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【第四章】歩み

【第九話】疑問・前編(ルス・談)

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(——い、いいいっ、言ってしまった!我儘じゃ無かったかな、面倒だとか思われなかったかなっ)

 平然と、朝ご飯を食べる事で頭が一杯になっているフリをして着替えを済ませ、リアンの部屋に急いで向かう。

 失敗した…… 。かもしれない。
 過去を再体験するみたいな悪い夢を見て気持ちが凹んでいたとはいえ、そんなタイミングで、機嫌直しの為のプレゼントを受け取りやすい口実として『記念日に欲しい物が何かないか?』と気遣うみたいに訊かれたとはいえ、だ。『ワタシはスキアが傍に居てくれるだけで、寂しくないってだけで充分嬉しいよ』だなんて言ったのは、やっぱりマズかったのだろうか。別段嬉しそうでもなく、何となくスルーされた気さえするせいか、段々不安になってくる。

(やっぱり、高望みだったのかな…… )

 森の奥深くで命を救われて以降、ほぼずっと傍に寄り添ってくれ、同じ布団で眠ってまでくれていたからつい調子に乗ってしまった。毎晩の様に体に触れてくるから、より一層ワタシ達は『夫婦』なんだって感じがして、心が勘違いをし始めているみたいだ。深くにまで触れてくるアレはただ契約印に魔力を馴染ませているだけなのだと、何度自分に言い聞かせて窘めても、ふとした瞬間に見せてくれる熱の籠った眼差しと流れ落ちる汗を前にすると、『好きって感情をぶつけられるのって、こういう感じなのかな』だなんて勝手な妄想が頭に浮かび、いつも過度な反応を返してしまう。事が済んで冷静になる度に猛省してはいるが、あんな目と視線が絡んでは、むしろ『増長するな』という方に無理があるのでは?と、言われてもいないのに逆ギレしそうになってきた。


 気持ちを宥めつつリアンの部屋の扉をノックし、反応がない事を確認してから部屋に入って大きなペットベッドで眠っているリアンに声をかける。
「…… 起きて、リアン。朝だぞー用意しないと、遅刻しちゃうよー」
「くぅぅんっ」
 瞼が閉じたまま、でも返事だけは返してくれた。寝る子は育つと言うけれど、リアンはよく眠る割にあまり成長していない気がする。栄養が足りていないのか、ワタシの管理が悪いのか。今のこの子は長寿種であるそうだから、ただ単にフェンリルという種の成長ペースが遅いだけだといいんだけど。
「起きた?歯磨きしに行こうね」
「くあぁぁぁっ」と大きな欠伸をし、リアンがペットベッドから体を起こした。風呂上がりの体をスキアがしっかり乾かしてから寝たはずなのに、寝癖で酷い事になっていてちょっと可愛い。
「さぁ行こうか」
 腕の下に手を入れてリアンを抱き上げた。何度抱っこしてもこの体温には本当に癒される。昔と違って、『自分は一人じゃないのだ』と思えるからだろう。


 洗面所に到着し、リアンの歯を磨く用意を始める。
「はい、お口開けてねー」
 床に座って自分の膝を軽く叩くと、ゴロンと腹を見せてリアンがワタシの膝枕に頭を乗せた。既にゴブリンくらい余裕で噛みきれそうな程に立派な歯を綺麗に歯ブラシで磨きながら、『いつまでこうやって世話を焼いてあげられるんだろう?』と考えた。
 今はリアンとスキアの三人家族というていではあるけれど、弟であるリアンはいずれ独立して家を出るはずだ。その時はもう、結婚しているかもしれないし、何処かで遠くで仕事をするようになっているかもしれない。

 そうなった時でもまだ、スキアはワタシの傍に居てくれているんだろうか?

 契約関係ってだけのワタシ達には、保証なんか何一つとして無いのだ。
 憑依している限りはずっと、夫婦として傍に居てくれると言っていた言葉はきっと嘘ではないだろう。だからつい、未来への期待を込めた言葉を口にした。仮初の夫婦関係である以上は一定の距離感を保つべきなのに、だ。夫婦っぽい事をどんなに重ねていこうが、ワタシ達はキスすらした事のない間柄なのに、ワタシは彼に何を期待しているんだろうか。

(飢える心配がないというだけで充分幸せなのに、これ以上一体自分はどうしたいんだろう?)

 自問自答しているうちにリアンの歯磨きを終えたので、口をゆすがせる。自分の歯磨きと洗顔も終えてから、ワタシはリアンと一緒にキッチンへ向かった。


「おはよう、リアン。よく眠れたか?」
「わうっ!」
 キッチンに立つエプロン姿のスキアが眩しい。菜箸を片手にリアン用のお弁当箱におかずを詰め込んでいる仕草にも癒される。やってくれている事が完全にワタシ達のお父さんって感じだ。面倒見が良く、幼いリアンの扱いにも慣れていて、料理の腕前もかなりのものである。スキアは『このくらい、長生きしてきたからやれる』って言うけれど、ワタシの前の憑依対象者達にもきっと、同じ事をしてやっていたから自然と体が動くのだろう。そう思うと、ちょっとだけもやっとした感情を胸の中に感じた。

「すぐ飯にしような」
 リアンを子供用の椅子に座らせると、スキアは次々と料理をダイニングテーブルに並べていく。
 彼が来てくれたおかげで我が家の食事レベルは劇的に向上した。そのおかげかリアンもワタシも毛並みが随分と綺麗になった気さえする。いつも通りに手を合わせ、「いただきます」と告げてからパンに手を伸ばす。黙々と食事を食べ進めていると、スキアがこちらをじっと見てくていることに気が付いた。
「——?顔に何かついてる?」
 首を軽く傾げると、スキアは首を横に振った。

「あ、いや。ただその、僕と会う前の二人は…… どんな感じだったのかなと思っただけだ」

 彼の一言を聞いて、熱いコーンスープがなみなみ入ったカップを手から落としそうになったのをスキアが咄嗟に受け止めてくれた。
「おい!火傷するぞ。簡単に治せるからって、油断はするな」
「ごめんごめん」
 カップをしっかり手に持ち、すぐに謝る。今まではワタシ達の過去なんか気にしないでくれていたのに、急にどうしたんだろうか?
「勘違いするなよ。別に、こっちの世界に来る前の事が気になったわけじゃないんだ。知らない世界の話を聞いたってどうしょうもないしな」
 ワタシがちゃんとカップを持った事を確認すると、ワタシの反応から何かを察してくれたのか、心底興味がなさそうな顔でスキアが言った。その事に心底安堵し、「そっか」と短く返す。

(ワタシ達の過去が気になるっていうのは、喜ぶべきなのかな)

 興味を持ち始めてくれたという事は、ワタシが、ただ都合が良かっただけの憑依対象者というだけじゃなくなってきたのかもしれない。そう思うと、不思議とその事が堪らなく嬉しいと感じだ。
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