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第一章

ショーの始まり

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「――うるさいなぁ」

 苛立たしげなその少女の声は、高所から聞こえてきた。
 そして、確かにハワードは、今しがた少し大きな声を上げてしまったのだが、それは事情があってのことなのである。
 少女の声に対して、理不尽だと、彼は言いたげであるが、しかし言い訳の言葉は声にはならならず、ハワードは混乱の中にいた。
 まず、少女の声が聞こえてきた位置がおかしい。
 高さは――約七、八メートルくらいだろうか。
 そんな高さから、その声は余裕で、ハワードの位置まで届いていた。まるで、巨人が喋っているかのような、とんでもない声量である。
 ハワードは慌てた様子で上体を起こすと、

「……はぁ?」

 目の前の光景に息を飲んだ。
 彼の視界は、シンプルなデザインの可愛らしいショートパンツで埋め尽くされていた。
 それは、目の前にあるからではない。
 ハワードの十数倍はあるような巨人の少女が、背を向けて立っていたのである。
 否――もしかすると、ハワードが小さいのかもしれないが、この際、優先すべき疑問ではないだろう。
 ハワードはぽかんと口を開けながら、その少女の黒いセミロングの髪を見上げる。
 そして、その髪色にハワードは違和感を覚えたが、それを特に気に留めることなく、視線を下ろしていき、平面の草原にいたはずの自分が――なぜか崖を目の前にしていることにたいして、思考する。
 目の前に尻があるのだから、それはそうだろう。ハワードはいるのである。
 ハワードは鼻をつまんだまま、崖の端まで行くと、片手を地面につけ、慎重に下を覗き込んだ。
 そこで、彼はようやく知る。自分が今いる場所が――崖でないことに。
 地面は――浮いていた。
 得体の知れない力が働いており、今ハワードが足をつけている、表面の部分を維持したまま、抉り取られるようにして、宙に浮いていたのである。
 そして、ハワードの前にいる少女のショートパンツから伸びる足は、気が遠くなるほどに、ずっと下の方まで続いており、先ほどまでハワードと同じ高さにあったはずの大地を、ブーツで踏んでいた。
 ハワードは夢の中にいるかのような光景に呆れ果ててしまう。
 が――しかし、ハワードにたいして一番衝撃を与えていたのは、それらの現状ではなく。
 ――嗅覚からの情報だった。
 におい、否――だ。
 ハワードのいる場所には、腐った卵のような臭気が立ち込めていた。
 まるでその中に――浸かっているかのような濃度に、ハワードは先ほどから軽いめまいを感じており、その原因と思しき――正面に立つ巨人の少女の尻へと、彼は視線を戻す。

「ひゃひゃ……」

 まさかな――と、ハワードは思いつつも、本心ではすでに、その答えを理解しつつある。
 その思考を裏付けるような――ぷう。という音を、彼はさきほど耳にしたばかりだったからだ。

「おっ……」

 と――とハワードは崖を目の前にしながらも、思わずふらついてしまい、とっさにを使い、浮いた大地の中央にへと退く。
 そして、

「――んぐっ!?」

 くせぇ――と言う言葉を抑え込むように、ハワードは鼻をつまみなおした。
 口で呼吸していてもめまいを覚えるほどだ。鼻でまともに吸い込めるほどには、まだ臭気は拡散していなかったのである。
 と、そこで、ハワードはうめくような声をもらしながら、ふとシルクハットの少年の言葉を思い出す。
 ――『臭い責め』と、彼が言っていたことを。

「まひゃか……」

 嘘だろ……? ――と思いながら、ハワードは周囲を見回す。
 周囲は――少女たちの尻に囲まれていた。

 おしゃれに。

 可憐に。

 ボーイッシュに。

 色っぽく。

 幼さを残して。

 優美に。

 それぞれが――個性的に着飾っていた。
 ずっと気がついてはいた。しかし、現状を把握することにハワードはいっぱいいっぱいだったのである。
 ただ、少年の言葉を思い出した今、それはハワードの思考を進めて――しまった。
 周囲を囲む、の尻。
 辺りに立ち込める、濁った空気。
 それらについて理解さえしてしまえば、答えはおのずと――導き出されてしまうのである。
 そして、愕然と肩を落とすハワードの耳に――

「――まったく、無茶なことを言うわね」

 先ほどとは別の――やれやれといったふうな少女の声が、高い位置から聞こえてきたのだった。
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