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【34話】希望
しおりを挟む彼の望みは人間の血とその生身の身体だけ。
千秋自身のことになど、微塵も関心はない。
それなのに、昨日はこちらを覗き込んで、何か言いかけた言葉に、一瞬期待した自分がいた。
どんな言葉を望んだのかは、自分自身わからなかった。
勢いのなくなっていた足に気づく。千秋は大きくかぶりを振ってから、また急ぎ出す。
大きな踊り場につくと、玄関の立派な両扉が見えた。
鼓動は破裂しそうなほど早い。
頭の中がグラグラと揺れるような錯覚に陥る。
扉の閂に手を伸ばす。
錆び付いた氷は痛いほど冷たかった。
ゆっくり、ゆっくりと自分に言い聞かせながら、それを引き抜いてゆく。
最後は閂の端を一息に引っ張る。千秋はそっと手を離した。
ついに、やった。
あとはここから出て、一刻も早く元の世界へ戻るための方法を見つけるのみだ。
希望が見えた、その時だった。
「·····───がっかりだぜ」
すぐ耳元で、低い声が囁かれた。
「!?」
瞬間、目の前が真っ暗になる。
何も聞こえない。
感覚さえも奪われ、意識は遠のいていった。
最初に見たのは天井だった。
ゴシック調の薄暗い部屋。オレンジの明かりだけが、ぼんやりと灯されている。
たしか扉を開ける前、耳元で彼の声がして·····───。
目を覚ました千秋は、ハッとして起き上がろうとする。
途端ガシャリと金属同士が擦れる音がし、首元が強く締め付けられた。
咳き込んで、首元に嵌められた重りに手を伸ばす。
腕は持ち上げるのさえやっとなほど、力が入らない。
大袈裟に金属音が響く。千秋は両手を見下ろした。
手錠を嵌められている。
驚いて視線をさまよわせると、首から伸びた鎖は、ベットの柱へ繋がれていた。
シーツに擦れる身体が肌寒い。全裸で、周りには何も無い。
「あ·····」
不意に、自分以外の生き物の気配を感じた。
大きな生き物だ。確実にこちらへ向かって近づいてくる。
千秋は何とか拘束を外そうと、身をよじった。
どんなに暴れても、しなる金属音は無機質に音を立てるだけだった。
" 次俺の言う事を無視してみろ "
" ぶっ殺すぞ "
彼に捕まったら、次こそもうお終いだ。
千秋の身体は震え出した。
響く足音が、やがてピタリと立ち止まる。
スラリとした足が垣間見える。
千秋はきつく瞼を閉じた。
「ひ·····っ」
喉元に、冷たく滑らかなものが触れた。
吐息を感じるのと共に、そこをカプリと噛まれる。
覚悟していた痛みはやってこなかった。
「ぁ···っ····?」
ざらりとした牙が、身体に差し込まれる感覚。
なのに、痛くない。じんわりと熱くなってゆく首元から熱が広がり、千秋は混乱したまま浅く呼吸を繰り返した。
また、この身体がおかしくなってしまうことを予感した。
「んっ·····ひぅ·····」
吸い出される血の流れや、彼が喉を上下させる動きまで、生々しく感じられる。
一度牙が離れると、ベッドが静かに軋んだ。
「へ·····?や、ぁ·····っ」
首筋にかかった吐息は、まるで獲物をとらえた獣のそれみたいだ。
驚くまもなく、また同じ場所に牙を当てられた。
「ふ·····っん·····ぅ·····」
静かな吸血がつづく。
千秋の意識から恐怖は消えていった。
どうしてこの牙に、痛みは無いのだろうか。
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