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ドキドキ? 学園生活♪ 【葉月 side】

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「どうした? 具合でも悪いのか?」

「ん~、いえ。具合が悪そうなのは先生の方かなぁって思うんすけど。時間を改めた方が良いですかね? 三十分もあれば終わります?」

「か、片岡!?」

 いやいやいや。そんなにテンパられても。こんな状況を見て察しない方が変でしょ。ホモ校と言われてはいたけど、まさかまさか。先生方までそうだったとは……。

 形だけでも退出しようとした俺。けれど、それは先ほど掛けられた、あの落ちついた方の声の人間に、実に仰々しい口ぶりで引き止められる。

「気にしなくていいよ。この大人は数学を生徒に教えられる程度までは極めた者だが、身体の方は至って若くてね。いや、若々しいという言葉では片付けられない程、性欲があり余っている男なんだが、それは君の用の二の次、三の次で構わない」

 だから君が遠慮する必要はないんだよ、と。言葉はやや回りくどそうに大人びているのに、最後の方はとてもやんわりとした声音だった。

 それは白衣を着た、もう一方の大人。その人は、教師とは少しかけ離れている存在のように思えるある一点が印象的だった。

 アッシュの髪。つっても、ほとんど黒に近いアッシュだけど。俺の金髪もそうだが、なるほど、教師の頭髪も問われる事はないらしい。つか、ん? この人の髪って、地毛か? でも、歳の方はおそらく、この加藤先生と変わらないだろう。すげぇ若い。

 前髪が長く、加えて視力が悪いのか変な眼鏡を掛けているせいで、すげぇダサく見える。なんだっけ? 鼈甲眼鏡? フレームが分厚いアレを掛けてる。けど、よく見ると整った顔立ちをしてんな。顎のラインが普通の人間と比べてシャープだし、口元、鼻の形がえれぇ整っている。こりゃ柳と一緒だ。この人の場合は、眼鏡を外すとその良さがよくわかるタイプだ。多分、びっくりするくらいの美形なんだろう。

 まぁ、相手がどんな美形であれ、俺は柳一筋だけど。そんな考察を冷静にしている中、加藤先生は恥ずかしそうに顔を赤くさせながら、

佳孝よしたかっ」

 と、白衣の相手の名前を呼ぶ。下の名前なんか読んじゃって。そういう関係だっていう事実を隠す気はもうないのか。

 こうやって慌てたり、頬を赤らめる加藤先生は、やっぱりというべきか、年相応の若さってやつがあった。そりゃ先生だけど、まだ二十代か三十代そこそこだろうし、人生経験ってやつは積んでる最中だろう。

 けれど、こっちの白衣の人の方は。

「前から言っていることではあるが、改めて言おうか? この学び舎では公私混同は避けてくれ。生徒に示しがつかないからな。そうだろう? 加藤先生」

「はいはい。わかりましたよ……神田こうだ先生」

 歳の割に妙な落ちつきがあった。なんというのか、話し方も中年、いや老年のような人間のものだし、纏っているオーラも白衣を着ている所為か若造のソレじゃない。老けているって言ったら失礼なような気もするが、それは外見がという意味ではない。

 担任も拗ねたわけではなく、わかってますよといった素振りで肩を竦めると、「驚かせて悪かったな」と苦笑しながら俺の横を通り過ぎると、そのまま外へ出て行った。ごめんね、先生。でも、こんなとこでおっ始めようとしたアンタが悪い。

 残ったのは、俺と白衣の……神田、とかいう男。まぁ、白衣なんだから、その考えられる正体は一つしかないし、おそらく俺が求めていた先生で間違いないだろう。なんつーか、あまり感心しない場面を目撃してしまったわけだが、どんなマジックなのか、この人に対して悪い印象を抱かない。

 神田は俺に向き直ると、にこりと微笑を浮かべた。

「こんにちは。初めまして。片岡葉月君。僕は神田佳孝という名の者で、この学校では養護教諭をやらせてもらっているんだ」

 ああ、やっぱこの人が養護教諭なのか。じゃあ、神田先生だな。先生、先生、と。ん?

「何で俺の名前、知ってるんですか?」

「君はこの学校の生徒だろう? 全校生徒の顔と名前が覚えられなくて、教師が務まるわけがないだろう」

 当たり前だよ、と。クツクツ笑いながら俺に、傍にあったパイプ椅子へ座るよう勧める。俺は転校生だから事前に書類や何かで顔と名前くらい知ってるんだろうし、その上金髪だから印象に残ってるんだろうな。だからといって、流石に千人近い学生の顔と名前を覚えるなんざ、無理があるだろう。

 すとんと椅子に腰掛けると、俺は用件を切り出そうとした。が、まずは何から話したものかと間を置いてしまう。語るには、色々と山があり過ぎるからだ。

 すると、神田先生が。

「ああ、橘兄弟から、色々と話を聞いているよ。『circus』というチームを作っているらしいね」

 お。これは話が早いか? 先生から切り出させてしまったことは、こっちの頭の準備不足だった。けれど、正直助かった。単刀直入に、聞きたいことが聞ける。

「神田先生。先生が、俺達の後援をしてくれるって聞きました」

 これが本題。さて、この先生は、養護教諭なんてやってるけど、そっちの手腕はいかがなものか。一見、腕っ節は期待できなさそうだし、身体も華奢だ。その上、体力もあまりなさそうに見えるけど……。

「後援というべき存在になれるのかはわからないのだけれどね。仲介役であるとは言えよう。うん。基本は君たちに任せるけれど、僕は伝手を頼って君たちの活動を支援してあげよう。……実を言うと、若い頃にね、色々とはしゃぎすぎてしまったものだから、その伝手は結構多いんだよ」

 そう言って、照れたように笑う先生。一体どうはしゃいできたというんだ。そのはしゃぎっぷりが想像つかねぇんだけど。

 とりあえず、お礼を言っとこう。

「ありがとうございます」

「チーム内も、仲が良いそうじゃないか。大事なことだよ。特にこの手の活動というのはね。僕は昔から一人で動いていた所為か、そういった仲間といる時間が大切なんだということを知ったのが遅くてね……。一匹狼ってやつだったのかな。うん。いいよ。チームというのは」

 それは。

 それは胸を張って言えることだ。俺も、彼に出会わなければ、この人みたいに仲間を知らずに、むなしさだけを抱いて生きてきただろうから。

 でも、俺はもう、そうじゃない。俺にはチームがある。大切だと思える、そんな仲間が。

 そしてそんな奴らばかりが集まった。俺達のリーダーによって。

「最高のチームだと、思います。俺達のリーダーは、バラバラだった俺達を纏めてくれたんです」

「尊敬しているんだね。リーダーを」

 尊敬。それは適切な言葉だと思う。好き、や。愛してる、なんてのは当たり前で。でも、それよりも前に、いや、その根底にあるのが多分そうなんだろう。

 尊敬している。そして、憧れているんだ。

 神田先生は、黙っている俺の答えを肯定と受け取ると、にこやかに言った。

「ははっ。ぜひともお話がしたいものだな。彼とも」

「……」

 彼、と言った。それはおそらく、あのツインズから話を聞いているからだろうが、その口ぶりは「知っている」と言わんばかりだった。

 どこまで知っているのか、それは俺達以上ではないにせよ、この先生の話し方、そして態度が、何でも知っているのかのような、そんな大人の形だった。

「先生は、何でも知ってるんですね」

 思わず、そう言ってしまった。嘲笑したわけではなく、ただすんなりと口にしていた。

 そして先生も。

「学校の先生だからね」

 自慢するわけではなく、馬鹿にしたわけではなく。当然なんだよ、という返答をごくごく自然に口にした。

 信用ができる人だと確信した。

 けれど、まだ……。
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