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第四章

山賊との遭遇

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 俺はミレーナのいる方の馬車に移動した。
 彼女の姿が見えて、客車の近くで出発の準備をしていた。
 アルミン救出に同行したことで、声をかけやすくなっている。

「同じ馬車みたいだね。よろしく」

「うん、そうみたい」

 ミレーナはいつも通りの低いテンションだった。
 俺に言葉を返してから、淡々と荷物の確認を進めている。
 彼女は口数が多いわけではないが、内川と二人きりになるよりはずいぶんマシだった。

「カイト、荷物はそれだけ?」

 ミレーナの様子を見守っていると、彼女がぼそりとたずねた。
 表情の変化は乏しいものの、気遣ってくれているように見える。

「そう、これだけ。もしかして、足りない?」

「食料はウィニーが分けてくれるとしても、着替えや寝袋は最低でも必要」

「……今から買いに行くわけにもいかないよね」

 このタイミングで足りないものがあるのは厳しい。
 自分のためだけに時間をずらしてもらうわけにもいかないだろう。
 宿題を忘れたような感覚で汗が浮かんでくる。
 
「途中で立ち寄る町で買えばいい。どこに寄らないことはないから」

 ミレーナの口調はいつも通りだが、その言葉から気遣いを感じることができた。
 基本的にクールな感じでも、決して冷たい性格というわけではない。

「ありがとう。困るところだった」

 着替えは用意してあるが、そこまで多くはない。
 さらに寝袋に至っては最初から持参していないのだ。
 他の団員のように旅慣れていないことを痛感した。

「おっ、ジンタ。遅かったな」

 ウィニーの馬車の方で声が聞こえた。
 視線を向けると内川が馬車に乗りこむところだった。
 昨日のことを思い出して、反射的に顔を引っこめた。
 和解するにはもう少し時間が必要で、顔を合わさずに済んでよかったと思う。
 
 それからミレーナの準備が整い、ウィニーの方の馬車も出られるタイミングで出発した。
 まだ朝早い時間なせいか、通りを歩く人はまばらだった。
 おそらく、ウィニーは目立たないようにと考えたのだろう。

 こんな時間でも見張りの兵士はいて、門番のように立っていた。
 サリオンやミレーナは顔バスだったが、ウィニーは兵士と笑い合っている。
 当然ながらあっさりと通してくれて、二つの馬車は街道に至った。

 ここからウィニーとエリーが目指す場所への旅が始まる。
 追放された側が捲土重来を期するならば、戦いは避けられないように思う。
 普通の高校生の自分がどこまでついていけるのか。
 今の時点では未知数だった。

 馬車が王都から離れるほど、周囲の人工物が減っていった。
 少しずつ太陽が上がり、街道を照らすように陽光が降り注ぐ。
 ここまで気にする様子はなかったが、空の青さが日本のものとは異なる。
 澄んだその色は人工的な空気の汚染がないことが理由なのかもしれない。

 すがすがしい陽気に気分がよくなり、御者台のミレーナに声をかける。

「ミレーナは御者もできるんだね」

「馬の扱いは得意」

 ミレーナは前を向いたまま言った。
 馬の動きに集中しているようなので、邪魔をしない方がいいのかもしれない。
 話し相手がいないと少し退屈しそうだが、見知らぬ世界を旅できるという捉え方もできる。
 そんなふうに考えられるのは今までの自分では考えられないことだった。

 きっと自分はこの旅を通じて、さらなる変化を遂げるのだろう。
 そう直感しつつ、馬車から見える景色をぼんやりと眺めた。
 どこまでも続くように地平線の先へと街道が延びていた。

 移動中はやることがなく、時折ミレーナと話すぐらいしかやることがなかった。
 御者を代われたらよかったが、乗馬の経験はないのでできそうにない。
 自然と考えごとをする時間が多くなり、これからどうすべきなのかを自問自答した。



 王都を出発して最初の数日間は平野に伸びる街道を横断した。
 途中で小さな村や町を訪れて、ウィニーから風習や文化について教えてもらった。
 住人の反応は様々で、温かく歓迎してくれるところもあればよそ者と関わりたくないという閉鎖的な空気を感じることもあった。

 馬車での長旅に慣れ始めた頃、少しずつ街道を歩く人の数が減り、自然の気配が濃くなっていた。
 ウィニーの説明ではここから進んだ先に高い山があり、そこを越えなければならないらしい。
 旅の初めは遠くに見えていた山々が近くになると、気温が徐々に下がっていった。
 途中の町で買った上着を着こむと、寒さが和らぐのだった。

 やがて山道に入る頃、空に雲が増え始めた。
 雨というよりも雪が降ってきそうな気配の天気だ。
 山を上がるにつれて道に転がる小石や岩が多くなり、客車に伝わる衝撃が大きくなっている。
 さらに標高に比例して寒さ強まるのが厄介だった。
  
 そのような状況でも馬は疲れを見せることなく、緩やかな勾配を上がっていた。
 厳しいコンディションに負けないような、力強く健気な姿に胸が温まる。

 するとそこで、御者台越しに何かが見えた。
 前方に複数の人影がある。
 道をふさがれているような気配に気づいたところで、先を行くウィニーたちの馬車が停まった。

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