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勇者な彼女と闇翼の黒竜!

第4話!

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「わっ!」

 やるべき事をあれやこれやと考えていたら突然後ろに……王様ドラゴンの方へと体が引っ張られた。
 奇妙な感覚に驚いて振り返ると、私の胸の部分から半透明な鎖が伸びている。
 ギョッとしたけど、その鎖の先が王様ドラゴンの首や体を絡め取っていて青ざめた。
 う、うそ……! そんな、まさか……!

 ――贄の血肉で服従させる……。

 ナージャの言っていた事が頭をよぎる。
 そうよ、魔法陣はちゃんとユフィの血を吸収していたわ。
 じゃあ、なぜ私の胸からこんなわけの分からない覚えもない鎖が伸びて王様ドラゴンの体に巻きついているの?
 ……私の足の怪我……そこから流れていた――血!
 それは、どこへいったの?
 口を覆って、過ぎった考えに身が震えた。
 純潔の処女の血。
 そ、そうね、私は彼氏なんかいた事ないわけで……!

「っ!」

 王様ドラゴンの表情が苦痛と怒りに歪む。
 その身が黒い靄が包み、靄は翼の形へと変わっていく。
 金と銀の瞳が真っ赤に染まり、闇の翼が開くとそこには黒竜が居た。
 悲痛な咆哮が響く。
 あまりにも大きく、苦しげな咆哮に私の体が宙へ浮かんで床に叩きつけられる。
 い、痛い……痛い、けど!

『グオオオオォオオオォォォォ!!!!!!』

「ウィ、ウィノワール……!」

 私の体は一定以上、黒竜からは離れない。
 むしろウィノワールが大きくなって引き寄せられた。
 でも、ウィノワールは――抗っている。
 だって体が召喚された時よりも、小さい!
 ……………………そうだよね……嫌だよね……っ。
 争いは好まないって言ってた。
 条約を破るわけにはいかないって言ってた……!
 それを、無理やり……こんな……!

「!」

 ウィノワールがゆっくりカノトさんと倒れたままのユフィの方へと体を向ける。
 長い尾がゆるり揺れた。
 や、やだ……!


「ハクラ・シンバルバが古の契約に基づき願い奉る。汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! シルヴァール=ニーバーナ!!」


 カノトさんとユフィ、ウィノワールの間に真っ白な光の紋章が浮かぶ。
 なにあれ。
 ティル?
 でも、ウィノワールと同じくらいの大きさの、純白のドラゴン……!
 そのドラゴンがウィノワールの身体を押さえ付ける。
 二体のドラゴンの咆哮が重なり合い、轟音になって響いた。

「あ! ハ、ハクラ!」
「……えー……なんでウィルがここに居て暴れてるの?」

 着地してきたハクラ!
 ウィ、ウィル? あ、ウィノワールだから?
 な、馴れ馴れしいわね相変わらず!?

「……ち、違うの! 待って! あの王様ドラゴンは操られてるの!」

 だからやっつけちゃダメー!
 私が叫ぶと、振り返ったハクラが「あ、そういう事」と相変わらずゆるい感じで納得してくれた。
 よ、良かった、やっつけられるかと思った……。
 じゃ、なくて!

「ところでミスズはどうして胸から鎖が生えてるの?」
「こっちが聞きたいわよ! あと、助けに来るの遅い! 何してんのよ!」
「ええ……そんな事言われても……。空間の淀みを調べてって呼び出されて、なんか様子がおかしいなって思ってたらマーファリーがぼろぼろで『助けて』って言ってきて……それで慌てて探しにきたんだよ? もー、町の中は魔獣がウロウロしてるし……本当になんなんだよ~……」
「!? 魔獣……!? そんな……マーファリーとナージャは無事!?」
「ナージャには会ってないな。途中ではぐれたって言ってた。でも、ミスズが一番危ないからって言われたよ」
「エルフィは!?」
「分かんない」

 ……そんな……!
 魔獣まで現れてるなんて本当にどうなってるのよ……!?
 エルフィ、ナージャも……お願いだから無事でいて……っ!

「でも困ったな」
「?」
「ティルをあの姿にしてる間、俺、ここから身動き取れないんだよね……」
「え……」

 あれやっぱりティルなんだ?
 ……ではなく。
 ハクラが動けない?
 え、じゃあ誰があの竜人親子を殴るのよ?
 あいつらをなんとかしない限り、多分ウィノワールは解放されないわよね?
 通信や転移は空間の淀みで不可。
 ユフィは怪我して動けないみたいだし、カノトさんは今もユフィに治癒魔法をかけている。
 マーファリーは無事みたいだけど、エルフィとナージャは行方知れずのまま……。
 私の胸にはウィノワールを繋ぎ止める謎の鎖。
 ちょっとお! 状況変わってないじゃない!
 むしろなんか悪化してる気がする!

「ミスズは動けないの?」
「ダメ、この鎖、千切れな……いっ!」
「!? 大丈夫!?」
「………………うっ」

 千切れるとは思ってなかったけど、触っただけで身体中にビリビリって電気が走ったわよ!?
 なんなのこの鎖~っ!

『無理に引き千切ろうとするな!』
「!」

 頭の中に響く声。
 これは、ウィノワール……王様ドラゴンの声だ!
 でも、どうして?

『その鎖……余を従属させて操る力がある。だが、その鎖は其方の生命力で出来ているのだ。壊せば其方は死ぬ!』
「え、ええ!?」
「どうしたの!?」

 ハクラには聴こえてないのか。
 どうもこうもないわよ……。

「この鎖、私の生命力で出来てるんだって……! ……ウィノワールを従属させて、操ってるの! どうしたらいいの……!? 切ったら私死んじゃうって……!」
「! ……従属させて操る……じゃあウィルが今カノトさんたちを攻撃しようとしてるのは……」
「きっとクレパスの領主だわ! あいつらアルバニス王国を倒して、大陸を自分たちのものにするって言ってたの!」
「ええ!? それって謀反って事!? そんな大事おおごとになってたの!?」
「………………。言われてみればそうね!?」

 今更だけど確かに大事だわ!

「そのためにウィルを操って利用しようとしてるのか……」
「その通りだ!」

 バサ、と翼のはためく音。
 ナージャを抱えたターバストが淀んだ色の空に浮かんでいる。
 口元には笑みを携え、勝ち誇ったかのように……!

「しつこいなー……」
「貴様だけは……! 人間の分際で『八竜帝王』に認められた貴様だけは……この私の手で殺す!」
「そういう小さい事にこだわってるから、ドラゴンたちに相手にされないんだよ」
「殺す!」

 ……どうやらハクラも私と同じ意見らしいわね。
 それより小脇に抱えられたナージャは!?
 ぐったりしてるけど……まさか死んでないわよね!?

「……困ったな……俺動けないんだけど……」

 ボソリと呟きながらも魔銃を構えるハクラ。
 ティルが巨大化してる間は、身動き取れないんだっけ?
 とは言えティルはウィノワールを抑えてるもんね……元には戻せないわよね。

「……カノトさんも無理そうだし……」
「!」

 あ……ハクラが動けないの、ティルだけが理由じゃない。
 私がここにいるからだ!
 私がウィノワールと繋げられているから……!
 ど、どうしよう……このままじゃ間違いなくジリ貧!
 カノトさんの方はまだユフィの治療中っぽいし……。
 やっぱり相当酷い怪我なのね……!

「死ね!」

 大剣を持ち出したターバストはナージャを放り投げると急降下してくる。
 ちょ! ナージャ!
 慌てて走るけど私の足でナージャをキャッチ出来る距離に間に合うわけもなく!

「ナージャ!」

 でもふわん、とナージャの体が浮き上がる。
 首元には光り輝くソランの花のネックレス。
『自動攻撃無効化魔法』が発動したんだ……!
 も、もおぉ! 飛行石か!

「ナージャ! ナージャ、しっかり!」
「う……」

 良かった、気を失ってるだけみたい。
 ……攻撃無効化の魔法が今発動したって事は酷い事もされてないって事よね……。
 ……あとはエルフィとマーファリーが無事かどうかだけど……。

「………………」

 二体のドラゴンが相撲よろしく拮抗した押し合いを続ける光景。
 ハクラは動く事も難しい中、ターバストの攻撃をなんとか凌いでる。
 カノトさんは治癒魔法をユフィにかけ続けているし、私は鎖でウィノワールとつながっていて逃げられない。
 状況は、不利なまま。
 一向に良くなる気配はない。
 …………ハーディバル……早く来て……!
 いつになったら助けに来てくれるのよ!?
このままじゃ……!

「うっ」

 背中ゾワっとした!
 なに?
 恐る恐る振り返ると、理由はすぐに分かった。
 コロシアムの塀には黒い影が無数に蔓延っていたのだ。
 あの気持ちの悪い影の塊は……魔獣!
 あれ、まさか全部?
 うそ、でしょ……? なんでこのタイミングであんなにたくさん……!
 しかもなんかうごうごして、一箇所に集まっいくような……?

「…………あ……あれは……」

 魔獣が集まっていく場所は、来賓席だ。
 一番偉い人が座るような場所。
 そこにいたのは、黒い翼と黒い髪、顔半分を鱗に覆われたおっさんと――エルフィ!
 あいつだ! あいつ、きっとターバストの親父!
 だってそっくりだもん、絶対そう!
 ちょっと、そんな場所に居たら絶対危な……!

「何を!」

 エルフィを引き寄せる。
 その手には、剣!
 エルフィの腕を切り裂くと、その血を魔獣たちへと振り撒いた。
 こ、コロスーー!
 嫁入り前のエルフィの玉のお肌に傷をつけるなんてあの親父ーーー!!!!
 しかも高笑いしてる! こっからでも分かるわよ! あのクソジジーーーッ!!

「!」

 魔獣がうようよと形を変えていく。
 なに?
 どんどん、混ざって……一つに……!

「……嘘でしょ……」

 レベル……4……!
 あれだけ居た魔獣たちが……エルフィの血を浴びた魔法陣みたいな場所に入るとそのまま空中に浮かび、塊になって……巨大怪獣になっちゃった……!
 そんな……あんなに簡単にレベル4の魔獣を……。
 それじゃあユティアータを襲った高レベルの魔獣を作り出していた奴らって――。

「ふはははは! ユスフィアーデ王家の血さえあれば、魔獣すらも操れる! 素晴らしい……。人間でもユスフィアーデの一族は特別に我が一族に迎えてやろう……」
「……………………」

 ハクラと戦っているターバストが笑いながらそんな事を言う。
 ……本当に、どこまで底辺な男なのよ。
 求婚って、つまりそう言う事だったの?
 最低、最低よ……。
 あの魔獣になった人たちは……あれじゃあもう、助からないのよ……!?
 ユフィも、エルフィも、こんな事したくないに決まってる!
 酷い、酷いよ……!

『……………………』

 ウィノワールの声も聴こえない。
 でも分かる。苦しんでる……!
 誇り高いドラゴンは、怪我で動けないユフィとそんなユフィを必死に助けようとしているカノトさんを……無抵抗な二人を殺すなんて許せないんだ。

「…………」

 ナージャ。
 泣き腫らした赤い目許。
 実のお父さんにも、お兄さんにも劣悪品だの出来損ないだの……きっとそう言われ続けて生きてきたのね。
 そんな酷い家族でも、あんたにとってはきっと、家族、なのよね……だから、あいつらの言いなりになろうとしたんでしょ?
 ……ほんと、ばか。


 ――『諦めるな』


 ……でも、ハーディバル……このままじゃ、どうしたらいいの?
 お願い、早く来てよ。
 じゃなきゃ、何も出来ないまま……ユフィも、カノトさんも、ハクラも、エルフィも、ナージャも……マーファリーも……。
 そんなの嫌。
 嫌よ……私を支えてくれた人たちが苦しんで傷ついて、死にそうになってるのよ。
 私、どうしたらいいの。
 何も出来ないの?
 諦めない、頑張る。
 でも、何をどうしたらいいのよ?

 胸の鎖。
 私の命。
 闇翼の王竜を、縛する忌まわしいもの。
 触るとビリビリ、電気が走ってとても痛い、けど……。

『ならん』
「でも、他にこの状況をなんとかする方法なんて……」
『其方はこの世界の民ですらないのだろう』
「!? それは……」
『余は『八竜帝王』が一体……魂の輝きで其方がこの世界の者でないと分かる。だからこそ、この世界の為に無理はするな。其方には帰る場所、待つ家族がいるのであろう? また、会いたいのだろう?』

 分かる。
 私がウィノワールの苦しみが分かるように、ウィノワールにも私の気持ちが分かるんだ。
 ……お父さん、お母さん、鈴太郎お兄ちゃん、鈴城お兄ちゃん……。
 うん、会いたい。
 会いたい、会いたいよ……!
 ずっとずっと押し込めていたけど、本当は――寂しかったよ!
 毎日顔を合わせて、無駄話や世間話や軽口ばっかりだったけど……家族に会えないのがこんなにつらいなんて思わなかった。

『其方の生命は其方だけのものではない。其方に再会したいと望む親兄弟のものでもあるのだ』

 ウィノワール。
 ドラゴンなのに……王様なのに、どうしてそんなに優しい事を言うの。
 ずっと我慢していた私の心を……どうしてこんなに理解してくれるの……?
 真っ暗な世界で、真っ黒なドラゴンを私の命の鎖が雁字搦めにしている。
 耳には苦しげな咆哮が、いくつもの呻き声とともに聴こえてきた。
 これは、魔獣になった人たちの苦しみの声。
 ……そうだ……魔獣になった人たちにだって、待ってる家族が……友達や恋人がいたはずだ。
 エルフィも、ユフィも!
 家族に会いたい人は私だけじゃない。
 聴こえる……苦しい、助けてって叫ぶ声が!

『! ならん!』
「いいの!」
『!?』
「……これは、私にしか出来ない事だと思うの! 騎士団も駆け付けるって言っていたし、アルバニス王家の人たちもすごく強いから……戦争になってもきっと竜人たちは、勝てない! でもね、でも……私は……今、苦しんでる人たちや、騎士団や王家の人たちが勝つまでの間に犠牲になるかもしれない人たちをなんとかしたいのよ! 私の大切な友達が、今この瞬間にも死にそうなのよ!? 助けたいに決まってるじゃない!」

 優しいエルフィはきっと泣いてるわ。
 真面目なユフィは、カノトさんが助けてくれるって信じてるからね!
 ハクラは、まあ、強いからなんとかなりそうだけど……。
 ナージャやマーファリーはこのままじゃ魔獣に食べられちゃうかもしれない。
 魔獣になった人たちの中にも、もしかしたらまだ助けられる人がいるかも。

『……其方はこの世界の民ではないのだろう。何故、この世界の民のために命を懸ける?』
「そんなの関係ないからよ! エルフィもユフィもマーファリーもナージャも、あとハクラも一応私としてはカノトさんも……大切な友人なの! お父さんやお母さんやお兄ちゃんたちには勿論また会いたいし、やり残した乙女ゲーの事を思うとやっぱり死にたくはないんだけど! ………………でも、今なんとかしなきゃいけないって思うの! 今助けたいのよ! ……だから私、命懸けるわ!」

 鎖に手をかける。
 自分で、自分にしか出来ない事をやるの!
 ウィノワールを解放すれば……少なくともハクラはティルを巨大化させておく必要がないからターバストをきっちりやっつけてくれるはず!
 ハーディバルくらい強いらしいハクラとティルなら、レベル4の魔獣だって倒してくれるわ!
 だから……私は――――

『待てミスズ』
「?」
『其方の賭けに余も乗ろう。余の真名を教えておく。あの世に持っていくが良い、きっと役立つ』
「? ……うん……?」

 よく分からないけど、貰えるものは貰っておこうかな。

『其方の覚悟、しかとこのダークヴァール=ウィノワールが受け取った。痛みも感じる必要はない。一瞬で終わらせる』


 ダークヴァール=ウィノワール。

 それが、『闇翼のウィノワール』の真名。
 苦手なはずの爬虫類みたいなあの瞳が、どうしてか全然怖く感じない。
 金と銀の瞳。
 まるで、ハクラと……ハーディバルの瞳のような色。
 ウィノワールが翼を広げる。
 私の命の鎖が、バラバラに飛び散った。
 本当だ、痛くない。
 なんの痛みも感じない。
 ……ありがとう、ウィノワール……。
 すごく、安心する……これが――――。



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