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第13話 魔女の夫 ①

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 有珠斗はほほを引きつらせながら尋ねる。

「僕の夫、僕が女性に、どういう意味でしょう……?」

  バフォメットはくい、と黒眼鏡を上げた。

「魔女は本来、その名の通り、女性です。魔女は妊娠しても娘しか宿さない。魔女の魔力は母から娘へと継承されてきました。そして魔女の心臓は長女へ。心臓を受け継ぐ長女が魔女として最も強い力を持ち、次女以下の魔女たちが長女を支える。それが魔女の本来の形です」

「でも僕は魔女ではなく魔男なんでしょう?あなた方も」

「魔男とは非常にイレギュラーな存在なのです。マルキリア大帝国時代、ザンドギアス大王の魔女狩りから逃れる最後の手段として、我らが始祖ワルプルギスは、胎内の子の性別を男に変える術を施しました。大魔女ワルプルギスだからこそなし得た奇跡の御業です。そうして生まれたのが長男ファウストと次男メフィストフェレス。最初の魔男です」

「お腹の中の娘を息子に作り変えた……」

「いかにも。男が魔女とは誰も思いません。男であるが故に、我ら魔男の一族は魔女狩りを逃れ、魔女絶滅の後も生き残り、ひそかに魔女の血脈を現代まで繋げることができました」

「魔女狩りから逃れるために男になった……」

「しかし魔力はその本質からして、陰のもの……女が持つべきものなのです。邪神の眷属となり果てた神子どもは例外として、男が魔女の心臓の能力を行使するためには、魂を陰化……女性化させねばなりません。陰化して初めて、聖統魔男は真のファウストとなる」

「魂を女性化?」

「はい。陰化した最初の魔男、初代ファウスト、紅の瞳のファウストは、母ワルプルギスに匹敵、いやそれをも凌駕する力を持っていたと伝えられています。なお初代以来メフィストフェレスの子孫が、聖統魔男の夫役を担ってきました。百年以上前、あなたの祖先八代目ファウストが誰にも告げず異世界に旅立つまで」

「百年以上前のファウスト……そうだ思い出した、我が家の家系図!明治時代に不破家の婿養子となった外国人の先祖がいます。ドイツ出身の貿易商人と名乗っていたそうですが、名前はファウストだった。我が家にいわゆるハーフ顔が生まれるのはその先祖のせいと言われていましたが、そうかそれが……!……ってそれよりも!」

 不破家の家系図に記されていたファウストの名、というのは非常に興味深い気づきではあったが、今はそれどころではなかった。
 有珠斗は意を決して、聞かねばならぬことを聞く。

「だから女性化って具体的にどういう意味ですか!?僕に女装でもしろってんですか?」

 ヴィネが笑う。

「女装で陰化できるなら夫役いらねえだろ?」

「じゃあ一体どういう……」

 するとヴィネはなぜか、有珠斗をてっぺんから足先まで眺めた。そして、 

「……アリだな」

「何がです!?」

 ヴィネは有珠斗のあごをつまんで持ち上げる。男らしいくせにセクシーな褐色イケメンが、じっと有珠斗を見つめた。

「うん、俺、全然いけるわ。顔はすげえ可愛いし肩も首も腰も女子みたいに細いし、初心そうでアホそうで、そのくせ実は度胸据わってるところがいい。こんな面白い女、他にいねえだろうな」

 言いながらどんどん、そのセクシー顔を近づけてくる。大きな手はあごから有珠斗の首筋へと移り、くすぐるように撫でつける。

「え……、あの……」

「……なあ、俺にしねえか?」

 ものすごいセクシーボイスを耳元に注がれうっかり失神しかかり、有珠斗は慌ててヴィネの手から逃れた。イケメン恐るべし。

「し、質問に答えてから話を進めて下さい!あと僕は別に細くはないです、日本男児として平均的な体形ですしアホでもありません!この間の全国模試だって全教科全国順位十位以内で……」

「ちょっと待ってヴィネ、君みたいな筋肉男に処女を奪われるなんて、ノンケの男の子にはトラウマものだよ!」

「処女を奪われるとは!?」

 ぎょっとすることを言ったのはラミアである。あと「ノンケ」とはどういう意味なのか。日本語に変換されない異世界用語か。
 ラミアはヴィネを押しのけて有珠斗にずいと近づくと、あやすような手つきで有珠斗の髪をなでる。
 透き通る青緑の瞳を、優しげに細めた。
 妖精か天使か精霊か。性別というか種族をも超越している美人に、子供のように頭をなでなでされている。
 
「僕にしたらいい。僕の見た目なら君も安心できるはず。怖いことは何もないからね、全部僕にゆだねて」

 ラミアはなぜか、超いい匂いがした。花のような果実のような。ラミアの綺麗な指が、有珠斗の唇をなぞる。甘い香りに包まれて、甘い声が囁く。

「僕が君を、女の子にしてあげる」

 あまりの甘さにうっかり酩酊しかかり、有珠斗は慌てて後ずさる。なんとか正気を保った。美人恐るべし。

「で、ですからまず質問に答えて下さい!ほんとになんの話してるんですか!?」

「分かってないなラミア!」

 バフォメットがそう言いながらなぜか、黒眼鏡をしゅっと外す。
 隠されていたのは、やや落ちくぼんだ青灰色の瞳。よくよく見れば、なんと。

(い、意外にイケメン!イケオジってやつか!)

 いぶし銀の深みがあり、往年のハリウッドスターのようにかっこいいではないか。
 渋いロマンスグレーのイケオジは、暑そうにシャツの第一ボタンを外す。むしろ涼しいくらいの室温だが。
 自然な仕草で有珠斗の手を取り、紳士らしい笑みを浮かべた。

「生息子の固い蕾を優しく花開かせるのに重要なのは、見た目よりも技だ。お前たちは若すぎて事をせいてしまうだろう。私だ、私に任せなさい若人よ。私以上の手練れはいないよ。痛みも不快感もなく楽園の扉を開いてあげよう」

「つぼみ?らくえん?」

 有珠斗はきょとんとする。見た目は紳士だが、言ってる言葉の意味はさっぱり分からなかった。
 バラ園か何かの話だろうか。園芸が趣味なのだろうか。

 兄弟たちは一様に、ゴキブリでも見たような顔をした。

「はあ?ジジイが何言ってやがる!なんでてめえが選択肢に入ってるんだよ!」

「信じられない、汚らわしい!」

 ヴィネがのけぞり、ラミアが吐き気をおさえるように口元に手をやる。
 ビュレトと一緒にケルベロスの体をクッションにして退屈そうに寝そべっていたオライも非難する。 

「そうだよ、キャンディがかわいそうじゃん!」

 ついでにビュレトも「あうー」と怒った声を出した。
 バフォメットがオライをびしっと指さす。

「オライ、まだいた!子供が口をはさむんじゃありません、ちょっと向こうに行ってなさい!」

「子供の前でこんな話始めたのそっちでしょー。ビュレトも『重婚は犯罪』って言ってるよ」

「ビュレト君、賢すぎないですか!?そんな難しい言葉を!?」

「とにかく俺にしとけって、ウスト」

「僕に決まってるでしょ、公明正大、すこぶる客観的に考えて僕だ」

「だ、だからどうか何の話をしているのか教えてくださ……」

 わけがわからなすぎてウストの目に涙がにじんだ時。
 喧噪のカオスを、長兄が一喝する。

「貴様らいい加減にしろ!そんな話は後でいい!」

 サマエルの迫力のある声が馬車内に響き渡り、しん、と静まる。
 有珠斗は、ほっと息をつく。
 困っている有珠斗を見かねて、サマエルが助け舟を出してくれたような気がした。
 いや違うかもしれないけれど。サマエルは単にうるさいと思っただけかもしれないけれど。
 でも有珠斗は、サマエルに救われた心地だった。

 静まった馬車内で、バフォメットが黒眼鏡をかけ直す。
 そしてぼそりとつぶやいた。

「チェリーボウイは黙ってなさい」
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