執愛気質のワンコ男子に全てを奪われるだけのお話

月咲やまな

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第3話(望月美百合・談)

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 翌週の月曜日。重い腰を上げてする出勤前のあれこれを終え、玄関から外に出る。仕事に対して別に不満は無いが『月曜日』というだけで気が重い。『だけど皆そんなもんだよな』と今週もまた思いながら部屋の鍵をかけていると、隣室の扉が開いて、「——あ、おはようございます!」と元気な声が聞こえてきた。週末を利用して隣の角部屋に引っ越してきた如月君だ。
「今から出勤ですか?」
「えぇ」と答えると、「じゃあ、途中まで御一緒してもいいですか?」と明るい笑顔と共に訊かれた。
「在宅勤務だと運動不足になるんで、目覚ましついでに近所をちょっと走ろうかと思って」
 成る程と納得し、「良いですよ。じゃあ、駅まで一緒に行きましょうか」と返す。駅までの道はせいぜい十分程度だ。新規のご近所さんと話すには程良い長さの時間だろう。

 案の定、会話の中身なんかあって無い様なものだった。『天気が良いですね』とか『あのお店のパンはオススメですよ』程度のものだ。だけど如月君は終始とっても楽しそうで、釣られてこっちまで自然と口元が緩む。まるで好奇心旺盛な子犬が足元を走り回っているみたいな時間でもあった。

(今日はいつも以上に頑張れそうだな)

 一人暮らしを始めてそこそこ長いが、近隣に住む人とこんな風に話すのは初めての経験だ。普段はせいぜい挨拶程度なものだから。だからか、余計にこの『駅まで』という短い時間がちょっと楽しかった。


       ◇


 出勤時に偶然如月君と遭遇して以降、彼とは着実に距離が近くなっていった。朝は彼のランニングのついでに駅まで一緒に行く事が当たり前になっていき、買い物先でも偶然一緒になって帰路も共にしたり、『料理に挑戦してみたけど、“適量”の加減がわからない』と泣きつかれて相談に乗ったりと。そうこうしていくうちに自然とお互いの部屋を行き来するように。そして一ヶ月程度が経過した今では——

 彼とは、私の部屋のソファーで膝枕をしてあげるくらいの距離感になってしまった。

「——っ!」
 うたた寝程度の仮眠状態からハッと我に返り、『いやいやいや!流石に隣人とこの距離感はおかしいのでは!?』とは思うも、ふにゃりと幸せそうに崩れた顔で横になっている姿を見ると容易く抗議出来なくなってしまう。子犬が戯れ過ぎ、疲れた体で甘えてきていると無碍にはし難いのと同じ状態だ。本物の子犬ならば抱き上げて寝所に運んでやる事も可能だが、実際私の膝で寝ているのは小柄ながらも男性なのでそれも出来ない。
 壁に飾っている時計の針はもう二十一時を回っている。時間も時間なのでそろそろ帰さねばと思っていると、彼の方から「ねぇねぇ、お姉さぁん」と声を掛けてきた。二十三歳である彼から見れば二十八歳の私は姉の様なものだ。この呼ばれ方にもすっかり慣れてしまったのはきっと実弟からもそう呼ばれているからだろう。

「クリスマの時期の予定って、もう決まってます?」
(……クリスマス?あぁ、もうそんな時期が近づいてきているのか)

「もし、特にまだ予定が無いんなら——」
(……え?え、ま、ま、待って!まさかデートのお誘い、とか!?)

 まだちょっと先ではあるが、こんなに早くクリスマスの予定を訊かれたとなれば、義務教育期間以外は全て女子校出身で恋愛ごとには無縁な生活だった私でも流石にわかってしまう。今は昔と違ってクリスマスは家族と過ごす人が多いと聞く。そんな中で、我先にと一大イベントの予定を訊くという事は——

(まさか、もしかして!?)

「二十三日の夜、良ければ一緒に出掛けませんか?」
(……あっ。あ、あぁ……キープちゃんの方だったかぁ)

 お誘いの日がクリスマス・イブですらないとか。瞬時に色々と察してしまった。どんなに距離感がバグっていようが、うたた寝を誘発する様な体温で膝枕を強請って私に懐いたフリをしようが、そこには少しも愛情的な感情は無かったんだ。無いからこそ出来る行為ってやつだったのか。……まぁ深く考えずともわかる事だったじゃないか。私の方が五歳も年上で、身長だって男性にしては随分と小柄な彼とは多分二十センチ近くも違うんだ、恋愛対象である可能性なんか最初っから皆無だって今さっきまではちゃんと理解していたのに……。

(『クリスマス』だなんて言われて、本当にちょっとだけ、勘違いしちゃったなぁ……)

 初老レベルなら誤差とも言えるが、十代や二十代での五歳差はかなり大きい。なのに一瞬だけでも自惚れてしまった自分を恥ずかしく思う。そもそもこんなヒョロ長いだけの女に興味を持つ人なんか学生時代に出会ったバレーやバスケの部員達くらいなものだったじゃないか。社会人になって以降はずっと珍しいモノでも見るみたいな目しか向けられていないっていうのに、短時間で急速に懐かれて、姉の様に慕われて、ちょっとだけ無自覚のまま頭の片隅で『もしかしたら』と思ってしまっていたみたいだ。
「あぁ……ごめんねぇ。その日は平日だし、普通に仕事があるから」
 精一杯の笑顔を浮かべ、淡々と返す。気にしいだなんて絶対に勘付かれたくなんかない。
「夜も、ですか?でも普段は残業とかほとんどしないですよね?」
 慌てて体を起こし、如月君が距離を詰めて問い詰めてくる。どうやら私なんかに断られるなんて思ってもいなかったみたいだ。きっとこの一ヶ月間は本命もそっちのけでこちらの御機嫌取りをしていたのだろうから、今までの時間が無駄になったとはすぐに認めたくはないのだろう。

(まぁ、イベントの日には大抵配信の予定があるから、もしちゃんとクリスマスにお誘いをされていたとしても断ってはいたんだけどねぇ)

 そのクセしてどうしてもスッキリしない。そんな身勝手な心境を抱えている自分が段々と嫌になってきた。
「うん、その日はもう今から残業確定だよ。年末年始も近いし、毎年の恒例なの。皆次の日は定時上がりか、いっそ休みしたいくらいだしねぇ。だから如月君もお仕事でもしたら?どうせイブや当日には彼女さんとデートでしょう?ごめんねぇ、『プレゼントのお買い物に付き合って』とかのお願いだったんだろうけど、相談に乗ってあげられなくって」と言いつつ、もう彼が私の膝から離れているのを良い事にすっと立ち上がり、「さて、もう遅いから解散しようか」と伝える。多分笑顔を維持出来ているかとは思うが、そろそろちょっと無理をしている感じが出ているかもしれない。

「か、彼、女?居ませんよ、そんな相手!」

 慌てて否定しているのが居る証拠。どうせ『こんなの簡単に落とせる』とゲーム感覚くらいで考えていた女に内情を気付かれて焦っているのがバレバレだ。
「もしかして、二十三日に誘ったから、ですか?これはイブとかはお姉さんの方が忙しいから、それでもせめてと思ったからであって——」と言い訳を重ねる如月君の頭を軽く撫でて彼の言葉を強制的に遮って、ちょっとすらも勘違いなんかしていない、『隣人のお姉さん』として徹すると態度を示す。すると余程悔しかったのか如月君の瞳が少し揺れた。
「そっか。でも、もう時間も遅いから、もう自分の部屋に帰ろうね」
 精一杯の虚勢を張って玄関ドアの方へ歩き出す。下手な言い訳をこれ以上聞く気は無いと伝える為の行動の矢先、急にふらっと足元と視界が揺れた。意識を保つのが辛く、そのまま近くの壁に体を預けてしまいたくなる。立ちくらみや目眩とも違う、具合が悪いとか、そういう感覚でもない。まるで単調な喋り方をする先生の授業中に抗いようの無い強烈な眠気に襲われた時みたいだ。

「……あ、やっと本格的に効いてきたかぁ。でもちょっと効きが弱いなぁ。さっきもすぐに目が覚めちゃったし。体が慣れてきた?それとも、やっぱ、ボクの体格向けに処方された量だとお姉さんには足りないのかなぁ」

 急速に意識が遠のく中、如月君のそんな呟きが聞こえた気がした。
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