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第三章

【第四話】訪問

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 診察時間が終わり、院内が静かになる。今日もあまり解呪作業が進まなかったが、昨日よりは多少マシだった。これがゲーム世界への移転だったならば『柊也は“老人のあしらい方”のスキルが少し上がった!』とステータスアップの表示が出たかもしれない。
「明日は更に時短出来るよう頑張ろうっと」
 待合室の椅子に座り、クイネが迎えに来てくれるのを柊也が待っている。そんな柊也の背後に立ち、ルナールは肩を揉み続けていた。
「そうですね。でも昨日よりは随分進んだ気がします。看護師の方に聞いた話ですと老人達はもう、一段落したそうなので、きっと明日からはサクサク進めるかと思いますよ。若い人は要点だけで済ませてくれるでしょうからね」
「そうなの?よかった……って、こんな反応したら失礼だよね。何だかんだいって、話聞いてるの楽しかったんだし」
「それに——」と言い、柊也が座る椅子の隣に置いた箱をチラッと見た。
「この村でもまた、沢山色々貰っちゃったよ。魚とか多いから……宿屋で何か作ってもらおうか」
「そうですね。もしくは、これから伺うクイネの家にお裾分けをするといいかもしれません」
「あ、それいいかも」
 マッサージ効果でうっとりした顔をしながら、柊也が賛同した。
 首を指先で撫でたり、肩のツボを指圧されたりしてルナールが体を解してくれる。何となくこうやるのかな?と見知った知識だけで揉んでいるのだが、それでも充分柊也は気持ち良さそうだ。
 そんな柊也のだらけきった様子を目にして、ルナールがクスッと微笑んだ。『可愛いなぁ、食べちゃいたいくらいですよ』と考えてしまい、つい尻尾が元気に動いてしまう。
「失礼しまーす!お迎えにあがりましたぁ」
 元気な声が病院の入り口から聞こえ、同時にガラス戸が開いた。クイネが迎えに来たのだ。
 声が聞こえたと同時に、ルナールがチッと舌打ちをする。二人の時間を邪魔されたのが癪に触ったのだが、ルナールはすぐに顔を笑顔に戻した。
「すみません、今までまた奥さんを説得していたんですが……」
 しゅんとした顔をし肩を落とす仕草が、クイネは立派な大人なはずなのに妙に似合っているのは、柴犬っぽさのおかげだろう。
「では行きましょうか、トウヤ様」
 ルナールが柊也の前に回り、手を差し出す。あまりに自然な流れだった為、柊也は迷う事なくその手を取って「うん、行こうか」と立ち上がった。

       ◇

 小さな商店街を三人で歩きながら、柊也はクイネに向かい「本人にお会いする前に、奥さんの事を話してもらってもいいですか?」と声をかけた。途端、クイネの顔がパァと明るくなり、柴犬タイプの尻尾がブンブンと激しく動く。『あ、それ言っちゃうと話が長くなるワードだったっぽいですよ』とルナールは思ったが、柊也が言ってしまったからにはもう撤回出来ないので、自分は聞き流せばいいかと考え、口にはしなかった。
「ウチの奥さんはシュキュウといいます。大きな黒い目と小さな体が愛らしい、鱗肌が気持ちいいヤモリタイプの人なんです。ヤモリタイプの人って“家守やもり”って言われる事があって、家を守る事に特化している人がとっても多いんですけどね、ウチの奥さんも例に漏れず家事全般が得意で料理も上手で庭の管理なんかも一人でキッチリ出来ちゃってボクの出番なんか皆無って感じで——……」
 クイネはシュキュウという奥さんの話を始めた途端、堰を切ったように止まらなくなった。自慢したくって仕方がない気持ちが言葉どころか全身からも溢れ出している。柊也は幸せをおすそ分けしてもらってるなぁとほんわかした気持ちで「うんうん、それはすごいですね」と相打ちを入れながら聞いていたが、ルナールの方は心底興味無し!といった雰囲気だった。
「——ボクらは親の協力を得て結婚したので、婚前はほとんど話した事が無かったんですよ」
「でも、話を聞く感じだと、とっても仲が良さそうですね」
「……よくそれで結婚までしようと思いますね、私だったら逃げてますよ」
 好意的な反応を示した柊也とは反対に、ルナールが正直過ぎる意見を述べたので「ルナール!」と柊也に小声で怒られた。
「まぁ狭い村ですし、幼馴染だと言えなくもないくらい前からの知り合いではあったので。話はあまり出来なくても、遠くから見ていたり他人と接してる姿をずっと観察していれば人となりはわかりますから、結婚への不安は全く無かったです」
「それならもっと話せば良かったのに。きっとその方がシュキュウさんも喜んでくれたのでは?」
「……シュキュウさんは僕と居ても楽しそうではなかったので、必要が無い限りは見てるだけにしていたんです」
「それって、嫌われていませんか?」
 またズバッと思った事をルナールが口にししたので、柊也がルナールの腕を肘で思いっ切り突いた。
「あはは。例えそうだとしても、奥さんはボクと結婚してくれました。ボクはそれで満足です」
 傷付くかと思ったが、クイネの反応は随分あっさりしたものだった。
「えっと……シュキュウさんに異変があったと感じたのはいつからなんですか?」
 柊也が慌てて話を逸らした。このまましていい話の流れでは無い!と思ったからだ。
「結婚式を挙げた日からです。なので……一ヶ月前くらいでしょうか」
「状態は?」
「ボクとも話してくれるようになったんです」
 この人は何を言ってるんだ?夫婦になったのならそれって普通では?と、柊也は思った。
「結婚前までは、ボクと会ってもこちらの顔をジッと睨んできたり、無言のままだったりで会話らしい会話が成立してこなかったんです。なんとなくの流れで、初めて二人きりで天体観測をした時なんか、ボクが『綺麗な星空だね』って声をかけたら『吐きそうだ』って言ったっきり、どっか行っちゃいましたしね」
 なかなか悲惨な関係だなと柊也は感じたのに、クイネは楽しそうに話していて、全然傷付いたような気配が無い。
「初めてあげたプレゼントは目の前で落とされて割れちゃいましたし、婚約指輪はつけてもくれませんでした」
「……やっぱり嫌われ——」と言いかけたルナールの口を、柊也が背伸びして掌で塞いだ。二度も聞かせたい言葉じゃ無い。
 そんなやり取りをしている二人の横で、クイネは頰を少し染め、恍惚とした顔をしている気がする。話している内容と、表情が全く一致していない。
「それなのに結婚式を挙げてからは、一緒の部屋に居てくれるんです!挨拶したら応えてくれるし、ご飯を用意したうえに一つのテーブルで同じタイミングで食べてくれるし、仕事に行く時は送り迎えをしてくれたりまで!口数は少ないままだけど、会話が成立するんですよ⁈絶対に変です」
 ゾッとするモノでも見たかのような顔で、クイネが言った。
「それって、喜ぶべきじゃ?普通の夫婦って感じですけど」
 オカシイと思う点が柊也には無かった。むしろ素敵な関係になれて喜ぶべきでは?と思ったくらいだ。
「そう……なんでしょうか」
 ガックリと肩を落とし、クイネは落ち込んでいる様だ。
「んー……ねぇ、ルナール。僕らが対処しないとならないインバーション・カースって呪いは“反転する”ものなんだったよね?」
 柊也がルナールの腕を引っ張り耳の近くに顔を寄せる。小声で訊いた問いに、ルナールが腰を屈めながら頷いて答えた。
「確かに聞いた限りでは人格が逆になってる感じだけど、ルナールはどう思う?」
「私的には、『嫌いな相手と結婚させられたはいいが、離婚も無理だし諦めて距離感を伺ってる』といった感じに思いますけど」
「……あー、まぁそれもあり得るのか」
 ルナールの意見も納得でき、柊也は困った顔になった。そうだった場合、自分達では何もしてあげられない。夫婦間で話し合い、解決してもらうべき問題だ。
「どうかされましたか?」
 道路の真ん中で立ち止まり、二人でコソコソ話している柊也達に気が付いたクイネが声をかけてきた。小声で話していたやり取りは、どうやらクイネには全く聞こえていないみたいだ。
「すみません、こっちの話です」
 笑って誤魔化し、柊也達がクイネの後ろについて歩き出す。商店街を抜け、海とは正反対の道に進んで行くと、クイネが軽く振り返り「もう少しで着きますよ」と二人に声をかけてきた。
 庭や畑が大きな家が周囲に増え始め、木造の家の煙突からは煙が立ちのぼっている。夕飯時が近づいてきているからか、何かを焼くようないい香りが漂ってきた。昼時に食べたきりなので、柊也は匂いのせいでちょっと空腹を感じ、軽くお腹を押さえる。早く終わるといいなぁと思ったが、期待はしないでおこうと心に決めた。

 木製の背の低いゲートを開けて、クイネが一軒の家の敷地内へ入って行く。
「こっちです、さぁどうぞ」
 クイネが振り向きながら、二人に声をかけた。
 話に聞いた通り、家の前にある庭は今まで通り過ぎてきたどの家よりもよく整えられていて花も元気そうだ。色彩を考えて植えられた一年草は綺麗に咲き誇り、背の高い木々は奥の方に植え、きっちり刈り込まれている。離れた位置に見える畑もしっかり整えて植えられており、シュキュウという奥さんがとても几帳面なタイプの獣人である事が窺い知れた。
 丸太で作った平屋建ての家に向かい、クイネが「シュキュウ、今帰ったよ!」と大きな声をあげる。すると数分の間があった後、上部に花をイメージしたステンドグラスがはめ込んである木製の玄関ドアが開き、家の中から小柄な人がオドオドした様子で顔を覗かせた。
「ただいま!ごめんね、もしかして今忙しかった?」
「…………料理を、していました」
 小声で言った声はとても小さく、聞き取り難い。でも確実に男性だとわかる声を聞き、柊也が『奥さんって言ってたから女性だと思ってたぁ!』と思ったが、同時に『いい加減そういう世界だって慣れろよ、自分!』と即座につっこんだ。
「そっか、ごめんね。お客さんを連れて来たんだ、あがってもらっても?」
「…………はい」
 クイネはずっとシュキュウの顔を見て話しているが、シュキュウの方は眉間に深くシワが入っていて一切クイネを見ていない。
「どうぞ。いっらっしゃいませ」
 ドアを開け、シュキュウが柊也達に軽く頭を下げた。
 鱗っぽい肌に夕日が当たり、少し虹色に見えてとても綺麗だ。茶色い髪はとても短く、スポーツ刈りに近い。大きな瞳には白目部分が全く無く、黒目のみなのだがそれが妙に愛らしい。口元は横に長くって、『なるほど、確かにヤモリタイプの獣人さんだ』と柊也は思った。
「お邪魔します。すみませんこんな時間に」
「いいんですよ、お客はいつでも歓迎です。さぁ、どうぞこちらへ」
 柊也に答えたシュキュウの声は普通のボリュームで、とても聞き取りやすいものだった。淀みなく、普通に返事をされて柊也の頭に不安がよぎった。
(ルナールの考えに一票って感じかな?これは……)
 クイネの愛妻ぷりを聞き知っているだけに、柊也は彼の一方通行かもしれない感情を不憫に思えてきた。
 靴を履いたまま中へと進み、居間に案内された。十畳間程ある空間はソファーやテーブルなどが並んび、花や植木鉢なども多少はあるが、基本的にとてもシンプルで掃除のしやすそうな内装だった。壁には色々なデザインの地図や、クイネを描いたと思われる肖像画が飾られているがシュキュウのものは無い。結婚した夫婦の家というよりは、クイネが一人暮らしをする家に家政夫さんが居るといった雰囲気だった。
「お飲み物は紅茶で良かったですか?夕飯もよかったら一緒にどうぞ」
 シュキュウの横長の口元が緩やかに笑みを浮かべ、可愛らしい。軽く首を傾げて問われ、柊也はつい勢いで「頂きます!」と答えてしまった。
「では、用意してきますのでソファーに座って寛いでいて下さい」
 促されて柊也はソファーに座ったが、ルナールは肩にかけていた鞄をそのシュキュウの前に差し出し、中を見せた。
「村の人から頂いた食材なのですが、旅の身では食べ切れないので使って貰えませんか?貴方は得意そうだ」
「いいんですか?ありがとうございます」
「運ぶのを手伝いましょう。貴方が運ぶにはかなり重いと思うんで」
 ルナールが珍しく柊也以外に気遣いをみせた。柊也の様に小柄で可愛らしい人には、ちょっと弱いみたいだ。
「ボクが手伝いますよ!」
 クイネはそう言うと、ルナールの鞄を奪うように受け取った。明らかに『奥さんによく思われたい』オーラが漂っている。
「重っ!」と叫びはしたが、ヨロけながらも頑張って台所の方へ運んで行く。そんなクイネを、オロオロした顔で見ながらも、シュキュウは彼の後をついて行った。
「……どう?シュキュウさんは呪われてる?」
「いいえ。夫婦共にそういった状態ではありませんね」
「そっかぁ」
 呪われていたのなら、『解呪したよ。ご飯も食べたし、帰るね』と宿に戻れたが……さて、クイネをどう納得させようかと思い悩み、柊也は目を瞑って軽く呻いた。
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