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傀儡にされた少年

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 何十人と並び座る長卓の上座に座り、クラウザールは上品に一口に切った肉を口に運び頬を緩ませる。その味が大層気に入ったのか、直ぐにもう一口と口に運び、美味しそうにゆっくり咀嚼して飲み込み、ほう……と幸せそうに吐息を吐いた。
 その仕草一つ取っても素晴らしく上品で、また、年に似合わず艶めかしささえある。ただ美味しそうに料理を食べているだけだというのに、その姿は見目の美しさも合わさって見惚れてしまう程だった。
 客であるギトメア国の者達は勿論、自国の貴族達ですらクラウザールの小さな口が開き、微かに見える赤い舌と口に物を含む様に釘付けになり、生唾を飲み込んでいた。

 一様に皆が食事の手を止め、自分に目を向けている事に気が付いたクラウザールが不思議そうに首を傾げる。

「余は、どこかおかしかっただろうか?」
「いいえ。テーブルマナーも完璧でございますよ。クラウザール陛下


 隣に座るアルノルトに不安そうな顔で聞くクラウザールは優しく否定され、良かった、とホッと表情を緩めてはにかむ。そんなクラウザールとは反対にアルノルトは笑顔は保ちつつも目は冷え冷えと蔑みを湛え、周囲を見渡す。

「皆様、どうかされましたか? サカリアス陛下、我が国の料理はお口に合いませんでしたでしょうか?」

 アルノルトに名指しされた隣国の王は慌てて呆けていた顔に力を入れ、ぎこちない笑顔を張り付ける。

「いえいえ!とんでもございません。大変美味な料理の数々で感動していた所です。特にこの肉料理は絶品ですな。クラウザール陛下はこの肉料理がお好きなのですか?」
「余? 余はねぇ……うん、このお料理はとても美味しいと思うよ」

 王としての威厳も何も無く、12歳となったにもかかわらず幼い頃の口調のままに話すクラウザールは美しいだけの人形だった。
 立ち居振る舞いばかりを教育され、王族としての帝王学でさえ教えられているのか怪しく、無知であれ、と意図して育てられている様子のクラウザールの姿にアルノルトの趣味の悪さを感じ、隣国の客人達は内心、眉を顰めた。

「そうなのですね、先程からとても美味しそうに召し上がっておいででしたので、そうではないかと思っていたのですよ。我が国にはワネラという大型の鳥がおりましてな、とても美味なのですが、召し上がられた事はございますか?」
「ワネラ??? ワネラ……えっとねぇ……余はねぇ」
「クラウザール陛下は召し上がられた事はございません」

 考える素振りを見せた後、クラウザールが言葉を続けようとしたのを遮り、アルノルトが答えてしまう。
 その一国の王に対するあまりにも非礼で不遜な態度に同席していた一同が揃ってギョッと顔を強張らせるが、当のクラウザールは、そっかぁ、と朗らかに笑うだけだった。

「そ……うでございますか。ははは、まだあまり国外に流通していない品ですので、それも当然でしたな。でしたら是非、クラウザール陛下には一度召し上がって頂きたいものですな。ギトメア国内でも高額で取引されている程人気なのですよ。そうだ! 一度、我が国にお越しになられませんか? ワネラ以外にも是非、召し上がって頂きたい美味しい物がございますし、我が国には他国に類を見ない大規模なサーカスもあるのですよ。大道芸や獣使いにご興味はありませんかな?」

 なんとも言えない空気が流れる中、なんとか気を取り直した隣国の王は再びクラウザールに話しかける。
 今回、不本意ではあるがこのルシアプ王国に従属するにあたり、親睦を深めるという名目での訪問ではあったが、実際の所は上下関係を諸外国へ見せつける為に呼び出された、というのが実情だった。だが、ただ呼び出されて終わるつもりなど無い隣国の王は、クラウザールをなんとか自国に招く事が出来ないかと子供が好きそうな物をチラつかせてみていた。

 今までに姿だけは見た事はあったが、今回の訪問で初めて言葉を交わし接したクラウザールの予想よりも幼く、純真無垢で世間知らずな状態から、これならば確かに宰相の言う事を疑いもせず傀儡になるのも頷ける、と納得していた。
 そして、ならば大人しく御しやすそうなクラウザールを自国に招き入れさえすれば、懐柔するのはさほど難しくは無いだろうと考えたのだ。アルノルトの邪魔さえ入らなければ、だが。

「サーカス!? 余はサーカスって見た事がないんだけど……ねぇ、サーカスって道化師もいる? 余も、一度見てみたいな」
「そうでございますか!! でしたら、是非っ」
「確かに、後学の為にも一度ご覧になられるのは良いかもしれませんね」

 思惑通りサーカスに興味を持ったらしいクラウザールが目を輝かせたのを好機と捉えた隣国の王が、身を乗り出し来訪の言質を取ろうとした、が、横からの突然のアルノルトの言葉に遮られた。
 自国の王のみならず、他国の王の言葉にまで遮りしゃしゃり出て来る非礼に隣国の王は顔を赤く怒りに染め、同席していた隣国の従者が椅子を薙ぎ倒して立ち上がる。
 今にも掴みかかりそうな隣国の従者達や、非礼を理由に国際問題に発展しそうな状況に顔を青くする自国の貴族達を前にクラウザールはキョトンと大きな目を不思議そうにしばたかせ、薄桃色の果汁の入ったグラスを両手に持ってコクコクと飲んで、美味し、と呟き微笑んだ。
 この一触即発な状況を全く理解していない幼い王に周囲が苛立つが、やはりというかクラウザールは気が付いていないのかアルノルトへ、どうしたの? と視線を寄こすだけだった。そして、この状況を作り出したアルノルトも非難的であったり増悪すら含んでいたりする視線を物ともせずにクラウザールの視線に微笑み返し、言葉を続けた。

「ギトメア国のサーカスといえば世界的にも有名だそうですよ。なんでも大陸から離れ、海を渡って世界各国で巡業されているとか。是非、我が国にも来ていただく様に招致いたしましょう。その時にワネラや、そちらの特産品をご一緒にお持ちになって頂ければ、国民もさぞかし喜ぶ事でしょう。珍しく良い品はどこでも人気ですからね。ギトメア国との商品の取引や観光が増えれば両国の友好も深まる事でしょうし。良いご提案ですねクラウザール陛下。見てみたいという御判断、流石で御座います。そういう事でございますが、いかがですか? サカリアス陛下」

 さもクラウザールの意向を汲んだかのように話すアルノルトの白々しさに一瞬にして周辺が鼻白み、怒り心頭に発していた隣国の王も従者も二の句が継げないでいた。
 しかし、そんなアルノルトの発言の中に含まれていた提案は、正直ギトメア国にとって酷く魅力的だった。従属し、搾取されるだけの関係でなく、こちらにも利点がある関係を築けるのであれば悪くない話なのだ。
 クラウザールを自国に招く事は出来なくなったが、それはまたの機会にでも話を進めればいい事であるし、アルノルトの態度も看過できる物では無いが、それに目をつぶっても良いと思わせる程の話だった。
 ならば、ここで馬鹿らしい三文芝居だとしても、アルノルトの提案に乗らなければいけない……

「いやぁ、さすがはクラウザール陛下ですな。素晴らしいご提案をありがとうございます。我が国最高峰のサーカス団と、我が国自慢の特産品をご用意させて頂きますぞ。ご自分だけでなく自国民の事までお考えになられるとは、感服いたしました」

 揉み手をする勢いでクラウザールを誉めそやし、隣国の王は何も分からぬ傀儡の幼い王の後ろで操り糸を絡繰る宰相に向けて媚びた笑いを向けた。
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