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《177》選ばれた犬
しおりを挟む相手のネクタイを結ぶ行為に込められたメッセージだ。
きっと知らなかったのだろう。ユージーンの口車に乗せられ、言われた通りにしたに違いない。
そう思い、特に気にしないようにしていた。
そんな矢先での、保健室での出来事だ。
2人は予想していた以上の関係だった。
今回の練習で親密になったのだろうか。それとも、それよりずっと前から、ノワはユージーンと特別な関係に?
(俺以外が瞳に映ることさえ、不快だというのに)
限界まで焦らし、我慢できず縋り付いて来るまで熟させた頃、完全に自分のものにするつもりでいた。
何度、唇を重ねたのだろうか。
強く拳をにぎりしめる。
そうしなければ、理性は崩れ去ってしまいそうだった。
「····早熟だが、仕方ない」
「·····え·····?」
片手袋を外したフィアンが、ノワへと距離を詰める。
足が長いせいで、たった1歩で目の前だ。
裸の手が、戸惑うこちらの手をすくった。
「·····!」
手のひら、次いで手首の動脈。
あろう事か、彼は順番に口付けを落としてゆく。
それが何を意味するか、ノワとて知り得ていた。
「俺のところに来い」
まさか───そんな思考の余地もないほど短い台詞に、ノワは言葉を失った。
皇帝は、護衛騎士や宰相の他に、唯一信頼できる存在をそばに置く。
皇帝の最側近。ただいつでも皇帝のそばを離れず、皇帝のためだけに生きる人間だ。
この口付けの手順は、それを申し込むための儀式だ。
指先は無意識に震えた。
最側近は、家族や友人、全ての人との関わりを断ち、勿論結婚も性的行為も許されない。一度宮入りをすれば、全ての時間を皇帝に捧げることになる。
大臣と同じく地位の高い役職で、夢にも思わない、魅力的な誘いだ。
しかしノワは、とてもすぐに受け入れることは出来なかった。
「フィアン様·····僕は、長男です·····」
原則として、長男は、家紋を継ぐ義務がある。
故に最側近に任命されるのは、格式高い家紋の次男と決まっていた。
「フィアン様·····」
ノワは確信した。
フィアンは、自分の想いに気付いている。
そのうえで、甘い誘惑をするのだ。
何も求めず、しかし他に救いを求めず、生涯自分だけのために生きろというのだろうか。
惨めさと喜びが綯い交ぜになって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
ずっと胸の中にわだかまっていたものの正体が、わかった気がした。
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