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第四章

王都を発つ

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「……俺は運動神経がいいわけでも体力があるわけでもない。ゲームの主人公みたいに機転が利くわけでもない」

 内川は沈黙を見せた後、悲しそうに口を開いた。
 ここまで打ちひしがれた様子は見たことがない。

「……内川」

「おまけに魔法は簡単に覚えられない上に、生まれ持った素養で決まるそうじゃないか。ウィニーに協力したいのに、俺には何もできそうにない」

「ミレーナは魔道具を作れるし、サリオンは弓を教えてくれるかもしれない。悲観しすぎじゃないか」

「お前は変わったな。前はそこまで前向きじゃなかった」

「――えっ?」

 友の言葉が胸に突き刺さる。
 これまでに悪態をつくようなことは一度もなかった。
 それなのに、今向けられた言葉には敵意がにじんでいる。

「――仲間割れはやめなさい。戦いの最中なら死んでいるわよ」

 感情が揺らぐ中、部屋中に響いた声で現実に引き戻された。
 凛とした声を発したのはエリーだった。
 俺は思わず声のした方向に目を向けていた。

 圧倒される存在感と少女であることを忘れさせるような力強い瞳。
 ウィニーの言った通り、彼女が王女だったというのは真実だと思った。
 内川も同じような印象を受けたようで、口を閉じたまま固まっていた。

 エリーが間に入ったことで、俺と内川は話を中断した。
 はっきりと諫められしまっては居心地がよいとは言いがたい。
 何だか気まずくなり、どちらともなく部屋を出て洋館を離れた。
 
 ウィニーが抱いた内川への印象。
 初めて意見がぶつかったこと。
 間近に迫った遠征の計画。

 宿に戻ってからは考えがまとまらず、なかなか寝つけずにいた。
 気晴らしにスマホがあればいいのだが、召喚された時には手元になかった。
 高校生活を送っていたら、考えるはずもないことで悩んでいる。

 自分では前向きになったという意識はなかったが、内川に言われた言葉にハッとさせられるような心境だった。
 今のところ日本に戻れる見こみはなく、かといって何もしなくても生きていけるような世界ではない。
 俺なりに希望を見出そうとしたことが、旧知の友からは大きな変化に見えたのだろう。

 異世界に来てから、内川と意見が合わないことが増えていた。
 環境が大きく変わり、同時に召喚された八人とは離れてしまった。
 内川と協力すべきだと頭では分かっているのだが、お互いの本心が出てきたことで、これまでの関係性に変化が出ている。

 

 翌日の早朝、自然と目が覚めて、遠征に向かう日だったことを思い出した。
 身支度を整えて、荷物を確認して部屋を出る。
 宿屋の女将さんには状況を伝えてあるが、出発前にあいさつを済ませておきたい。

 一階の食堂とロビーが合体した空間に行くと朝食を準備中だった。
 給仕の女性が料理を運び、女将さんは帳場にいる。
 お金の計算をしながら、何かの用紙に記録をつけているところだ。

「おはようございます」

「あらあら、カイトちゃん」

 遠慮がちに声をかけると、女将さんの表情が柔らかくなった。
 話しかけていいものかと思ったが、大丈夫そうな雰囲気だった。

「また王都に戻ってくると思うので、その時はよろしくお願いします」

「いつでも戻ってきてね。悪い人にはついてっちゃダメよ」

 女将さんは世話焼きのお母さんのようだ。
 彼女と話していると地球にいる母親のことが思い浮かぶ。
 急にいなくなってしまったので、心配しているはずだ。

「はい、大丈夫です」

「そうそう、これよかったら朝ご飯に食べて」

 差し出されたのは包装してあるサンドイッチだった。
 女将さんの親切に心が温かくなる。
 
「ありがとうございます」
 
 俺は包みを大事に抱えて、感謝を伝えた。
 女将さんはそれに応じるように、満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 女将さんに送り出されて宿屋を出発した。
 すでに歩き慣れた道を通って、皆が集まる洋館に向かう。
 道順を覚えたので、迷わずに進むことができる。

 洋館の前に着くとほぼ全員揃っているように見えた。
 まだなのは内川だけのようだ。
 きょろきょろと見回してみるが、彼の姿は見当たらない。

「おう、カイト」

「おはよう」

 ウィニーが普段通りの様子で声をかけてきた。
 昨日の今日で複雑な思いはあるが、敵意のない彼を邪険にするのは抵抗がある。
 自分を仲間として引き入れくれたことにおいて、全てが悪いとも思えない。

「移動はあの馬車だ。ジンタが集合したら出発する」

 洋館の手前の道に二台の馬車が停まっていた。
 勝手に乗るわけにもいかず、ウィニーにたずねる。

「どっちに乗ってもいい?」

「それなんだが、席順は決めてある。それ通りに頼む」

 馬車A:エリーとウィニー ジンタ、ルチア、サリオン
 馬車B:ミレーナ カイト

 ウィニーの説明で、このように分かれると知った。
 エリーを守るために彼が同乗するのは必須で、それ以外にルチアとサリオンがいた方がいいそうだ。
 さらにジンタはルチアと一緒にしておきたいらしい。

 ひとまず、内川と別の馬車になって気が楽になった。
 関係修復が上手くいっておらず、顔を合わせても気まずいだけだ。
 異世界に来てからは折り合いがつかないことが増えているような。
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