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第三話
しおりを挟む広大な宮城の敷地、使用人専用の出入口である裏門の前で、私たちは馬車から下ろされた。
村を出て、三日が過ぎていた。
門は後宮の敷地内に繋がっていて、連油とはそこで別れることになった。
青帝陛下の住まう宮城では、多くの使用人たちが働いていて、青帝に奉仕するための侍従部、宮殿の敷地内、庭や建物等を管理するための管理部、青帝に関する文書や資料などの管理や編修を行い、霊廟を管理する書霊部と、大雑把に三つの部署に分けられている。
私たちを出迎えてくれたのは、陛下のお付の老人で、ひと目で楊様だとわかった。彼は侍従部のナンバー2で使用人たちを指導、監督する立場にある御方だ。
楊様が直々にお出迎えなさるなんて、さすがは特別待遇――どのような取引をしたのか気になるところだが、いくら問い詰めても連油は口を割らなかった。
「絶対にまた会えるから」
そう言って連油は強く私を抱きしめると、勇ましい表情を浮かべて、門の向こう側に消えてしまった。一方、私が案内されたのは、別の通用口から入った先、敷地内の隅にある住居用の建物だった。
使用人用の住居にしては、ずいぶんと立派な建物だ。
「こちらが、今日から貴女様の住まいとなります」
「たくさん部屋がありそうですけど……」
「全て空いているので、お好きな部屋をお使いください。まもなく下女が参りますので、掃除と食事の準備をさせましょう。明日に備えて、今日は早めにお休みください。それでは」
矢継ぎ早に告げられて、ぽかんとしてしまう。
着いて早々仕事の話をされると思っていたのに、拍子抜けだ。
それに掃除や食事の用意を下女にやらせるというのも気が引ける。
今日から私も、彼女たちと同じ立場だというのに。
楊様が立ち去ったあと、私のところに二人の下女が来た。
年は三十近い女性だが、二人ともがっしりとした身体つきをしていて、腕力に自信がありそうだった。彼女たちは無口なのか、いっさい無駄口を叩かず、てきぱきと掃除を済ませると、夕食の準備にとりかかった。
もちろん、私も手伝うつもりでいたのだが、一つ一つの工程が速すぎて、まるで手が出せない。
その晩に出されたものは、干した魚に米と野菜をまぜあわせ、真っ赤な香辛料で味付けしたもので、舌がぴりっとして美味しかった。食後には花の香りがするお茶と焼き菓子まで用意されていて、砂糖をたっぷりまぶした菓子は頬がとろけそうなほど甘く、濃いめに淹れられたお茶によく合っていた。
長旅のせいで疲れていたのか、私は寝床に入ると、瞬く間に眠りに落ちた。
翌日、夜明け前に私は起こされた。
寝ぼけた頭でぼんやりしているあいだに、二人の下女によって入浴させられ、頭のてっぺんからつま先にいたるまで、徹底的に磨き上げられてしまう。肌だけでなく、髪の毛にも香油をつけられ、禿げるかと思うほど執拗に櫛で梳かれた。
髪型が整い、化粧を施されると、白い、上等な絹の衣を着せられ、平民にはとても手が出せないような宝飾品を身につけさせられる。鏡に映る、見違えるように美しくなった自分の姿に、私は既視感を覚えた。
初めて青帝陛下の夜伽に呼ばれた時も、確か似たような経験をした。
嫌な予感は的中し、まもなく楊様が私を呼びにやって来た。
「これから、貴女には式典に出席していただきます」
「式典って……」
詳しい説明はなく、私は言われるがまま、楊様の指示に従った。
建物から一歩外へ出た途端、もうそれは始まっていて、正装した高官たちがいかめしい表情で自分たちを待っていた。だがそれよりも、私は彼の後ろにいる大勢の人々の姿に、目を見張った。
宮殿の門に向かって、使用人たちが頭を下げ、二列に並んで道を作っている。
ここから門までは結構な距離があるため、途方もない数だ。
先に楊様が歩き出したので、私は黙って彼のあとに続いた。
宮殿の門は既に開かれており、楊様に先導され、門をくぐった私は、目の前の光景に息をのんだ。
少し進んだ先に石灰岩で作られた白い階段があり、両脇に龍を象った柱が置かれている。
抜けるような青空と白い階段との対比が美しいが、それ以上に目を引くのが緑色の宮殿だった。
壁や扉、柱に至るまで全て緑で統一され、白が混じった屋根には見事な龍頭の棟飾りがついている。内部は四階構造で、謁見の間は一階にあるらしい。
宮女時代は後宮の外に出ることは許されず、多少自由が利く后となってからもほぼ軟禁状態で、行動は制限されていた。そのせいか、見るもの全てが新鮮に思える。
早速階段を上がり、宮中の広間に足を踏み入れた私は、あたりを見回してため息をついた。
正面には見事な金糸織の垂れ幕があり、墨色に塗られた床と白い柱の対比が目にも鮮やかだ。
天井にいたるまで、豪華な装飾がほどこされている。
さすがに謁見の間に使用人の姿はなかったが、代わりに楊様のようなきらびやかな衣装に身をつつんだ数人の老人たちが、椅子にゆったり腰かけていた。間違いなく各部署のトップたちで、文官や武官の姿もあり、場の空気がぴんと張りつめている。
私たちが部屋の真ん中まで来ると、老人たちはすっと立ち上がった。
直後、正面にあった金糸織りの垂れ幕がぱっと上がり、青帝陛下が姿を現した。九層の天蓋の下にある金箔、銀箔で飾り付けられた豪奢な椅子に、ゆったりと腰かけている。
彼を見た瞬間、私は彼の、龍のような両目に射すくめられ、動けなくなってしまった。
「我が番よ、そなたを歓迎する」
その、優しげな青帝陛下の言葉を聞いた瞬間、私は悟った。
時を遡ったところで、彼から逃げることはできないのだと。
――連油を恨んじゃダメ。彼女は利用されただけなんだから。
そしておそらく、このような不可思議な現象を引き起こしたのも、青帝陛下ご本人に違いない。なぜなら最初から彼は知っていたのだから。私が番だと。これまで一度も会ったことがないというのに。
――だったらもう逃げない。私のために、誰も殺させない。
私はまっすぐ青帝陛下を見上げると、笑みを浮かべてお辞儀をした。
「わたくしもお会いできて、嬉しゅうごさいます。陛下」
「……心にもないことを」
吐き捨てるというよりは悲しげな口調だった。
青帝陛下は立ち上がると、静かな声で宣言した。
「番が成人したのち、余の后とする。これは決定事項だ」
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