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1 大嫌いな令嬢
しおりを挟む「いや~。噂には聞いてたけど、アシャール侯爵家のオレリア様って、すっごい綺麗だな! 凛として気品に溢れて、まるで女神? 同じ侯爵家令嬢でも、童顔のアンヌとは全然違うよな~。アハハ」
学園の中庭で、遠目にオレリアを眺めながら、そうアンヌに話しかけてきたのは、アンヌの幼馴染ビゴー伯爵家令息ジスランだった。
アンヌは、へらへらと笑っているジスランを睨み付けた。
「何よ! ジスランまで私とあの女を比べるの?! もう知らない! ジスランなんか大嫌い! 絶交よ!!」
「え? え? ア、アンヌ、どうしたんだよ? 何、怒ってるんだ?」
ジスランが間抜けな問い掛けをしてきたが、怒り心頭のアンヌは無視して中庭を立ち去った。
ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。
同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。
アンヌはうんざりしていた。
アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。
そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。ちなみにジスランも二人と同じ13歳であり、学園に入学したばかりである。
学園に通うようになれば、ますます周囲からオレリアと比べられる場面は増えるだろう――もちろんアンヌは入学前から予想していた。大人びた美貌を持つオレリアと比較されて、童顔のアンヌは惨めな思いをするかも知れない、と。けれど……
「何があってもジスランだけは私の味方だと思っていたのに……あのバカ! 私の前であの女を褒めるなんて許せないわ!」
アンヌとジスランは、母親どうしが学生時代からの親友であった為、赤子の頃からの幼馴染である。付き合いは長い。時折くだらないケンカをしながらも、アンヌとジスランはいつも一緒にいた。そのジスランが、あんな風に簡単にオレリアに靡くなんて……。
イライラが止まらないアンヌ。とにかく一旦、心を落ち着けよう。
「ジスランが禿げ散らかしますように、ジスランが禿げ散らかしますように、ジスランが禿げ散らかしますように、ジスランが禿げ散らかしますように、ジスランが禿げ散らかしますように(以下エンドレス)」
アンヌは子供っぽい。喜怒哀楽が表に出過ぎるのだ。うひゃひゃひゃひゃと声を出して笑ったり、キィキィと怒り出したり――13歳の平民の少女なら普通のことだろう。だが、アンヌは侯爵家令嬢なのだ。常に凛として表情を崩さないオレリアこそが上位貴族の令嬢のあるべき姿だった。容姿のみならず、貴族としての品性も含めて、アンヌはオレリアと比べられていた。
加えて、学園入学後は学業の成績までが比較の対象となった。オレリアは常に学年1位の成績を保ち、アンヌは“一応”上位という程度の成績しか取れない。つまり、同じ侯爵家令嬢でありながら、アンヌがオレリアよりも勝っていることは、少なくとも現時点では悲しいかな何一つ無いのである。
だから貴族達は皆、疑っていなかった。二人の令嬢と年齢の釣り合う、この国の王太子の婚約者に選ばれるのは、オレリアに違いないと――
けれどアンヌが学園に入学した翌年、王家は14歳になったアンヌとオレリアの二人を王太子の【婚約者候補】として発表した。ちなみに王太子は二人よりも1つ年上の15歳で、成人を迎えたばかりであった。学園ではアンヌ達の1学年先輩であり、生徒会長も務めている。
突然王家から【婚約者候補】に指名されたアンヌ自身も驚いたが、アンヌの家族は本人以上に驚いたようだ。
「いや、王太子殿下の婚約者には、てっきりアシャール家のオレリア嬢が選ばれると思っていたのだが……そりゃあアンヌは可愛いが、王太子妃に相応しいかと言われるとなぁ~? いやアンヌは可愛いよ。可愛いけれど……う~む」
と、父は唸った。
「王太子妃になったりしたら苦労ばかりですわ。そんな大変なお役目はオレリア嬢に任せればいいのよ。可愛いアンヌには気楽にハッピーに過ごしてほしいのに、勝手に【婚約者候補】だなんて! 何なの、王家!」
堂々と不敬な台詞を吐く母。
兄も心配そうに、
「アンヌは今までも散々周りの貴族達からオレリア嬢と比較されてイヤな事を言われてきたのに。二人が王太子殿下の【婚約者候補】となれば、ますますアンヌが辛い思いをするに違いない。父上、何とか辞退できないものでしょうか?」
と、父に言う。
アンヌは家族に愛されている。
けれど、その家族もアンヌがオレリアに敵うはずがないと思っているのだ。
アンヌの胸は何とも言えない苦味に支配された。
⦅……悔しい……悔しい!⦆
アンヌは大きく息を吸うと、家族に向かってこう宣言した。
「私はなる! 王太子妃に!」
「「「えぇぇぇぇぇっっ!?」」」
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