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第四章

【第十話】水晶球

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 二人目となる“純なる子”の到来を聞き、一瞬とっても嬉しかった柊也だったが、『僕はもう用済みって事?』と考えてしまった途端に、彼の目の前が真っ暗になった。少し前にやっと、自分がルナールに対してどう思っていたのか気が付いたばかりだというのに、見付けた気持ちを堪能して育む前に破棄処分しなければならないのかと、心が沈む。最適解では無かったおかげで力不足な自分はこの旅がまだまだ続くと思っていたのに、上演の最中に主役からの降板を宣告され、急に幕が下されたような気分だった。
「……トウヤ様以外の者が、孕み子を呪いから救う?それは危険なのでは?その者が我々と同じく、完全なる解呪を望んでいるとは限りません。既にもう違う考えの者と意気投合している可能性だって有り得ます。なので私はこのまま、トウヤ様が孕み子を救うべきだと考えます。トウヤ様が一番に孕み子に逢い、彼を救うのは絶対にトウヤ様であるべきです。トウヤ様以外の者が側に来るなど……考えただけでも反吐が出る」
 柊也を背後から強く抱き締め、ルナールが水晶球に対し睨みつけるような目を向ける。酷く感情的になっており、戦闘中ですら沈着冷静な彼らくない。全身から冷気が漂い、周囲の温度を一気に下げる。そのせいで近くの花瓶にいけてあった花が少し凍って崩れたが、柊也の体だけは温かなままだった。
「ルナール⁈どうしたの、落ち着いて!」
 ルナールに抱きとめられる力が強過ぎて柊也の骨が軋む。好き人に背後から抱き締めてもらえているという美味しい状況のはずなのに、喜ぶどころか大蛇に絞め殺される前の獲物のような気分だ。
 巨体と厳つい顔のせいで歴戦の強者にしか見えないウネグでさえその視線の強さに背筋が凍るのを感じ、慌てて口を開いた。
『お待ちを!何も私はトウヤ様に純なる子を辞退しろなどといった話はしておりませんぞ!むしろ、お二人が力を合わせれば、今日明日にでもユラン王子をお救い出来るのではと考えております』
 ウネグの言葉を聞き、柊也が安堵の息を吐いた。不用品扱いをされて即元の世界へ送り返されてしまう心配はどうやらなさそうだ、と。
(それはそれとして、目下の問題はこの軋む骨をどうにかしないと、マジで折れる!)
 ヒビが入る前に、折れる前に放してもらわないと!と焦りながら、柊也がルナールの腕をバシバシと叩く。そこでやっとルナールが我に返り、「あ……すみません」と力を緩めたが、抱き締めたまま柊也を離しはしなかった。
『王妃様も「サイズ合わせがしたいから、ちょっとトウヤ様に会ってみたい」と不可思議な事を申しておりますし、出来るだけ早く王都へとお戻り下さい。協力する事に対しルナール様が不安を抱いていると理解はしましたが、純なる子のお二人はどちらも最適解ではない以上、力を合わせるべきかと』
 サイズって、何のだ?という柊也の疑問は、後に続いた言葉に掻き消された。
「……もう一人も、僕と同じなの?」
『同じというには語弊がありますな。相当な力量の方ではあるようです。一瞬でエゾ地方一帯の解呪を、魔法具も使わずにおこなったという話ですからな』
 この国で二番目に大きな面積の島を一瞬で解呪した者に対してすら『最適解では無い』とは、どんだけの力を求めているんだよこの人達は!と、柊也は叫びたい気持ちになった。
「じゃあもう、国土の上半分は既に解呪済みって事か……」
『いえ、エゾ地方のみです』
「何で?従者も居るっぽいし、僕みたいに旅に出たりしてるんじゃ無いの?あ、それだけの力があれば、もう王都へ向かっているとか?」
『何もしておりません。神殿と街を往復する事はあっても、カムイの街からは一歩たりとも出ておらず、完全なる引きこもり状態ですな』
「え、何で?僕なんかよりすごい子なのに?」
『エゾ地方から動こうとしない理由を二人目の純なる子の従者となった者に訊いても「アレはヤバイ。王様に見せていいものじゃない」とだけしか言われず、意味がさっぱりわからないのですが、まぁ直接我々ないし王家から呼び出し状を送れば、流石に王都までいらっしゃるでしょう!』
 楽観的な発言をするウネグだったが、ルナールの顔色は酷く沈んだままだ。柊也も珍しく『違う世界から来たんだったら、権威ある機関からの通知が着てもピンとこないんじゃないかなぁ……』と後ろ向きな考えだった。
「ですがウネグ様、私達は完全なる解呪の方法も見つけておりません。手段が無いまま集まっても、また呪いを封印して終わるだけなのでは?」
 完全なる解呪の方法を微塵も探していなかった事は棚に上げ、ルナールが指摘した。
『それに関しては、私に一つアテがあります。記録院バベルの研究員が、可能性のある方法をいくつか知っているかもしれませんぞ』
 バベルって……今にも怒った神様に崩されそうな名前の機関だね、と柊也は思った。
「……あの、偏屈の塊みたいな者達が、ですか?知っていたとして、我々にその知識を与えてくれるでしょうか」
『その辺もご心配無く!記録院のおさからも「トウヤ様に会わせろ」と通知がきましたからな、何かヒントくらいはあるのかもしれませぬぞ!千年に一度しか会えぬ“純なる子”は彼らにとって一番の研究対象ですからな、トウヤ様をダシに使えば色々と聞き出せるというもの!』
「僕をダシに使うとか、思っていてもハッキリ言わないの!」
『はっはっは!まぁまぁそう怒らずに』
「まぁ……確かに、色々聞き出せそうではありますね。トウヤ様から訊いて頂ければ」
『では決まりですな!一刻も早く王都までお戻り頂き、王妃様の希望するサイズ合わせ……とやらはまぁ後回しにしたとしても、記録院までお二人に出向いてもらうという事で決まりですな。奴らは何千年だか何万年だか前から記録院から出てこようとしない、年季の入った引きこもり集団ですからなぁこちらに来いと言っても、絶対に出ては来ませんですから』
「記録院とやらがそんなに前からある事の方が、僕は驚きですよ」
『我等のルプス王国自体が、世界最古の王族が統治する国ですからな。関係機関の歴史もそれだけ長いというもの。ですが今までに純なる子が生まれた事は一度も無かった為、ユラン王子の誕生時にはもう……』
 過去を思い出し、ぽろっと一筋の涙を零したウネグが『いかんいかん、歳をとると涙脆くなってしまいますな』と言い、すぐに気持ちを切り替えた。
『その神殿からでしたら、峠越えのワイバーンを管理をしている町が近いでしょう。明日にでも彼等を借りて、王都までひとっ飛びで戻れますな』
「そうですね。ですが神殿や王城には立ち寄らずに、そのまま記録院へ向かおうと思います。その方が二度手間にもならず良いでしょう。トウヤ様もそれでよろしいですか?」
 王妃に捕まれば何が起きるか見当がついているルナールが、腕の中に抱いたままだった柊也にお伺いを立てた。
「あ、うん。いいんじゃないかな」
 軽く振り返り、柊也が歯切れの悪い返事をする。もう、そう長くはルナールと一緒には居られないのだと思うと、胸が苦しい。骨も少し……まだ痛い気がする。このままだと早々に離れ離れになるけどルナールは平気なのかなぁと一瞬考え、余計に痛みが増した。
『決まりですな!王城へはまだ待っていて欲しいと、記録院の方へは明日にでも向かうと報告を私から入れておきましょう』
「ありがとうございます。あ、報告といえば、今までの事はこちらから改めて何かお知らせしなくても大丈夫ですか?」
『そうですなぁ……我等の方でも町中での出来事は大雑把に把握しておりますが、移動中の過程に関しては全く連絡が無いので、何か面白い話でもあればお聞きしたくはありますな。なにぶん私は職種柄王都から出る事も少ない為、冒険譚には非常に飢えておるのですよ』
 魔王だって倒していそうな顔で言われても、柊也にはなるほど!とは思えなかった。だが、まだ時間もありそうなので、とても頼りになるルナールの戦闘シーンの話やスライムとの情けない初戦(もちろん戦闘後の事は絶対に秘密だ)、失明していたトラビスのと出会いなど、色々な話を柊也は水晶球を通してウネグに話した。
 その間はもちろんずっとルナールに背後から抱きつかれたままだった。柊也が長いことウネグと話していると、ルナールは手持ちぶたさになったのか、柊也の頭部に頰をすり寄せ、匂いを嗅がれながらとなってしまった為途中途中で何度も話が途切れたが、そんな二人の様子すらも、ウネグは息子達でも見るような温かな眼差して見守っていた。


『なるほど、それはそれはとても大変だったようですなぁ。……しかし妙ですな』
 腕を組み、んーと唸りながらウネグが頭を捻る。
『随分と魔物が多くはないですか?確かにこの国には魔物が存在してはおりますが、恐ろしい程の脅威という訳ではございません。奴等の長とも協定がありますゆえ、害をなす程に暴走した者の扱いは互いに好きにしていい約束ではありますが、基本的にわざわざ旅をする者の元へ出向いてまで襲ってくる事は……無いとは言いませぬが、それにしても多過ぎる気がしますなぁ』
「そうなんですか?異世界転移ならこういうもんなんだなとしか思っていなかったので、全然気が付かなかったです」
「私も同じです。旅に出たのは初めてでしたから、王都から離れれば魔物が多いという基本知識しか無かったもので、これが自然なのだとばかり」
『……ま、まぁ、お二人がご無事ならそれで良しとしますか!ですが、ちょっと気にはなりますので調べてはおこうかと。何かわかりましたら、お二人にもお知らせしましょう』
「ありがとうございます」
『いえいえ。本来は神殿の者が行なう仕事ではありませんが、まぁ人手だけは多いですからな。自然と情報が集まってきますので、こういった事は得意なのですわ。さてと、もう随分と遅くなってきましたし、今日はこの辺でお開きですかな』
「あ、そうですね!…… うわ、まだ明るいと思ってたら勝手に蝋燭とか灯ってるし!」
 日が沈み、それでも室内は明るかった為、柊也の時間感覚的にはまだまだ夕方にもなっていなかったのだが、もうとっくに夕暮れすらも通り越していた。その事に気が付いた瞬間、ぐぅと腹の虫が鳴き空腹を訴えてくる。
「食事のご用意をしないとですね」
「うぅ……何かゴメン」
 腹を押さえ、柊也が謝った。
『では。再会を楽しみにしておりますぞ。その時は是非朝まで飲み明かしましょう!』
「……それは勘弁して下さい」
 色々とひどい結果になる事が安易に想像でき、柊也は即座に断ったのだった。
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