女はそれを我慢できない

奈月沙耶

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第15話 帰ってきた男

15-4.騙されない

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 あまりのことに口をぱくぱくしながらも、私は煌びやかなお洋服たちが気になったりもする。
 何せ失業中の身だ。倹約を心掛け、ショッピングだってお正月以来していない。
 今日だってなんてことない普段着姿で、飲み会からも遠ざかっているから最近とんとおしゃれをしていない。

 店員さんに促されてついついフィッティングルームに入ってしまう。鏡の中の自分と目が合い我に返るも遅かった。
 男断ちはできても物欲に勝てない自分が恨めしい。

 ひざ丈のフレアスカートにシフォンのブラウス、明るい色のジャケットを着せられた私は、靴もベージュ色のパンプスに替え、ヤツに手を引かれてそのままの格好で店を後にした。

 私の鞄を持ったヤツが忙しなく腕の時計を見ながら化粧室の方へと向かう。
「化粧道具くらい持ってるだろ。ちょっと化粧直してきてくれ。ここで待ってるから」
「あのねえっ」
 堪えきれなくなって、私はトーンを押えつつも声を荒げる。
「ちゃんと説明しろ」

「ガラが悪いな。これから行くとこでは楚々としてくれよ」
 ああん? 睨む私から目を逸らさないままヤツは上着のポケットから取り出したものを、私の目の前に翳した。
 大きな石が付いた指輪だ。見た感じダイヤモンドみたいだけど、まさかねって思う。

「これつけろ」
「は!?」
「これから取引先のおっさん家に行って、婚約者だっておまえを紹介するから」
「…………」
 何を言ってるんだこの男は。

「でないと、そのじいさんの孫と結婚しなくちゃならなくなる」
「…………」
「出世のために気に入らない女と結婚するなんぞ、耐えられないからな」
 出世のために気まずい別れ方をした元カノを利用した男が抜け抜けと。
「結婚したい相手がいるんですって断ったら、それなら連れて来いって言うからさ。頼むよ」

 こいつはまた私を利用するつもりなんだ。
 怒りと胸の痛みと情けなさがごっちゃになって、私は目が熱くなる。
「サキ、頼むよ。おまえしかいないんだ」
「…………」
 そんな弱々しい声でお芝居されたって騙されない。ぎりっとくちびるを噛んで思ったけれど。

「わかった。メイクしてくる」
 ヤツの手から鞄を取ってメイクルームに入る。
 鏡台の一番奥の椅子に座り顔を上げると、青ざめて据わった目をした私が私を見ていた。
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