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お裾分けされていたもの
しおりを挟む「カレーだよ!」
「ありがとう!」
部屋に戻ると、せりなちゃんがお鍋を持ってきてくれた。
今日もお鍋で、か。
……すごいな、これ明日の朝もいけるんじゃないか?
「ずいぶんいっぱい作ったね……?」
「……不思議な事にお湯の中に具材を入れていくと量が増えるの……」
「うん……そうだね……」
せりなちゃんは真顔だった。
多分本気で不思議に思ってる。
もしやスープ系……ルーを使う系は分量とか適当でも作れてしまうからポンコツになるのか……?
ええ、なにそれかわいい……。
「カレーは二回目なんだけど、今回はみじん切りした玉ねぎをたくさん入れてみたの! ……ルーは中辛を使ってみたんだけど……コウくんの好みがよく分からないから、あの、か、辛すぎたらごめんね。わたしはあんまり辛く感じなかったんだけど」
「あ……う、うん……」
中辛……中辛か……。
大丈夫かな……俺、七味唐辛子ひとかけで「辛!」ってなるからな……。
いつもレトルトカレーは甘口買っちゃうんだけど。
自分で作る時もルーは甘口と中辛混ぜたりして甘さ増しにするんだよ。
でも、それってかっこ悪くないかな。
せりなちゃんに引かれたりしない?
長谷部さんなんて七味唐辛子ばんばんかけてたし……大人の男は辛いの平気じゃないとダメなんじゃ……。
俺ってやっぱりまだまだ子どもなんだな。
「コウくんは甘口と中辛と辛口どれが好き?」
うっ、心底「知りたい!」という無垢な瞳……!
「……実は、あまり辛いのは苦手で……」
「そうなんだね! ……あ、辛かったら擦ったリンゴとか蜂蜜とかチョコレートを加えて、甘味を増して……!」
ますます嵩が増しそうだな。
「うん、ありがとう」
「…………」
「? えっと、それじゃあ……今日はありがとう……って、言っても今日一日程度じゃお礼にならない気がするけど。今日ももらっちゃったし」
「あの!」
「?」
「ずっと、言いたい事があったの……」
その瞬間、せりなちゃんの空気が変わった。
なんだろう、どう言っていいのか……とにかく、とても張り詰めたような──。
「コウくんはお裾分けの事気にしてたけど、最初も言った通り料理科の練習みたいなものだから、本当に気にしないで欲しいのと……これは、わたしがコウくんにしてもらった事のお礼でもあるし……!」
「え? なんの事……?」
「小学校の頃、コウくんは毎日わたしにプリントや宿題を届けにきてくれたでしょ……? あれは、クラス委員長として当たり前の事、だったのかもしれないし、コウくんは、本当はやりたくてやってたわけじゃないかもしれないけど……わ、わたしにとっては……わたしには……とても、とても……毎日、楽しみで……コウくんと話せる時間は……わたしにとって、支えのような時間で……いくら感謝しても、したりないの……!」
……。
え? な、なに、突然。
なんの話……小学校の、頃の……?
……ああ、とんでもない。
俺にとってもせりなちゃんに会いに行ける時間はかけ替えのない時間だった。
俺はあの頃から人と話すのが苦手だった。
せりなちゃんだけが家族以外で俺の話を聞いてくれる人だったんだから。
俺はあの頃から、せりなちゃんに憧れている。
お礼だなんて。
「たくさん、たくさん、たくさんもらったから……あの頃のわたしは家の中が自分の世界のほとんどで、コウくんだけが学校との繋がりで……コウくんがいたから、おやすみが続いて、間が空いても学校に行くのも、怖くなかった。コウくんに会いに行けるって思うと、勇気が出たの」
「…………」
「……だから、だからね…………、……ありがとう」
目を見開いた。
赤く染まった頰。潤んだ瞳。張り詰めた空気。
喉がとても、カラカラに乾いていた。
それと同時に強く鋭い痛みが心臓から鼻先に突き抜けるような感覚。
泣くかと思った。
歯の奥が震える。
胸が熱すぎて痛くて、指先が氷のように冷たい。
全身がその空気に当てられて、震えた。
「……ずっとこれをコウくんに伝えたかったの。コウくん、わたしに会いに来てくれてありがとう」
あれは仕事だった。
クラス委員長として、強制されていた事だった。
でも、俺はその強制のおかげでせりなちゃんに会いに行けたから……途中からそんな事も忘れて、ただ憧れの女の子に会いにいける口実に感謝していんだ。
──俺の方こそ。
ああ、俺の方こそ……!
「俺も……俺も、ありがとう……」
「え?」
「俺も……あの頃から、俺と話してくれるのは、せりなちゃんだけだったから」
家族以外だとせりなちゃんだけが、俺と会話してくれた。
俺の方こそ君に救われていた。
俺も、ちゃんと言わなければ。
彼女だけに言わせるべきではない。
俺も、ずっとせりなちゃんに言いたかった。
「俺……俺……ずっと、ずっと……せりなちゃんに……」
「コ、コウくん……?」
「せりなちゃんの事が……!」
「ふにゃあああああっ!」
「……いいぃったーーい!?」
「「………………」」
……いったーい?
今、誰かの悲鳴が聞こえなかったか?
せりなちゃんと顔を見合わせて、声の聞こえた方を見る。
階段の下の方に、二つの大きな塊とボスが……って、あれは──!
「あ! ね、姉さん!?」
あと長谷部さん!
「あ、バレた」みたいな困った顔で手を振って……え? 待って、い、いつから!? いつから!?
「あーん! バレちゃったぁ! なんて事するの、ボス! ボスのせいよ! 急に手を噛んでくるから!」
ジョリっとしたんだな。
じゃ、なくて!
「いつから見てたんだよ!」
「え、いや、帰ってきたら長谷部さんがしゃがんでボスを撫でてたから……せりなちゃんも叫んでたし」
「きゃぁああああっ……!」
せりなちゃんも姉の言葉で顔を覆ってしまった。
耳まで赤くし、その場にしゃがみ込む。
うっ……あ、あれを聞かれたと思うと確かにっていうか俺のも絶対聞かれてるじゃんんん!
途中までで良かったと思うべきかでも普通に恥ずかしいいいいいぃっーーーー!
「ごめんね、なんか青春……じゃなくて話の途中のようだったから、絶対邪魔してはいけないなって……」
「だからって覗いてるのはどうかと思うんですけど!」
「うん、でも……これから着替えて出かけなきゃいけなくって……。ぶっちゃけ階段登ってすぐのところで始められてしまって困ってしまって」
「本当にすみませんでした!」
確かに他の住民が入っていたらとても困ってると思う!
でも出来れば覗かないで欲しかった!
「すぐに終わりそうな感じだったから、待ってればいいかなって思ったんだよね。俺が帰ってきた時カレーを手渡してるところだったし」
「ほぼ最初からじゃないですかぁ!」
「あと今日から幸介くんのお隣も入居してたから……大事な話はせめて部屋の中でした方がいいよ」
「!?」
え、それってまさか……俺の隣の部屋の人にも筒抜け……?
う、うわわわわわわわ……!
「お姉ちゃんだって邪魔したくなかったわよー! でもボスが急に足下にすり寄ってき手をて噛むからぁ」
「ぶにゃぁぁぁ……」
「お腹空いたんだろうな。ごめんなボス、今キャットフード持ってきてあげるからな」
「ぬぁぁぁぁ」
え、長谷部さんの部屋キャットフード常備してあるの?
「……ボス、機嫌悪そうですね」
「お腹空いてるんだよ。それなのに俺たちが誰も持ってこないから、飯橋さんの手を噛んだんだろう。猫ってそういうとこあるよね」
「ふにゃー!」
「はい、すぐにお持ちします」
長谷部さんが敬語に。
そしてさくさく階段を登って部屋に向かってしまった。
……そうだな、ボスがお腹を空かせているのなら優先すべきは……ボスだろうな。
肩を落とす。
あれ、俺は……一体なにをガッカリしているのだろう?
「ごめんね、幸介。その気持ち、とてつもなくよく分かるわ……」
「……、……うん……」
説得力というか、共感が重い。
姉さんも長谷部さんに、告白失敗してるもんな。
ああ、そうか……こういう事なのか。
もっっっっのすごくもやもやするー!
「ところでせりなちゃん! 今日はカレーなんだねぇ~」
「姉さん?」
「……は、はい……。え、えっと、よければ幸枝さんも……その、カレー、いかがですか?」
「いいのぉ!? うれしーい! 片手が使いづらくてご飯作るの大変だから助かるわー!」
「……姉さん……」
「あ、なんならお皿持ってくるから今日もせりなちゃんの部屋でご飯食べる? 三人で!」
「「えっ!」」
ちらっとせりなちゃんを見る。
まだ顔が赤い。
多分、俺も赤いと思う。
どうしよう……いや、俺は決められない。
指定されたのはせりなちゃんの部屋だし……ええ、姉さんめ、なんて事を言い出すんだ……!
「えっと、えっと……」
「…………」
「あ、長谷部さんもどうですか!」
がちゃ、と部屋から出てきた長谷部さんに、姉さんが声をかける。
手には猫缶。
服装はスーツから私服になってる。
「いや、このまま出かけるので」
「あ……そ、そうでしたね……」
「がんばってね」
ぽんっと、去り際頭を優しく叩かれた。
う……ぐっ……う、うううっ……!
なんか、もう、色々……色々~!
「きょ、今日は! 一人で食べる!」
「あら」
「コウくん!?」
バタン!
……部屋に入ってから、鍋をコンロの上に置く。
それからずるずるしゃがみ込んで頭を抱えた。
「うううううううぅ……」
俺は本当にダメだ。
今更自分の気持ちを正しく理解したんだから。
俺はずっと、それこそ小学校の頃からせりなちゃんに憧れていた。
再会してからもずっとその気持ちの方が強かったと思う。
ても、今日……今さっき俺がせりなちゃんに告げそうになった言葉は──。
「…………好き……」
お裾分けされていたのはなに?
応援ありがとうございます!
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