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《40》意味深な微笑

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自分の気持ちに、気づいているのではないだろうか。


(いや、そんなわけ、無い)


この異常な愛情が本人にバレでもしたら、軽蔑されることは目に見えている。
彼は変わらず接してくれている。


(だから、気付かれてるはずない·····)


兎にも角にも、こうして愛称で呼び合える日が来るとは。


(嬉しい·····)


喜びをかみしめていた時、ガチャリと扉が開いた。


「ああ、もう揃ってたのか」


恐れていた相手の声が響く。
ノワは体を強ばらせた。


「ロイドだが、急用で参加できないみたいだ」

「分かった」


フィアンが頷く。
ユージーンの涼し気な視線は、早速ノワをとらえた。

「!お、おはようございます、ユージーン様·····」


目下のものから挨拶をするのがマナーだ。

学園の規則通り、慌てて言葉を紡ぐ。
しかしユージーンはその挨拶に返答をしなかった。


「この前は、俺の事を愛称で呼んでくれたじゃないか」


意外そうな口調が告げる。
ノワはピシリと固まった。


「そして自分のことはノワと呼んで欲しいって·····」


違ったかな?と、ユージーンが首を傾げる。

愛称とは、ノワが公爵邸で口にした"ジェダイト"の事だろう。

ユージーンはフィアンとノワが2人きりでいた時点で、何を話していたのか推測したらしい。

彼は今、わざとこの話題を持ちかけている。
まるで、ノワがフィアンに約束したことと同じことを自分に提案したとでも言うように。

フィアンの瞳が少し驚いたように見開かれる。
完全に誤解されてしまっている。

しかし違うなんて言えるわけが無い。
ノワはユージーンの望み通り、頷いた。


「はい·····」

「では、挨拶はやり直しだね」


微笑んだ優美な男は、閻魔大王も裸足で逃げ出す程の鬼畜だ。
心で涙を流しながら、ノワはぎこちない笑みを作った。


「おはようございます、ジェダイト様」

「おはようノワ」


爽やかな声は、なんの躊躇いもなくノワを呼ぶ。


「いつの間に仲良くなったんだ?」


ノワは人懐こいやつだなと笑うフィアン。

ノワは内心で、違うのにと抗議した。


第一皇子のフィアンと、公爵家の一人息子、ユージーン。
そんな2人と同時に同じ約束をした。

しかも、それぞれと愛称で呼び合いたいなんていうおこがましい内容だ。
傍から見ればどちらにも媚びを売ろうとするゴマスリ野郎に違いない。


(いや、媚び売ろうとしてるのは間違いないけど·····)


フィアンは、どう思っただろうか。

行われた反省会は、フィアンの事ばかり気になって仕方なかった。

彼の気持ちが少しでも分かればいいのに。

ちらちらとフィアンの顔を覗き見る。
彼は1度もこちらを見ない。
まるでこちらのことなど、一切気にしていないようだった。

ノワは泣きたい気分になった。

彼にとっては、気にするほどでもない事。そんなのは分かっている。

けれど自分にとっては、彼にどう思われるかが何よりも大切なことなのだ。

悲しくて切なかった。

鼻の先が痛む。ノワは涙をこらえるように、空気を飲み込んだ。

ユージーンと言葉を交わしていたフィアンの視線が、ふとこちらへ流れた。


「!」


ふっ、と、微笑まれたのは一瞬。

彼は直ぐにユージーンへと向き直る。
意味ありげに微笑まれた瞳は、恍惚とした光を帯びていた。


「…?…??」


何かを見透かすような含み笑いだ。

ノワはドギマギしながら俯いた。


「今年の成績を維持できるよう、来年もよろしくな」


フィアンが区切りを着けるように言って、椅子から立ち上がった。


「解散していいぞ」


扉の方へ向かうフィアンに倣い、ノワもいそいそと立ち上がる。

彼と一緒に出れば、ドSなユージーンに意地悪をされる心配は無いだろう。

頼むから、今日は見逃してくれ。
ノワは脳内で願いながら早足になる。


「そういえば、ラージェ」










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