謝の意を伝えた。
「いえ、礼には及びません」
 そしてキャシーさんたちが食堂にやってきた。
「クレアちゃん、なんか騒がしかったけど、なにかあったの?」
「いえ、たいしたことではありません。それより、食事にしましょう」
「それなら僕が奢るよ」
 唐突に私のすぐ隣から聞き覚えのある声がした。
「フニャッ!」
 私は驚いて跳び退る。
「アハハハ、驚かせちゃったかな」
 いつの間にか色白の男性がそこにいた。黒い艶やかな長髪に、光を反射しない深淵の闇のような瞳。喪服の様な黒い正装を着こなし、白猫のクキエルを抱いて背を撫でている。
「カスティエルさま!?」
「お兄さん。僕の事はお兄さんと呼んでくれると嬉しいな」
 お願いする天使の笑顔には相変わらず有無を言わせぬ迫力が籠められていた。


「それで、どうだったかな? プラグスタ島での体験の感想は?」
 私たちが食卓に着くと、カスティエルさまはそう聞いて来た。
「……考えさせられることはありました」
 魔王の支配を受け入れた島民。
 フェニックスさまの言葉。
「でも、答えは出ません。簡単に出せるとも思えません。
 魔王が世界征服を進めれば、その過程で多くの犠牲者が出るのは確実です。だから、私たちはそれを止めたい。
 ですが、フェニックスさまは人間が魔物を滅ぼせばどのような事態になるのかを示唆しました。つまり、魔王を倒せば全て解決するという単純なものではない。もっと違う解決策を見つけなければならない。
 貴方は私たちにその解決策を見つけ、人間も魔物も含めた世界の全てを救えと、そう言いたいのですか?」
 だからカナワ神国で私たちに手助けをし、そして今もこうして姿を現している。
「君自身はどう思う?」
「……貴方はカナワ神国で、私が聖女ではないと確かに言いました。私自身、自分を聖女だと考えたことは一度もありません。私は普通の人間です。私だけではありません。ラーズさまもスファルも、セルジオさまもキャシーさんも、普通の人間です。
 普通の人間が、世界を救えるとは思えません。五人だけで救えるはずがない。でも、もっと多くの人が力を合わせれば、世界を救うことができると思います。それが人間の力です。一人では無力な人間でも、多くの人の力を合わせれば大きなことを成し遂げられる。それが人間の素晴らしいところです。
 そして、私たちはそのきっかけになることはできるかもしれません」
「悪くない答えだよ、クレア君。でも、不正解」
 え?
「違うのですか?」
「うん。僕としては好ましく感じる答えだけど、不正解。いや、まだ足りないと言った方がいいのかな。
 世界の全てを救える人間は存在する。それが聖女。
 世界のどんな存在にも打ち勝つことのできる人間がいる。それが勇者。
 世界の救済に神々は神託を下して聖女にする。
 世界の危機に神々は使命を与えて勇者にする。
 そうして起源の竜オリジンドラゴンが創造したこの世界は、何度も救われ、敵を打倒してきた。
 君の言った事は間違ってはいない。でも正解でもない。
 クレア君。自分で言ったように、君は普通の人間だ。ちょっと変わった所はあるけど、それ以外は本当に普通の人間だ。そんな人間に、世界を救うきっかけになれだなんて重荷を背負わせると思うかい?」
「では、なぜ私たちを?」
「違うよ。君じゃなくて、君だ。僕たちが期待しているのは、クレア君、だ」
 私、一人?
「普通の人は無力だ。そして普通の人に世界を救うなんてできっこない。きっかけになることさえ難しいだろう。普通の人が一生のうちに救えるとすれば、それはたった一人だけだろうね。一人だけ。そのたった一人を、クレア君にどうしても救ってもらいたいんだ」
 救ってもらいたい人?
「誰を救うのですか?」
「それは僕からは教えられない。誰かを救うという行為は、他の人の指示でやることじゃない。自分で選び決断して行うことだ。他の誰に言われたからやるなんて心構えじゃ、失敗するに決まってるからね。
 だから、君が誰をどのように救うのか、君自身で決めて欲しい。もちろん、誰も救わないという選択肢もある。
 でも、僕たちは信じている。ヒロインでも聖女でもない、普通の人間である君だからこそ、必ず自分の意思で誰をどのように救うのか決めると」
 自分の意思で救う。
 誰を?
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