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オオカミ男、オオカミ女

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 私の返答に、彼女は長いため息を大げさに吐く。

「確かに御曹司で顔もよくてほどよくSっぽいけどぉ、私は彼氏がいるのでえ」
「そうだったよね」
「先輩も恋に燃えあがるような人ではないようですし、もし本当に彼がセンパイを好きなら妥協しとけばいいのにい」
「妥協……」


 妥協って、彼に対して失礼すぎる。
 だって私は平凡だし。たまたま叔父さんが専務で、おじいちゃんが土地持ってて此処の不動産にお世話になっていただけだし。

「なんか、まどろっこしいかもしれない」
「そうです、そうです」
「逃げたらだめだわ。はっきりしないと、罪悪感で焼き鳥も喉を通らない!」
「シュークリームは三つ目ですけどね!」

 金曜まで処刑台に怯えるのも性に合わない。
 どうせならもう、はっきりさせちゃおう。

「電話してくる」
「ゴーゴー!」

 泰城ちゃんに火を付けられ、裏口から駐車場へ出る。
 ここなら煙草を吸う輩がたまに出てくるだけで、少し離れたら誰も来ない。
 そこで連絡しようと先ほどの電話番号にかけてみた。

 ワンコール……。………。

 数回コール音が響いても、出ない。
 段々と不安になってくる。いや、もしかしたらまだ休憩ではないのかもしれない。

 一度切って、メールの方をしてみようかと液晶画面を見る。
 すると、そのタイミングで彼が出てしまったのだった。

『もしもし?』
「……っ」

 何で出るのよ、と理不尽なセリフを吐き出してしまいたいのを堪える。
 くそう。出なかったらよかったのに。

「まどろっこしいのは私も性に合わない。今日は暇ですか」
『……』

 無言で反応が分からない。だから表情が見えない電話って嫌い。
 このまま反応がなかったら、今度こそここで関係を終わらせてやると思っていたのに。
 返事ではなく、笑い声が聞こえてきた。くくくっと押し殺すような笑い声だ。

『まあ、桃花ならそうなるよな。今日は接待だから何時になるか分からないんだけど、それでもいい?』
「かまわない、です。遅くなるってことは居酒屋かBARぐらいしか空いてなさそうだけど」
『……あー、俺が予約してたとこ聞いてみる。折り返し、店のURL送るから先に入っててもらえる?』
「了解」

 正直、彼が店を選ぶなんて新鮮だ。
 今考えれば、神山商事の御曹司を立ち食い居酒屋や、食べ放題飲み放題の店とか、屋台やラーメン屋に連れまわしていたなんて、昔の私かなり頭がおかしい。

『なんかさ』
「はい」
『一年しか経ってねえのに、すげえ距離だなって思うわない?』
「はあ……まあそうですね」
『そーゆうとこな。じゃあ、後で』

 もう少し話が続きそうだったのに、私の返答が不服だったのか電話は切られた。
 まずか三分にも満たない会話の中では、表情も分からないので相手の気持ちなんて見えやしない。

 戸惑っていると、今度はメールが来た。店の名前と場所、予約時間まで。この短時間で、すごい。
 お店のホームページはないらしく、彼の示した場所を自分でマップを開いてみて呆然とした。

 高級老舗料理店が続く路地の、隠れ家的な場所だ。
 一見さんお断りの地域の、看板もない路地裏の店。

「……私と付き合っていた時は、そんな店知ってるような素振りもなかったのに」

 間違いない。一年しか経っていないのに、距離が遠くなっているって言うのは違う。
 住む世界が違ったのだと、互いの住む世界がよく見えているからだ。




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