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冬の話
二 その数時間前
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よぞらは貸切できる。カウンター席が十席のみだが、狭いスペースにテーブルを一台二台出して、十五人くらいまでなら対応できる。
今夜は、レンの小中学校の男友達が飲み会をするというので、貸切となった。平日はいつものお客さんのほうを優先しているのだが、土曜であれば貸切にしても問題ない。
スタッフは自分一人なので忙しい。しかし、飲み会は、ある程度時間が経ったら酒とつまみだけだ。自分の定位置なので、レンはキッチンの中に立ちっぱなしで、友達と話す。レンはアルコールが飲めないので、もっぱらウーロン茶だ。
「時々来るけど、最近とくに繁盛してるよな」
「おかげさまで」
「レンって洋食作ってたんじゃなかったか。洋食は出さないの?」
「あ、時々出してるよ。煮込みハンバーグとかオムライスとか」
「両親亡くなって大変だったけど、よかったな、レン」
「ああ、サンキュ」
あまり話すほうではないのでいつもは聞くばかりだ。今日は小学校と中学校のグループの友人たちの中で、地元に残っているメンバーだけが集まっている。年末には帰省組と宴会をする、その前哨戦のようなものだ。
「レン、ハイボール飲みたい」
グループ内でも関わりの深い友人である淳弥が、カウンター越しに、空いたジョッキを差し出した。レンは受け取りつつも小言をこぼす。
「淳弥、何杯目?」
「ヤケ酒か、淳弥」
「わかった、自分でやる」
淳弥はカウンターの中に入ってくる。レンはジョッキに氷を足し、ウィスキーを注いだ。淳弥に炭酸水のペットボトルを渡すと、淳弥がジョッキに注ぐ。間髪入れずに一気に飲み干した。レンは呆れてため息を吐く。
「おい淳弥」
「レン、これ薄くない?」
「混ぜろよ」
レンはマドラーを渡すが、もう飲み終えたあとだ。
午後十時。七時から始まった宴会もそろそろ出来上がっている。
「俺、そろそろ帰るわー」
と、ひとりが身支度を始めた。じゃあまた年末になと送り出し、他の友人も腰をあげる。気がきく友人は、テーブルの上を片づけたりする。疎らに外に出ていく。最後に、淳弥とレンが残った。
「あれ? 淳弥、帰んないの」
「片づけ手伝ってからにするわ。レンとちょっと喋りたいし」
「お前ら相変わらず仲良いなー。じゃ、レン、おやすみ」
「おやすみー。気をつけてな」
「ありがとー」
久しぶりに皆と話すことができて、レンは嬉しかった。友達付き合いはいまや年末くらいだ。二十五歳になると、仕事は忙しくなり、そろそろ結婚しはじめるし、早い者は子どもができる。
ふたりきりになって、レンはため息を吐いた。淳弥はカウンター側のゴミを集めたり、コップをまとめている。レンは食洗機をかけながら、ゴミをまとめて皿を洗ったり拭いたりする。
レンは低い声で淳弥に訊ねた。
「で? 何なんだよ、家に帰れない理由って」
「……喧嘩した」
淳弥は言った。
恋人と二人暮らしの自宅に帰れないといい、二階に泊めてほしいというお願いは、宴会開始前に聞いていた。レンは拒否したが、淳弥は帰ろうとしない。
「じゃあ実家帰れ」
レンは投げやりに言い捨てる。
淳弥の実家は目と鼻の先だ。すぐそこのクリーニング店の次男だからだ。
「頼む! 一晩でいいから泊めてくれー! 明日には帰るから! 寝てるときに蹴っ飛ばしたりしないから!」
「嫌だ」
「頼むよ!」
「だめ。無理」
「このとおり……!」
淳弥は、拭いたばかりのカウンターに額をこすりつける。レンは「もっかい拭いて」と容赦なく言った。
早く帰りたい。喋りながらも片づけを進めていく。
「俺、いま別のマンション借りてんだよ。防犯上、ここに淳弥ひとりで泊まらせるのは……」
「そこは信用して……! 何もしたことないじゃん! っていうかじゃあマンションに泊まらして! あ、ここで一緒に泊まるのは!?」
「それも無理。狭いし、臭いし」
「え? 誰が?」
「淳弥に決まってるだろ! 飲みすぎ! アルコール!」
「ごめんってば。一生のお願い……!」
「はー……」
何度も頭をさげる淳弥に、レンはほだされはじめた。
淳弥とは生まれたときからの幼馴染だ。
自宅が近所、どちらも商売人の家、保育園が一緒で、小学校、中学校、高校まで一緒だった。高校卒業後、レンは専門学校に、淳弥は大学進学と進路は分かれたが、長年の友達だ。
ふたりで馬鹿なことや悪いことをしたこともあるが、かわいらしいものであるし、煙草を吸うなどの程度であって、他人に迷惑をかけるような犯罪はしていない。淳弥のことはもちろん信用している。疑うつもりはない。ここに泊まらせたことも何度かある。当時はレンもここに住んでいたのだが。
「……わかった。片づけ手伝ってくれるんだったら、一晩だけ」
レンは排水溝の生ごみを捨てたりゴミをまとめながら、淳弥に言う。カウンターの中に入ってきた淳弥は、ぱっと明るい顔をして、レンに勢いよく抱き着いた。
「サンキュー! レン!」
「くっつくな。触るな。やめろ」
レンは低い声で牽制した。
片づけはおおむね終わり、あとは食洗機に任せておけばいい。手を拭きながら言う。
「二階、用意してくる」
と言って、レンは二階にあがった。
今夜は、レンの小中学校の男友達が飲み会をするというので、貸切となった。平日はいつものお客さんのほうを優先しているのだが、土曜であれば貸切にしても問題ない。
スタッフは自分一人なので忙しい。しかし、飲み会は、ある程度時間が経ったら酒とつまみだけだ。自分の定位置なので、レンはキッチンの中に立ちっぱなしで、友達と話す。レンはアルコールが飲めないので、もっぱらウーロン茶だ。
「時々来るけど、最近とくに繁盛してるよな」
「おかげさまで」
「レンって洋食作ってたんじゃなかったか。洋食は出さないの?」
「あ、時々出してるよ。煮込みハンバーグとかオムライスとか」
「両親亡くなって大変だったけど、よかったな、レン」
「ああ、サンキュ」
あまり話すほうではないのでいつもは聞くばかりだ。今日は小学校と中学校のグループの友人たちの中で、地元に残っているメンバーだけが集まっている。年末には帰省組と宴会をする、その前哨戦のようなものだ。
「レン、ハイボール飲みたい」
グループ内でも関わりの深い友人である淳弥が、カウンター越しに、空いたジョッキを差し出した。レンは受け取りつつも小言をこぼす。
「淳弥、何杯目?」
「ヤケ酒か、淳弥」
「わかった、自分でやる」
淳弥はカウンターの中に入ってくる。レンはジョッキに氷を足し、ウィスキーを注いだ。淳弥に炭酸水のペットボトルを渡すと、淳弥がジョッキに注ぐ。間髪入れずに一気に飲み干した。レンは呆れてため息を吐く。
「おい淳弥」
「レン、これ薄くない?」
「混ぜろよ」
レンはマドラーを渡すが、もう飲み終えたあとだ。
午後十時。七時から始まった宴会もそろそろ出来上がっている。
「俺、そろそろ帰るわー」
と、ひとりが身支度を始めた。じゃあまた年末になと送り出し、他の友人も腰をあげる。気がきく友人は、テーブルの上を片づけたりする。疎らに外に出ていく。最後に、淳弥とレンが残った。
「あれ? 淳弥、帰んないの」
「片づけ手伝ってからにするわ。レンとちょっと喋りたいし」
「お前ら相変わらず仲良いなー。じゃ、レン、おやすみ」
「おやすみー。気をつけてな」
「ありがとー」
久しぶりに皆と話すことができて、レンは嬉しかった。友達付き合いはいまや年末くらいだ。二十五歳になると、仕事は忙しくなり、そろそろ結婚しはじめるし、早い者は子どもができる。
ふたりきりになって、レンはため息を吐いた。淳弥はカウンター側のゴミを集めたり、コップをまとめている。レンは食洗機をかけながら、ゴミをまとめて皿を洗ったり拭いたりする。
レンは低い声で淳弥に訊ねた。
「で? 何なんだよ、家に帰れない理由って」
「……喧嘩した」
淳弥は言った。
恋人と二人暮らしの自宅に帰れないといい、二階に泊めてほしいというお願いは、宴会開始前に聞いていた。レンは拒否したが、淳弥は帰ろうとしない。
「じゃあ実家帰れ」
レンは投げやりに言い捨てる。
淳弥の実家は目と鼻の先だ。すぐそこのクリーニング店の次男だからだ。
「頼む! 一晩でいいから泊めてくれー! 明日には帰るから! 寝てるときに蹴っ飛ばしたりしないから!」
「嫌だ」
「頼むよ!」
「だめ。無理」
「このとおり……!」
淳弥は、拭いたばかりのカウンターに額をこすりつける。レンは「もっかい拭いて」と容赦なく言った。
早く帰りたい。喋りながらも片づけを進めていく。
「俺、いま別のマンション借りてんだよ。防犯上、ここに淳弥ひとりで泊まらせるのは……」
「そこは信用して……! 何もしたことないじゃん! っていうかじゃあマンションに泊まらして! あ、ここで一緒に泊まるのは!?」
「それも無理。狭いし、臭いし」
「え? 誰が?」
「淳弥に決まってるだろ! 飲みすぎ! アルコール!」
「ごめんってば。一生のお願い……!」
「はー……」
何度も頭をさげる淳弥に、レンはほだされはじめた。
淳弥とは生まれたときからの幼馴染だ。
自宅が近所、どちらも商売人の家、保育園が一緒で、小学校、中学校、高校まで一緒だった。高校卒業後、レンは専門学校に、淳弥は大学進学と進路は分かれたが、長年の友達だ。
ふたりで馬鹿なことや悪いことをしたこともあるが、かわいらしいものであるし、煙草を吸うなどの程度であって、他人に迷惑をかけるような犯罪はしていない。淳弥のことはもちろん信用している。疑うつもりはない。ここに泊まらせたことも何度かある。当時はレンもここに住んでいたのだが。
「……わかった。片づけ手伝ってくれるんだったら、一晩だけ」
レンは排水溝の生ごみを捨てたりゴミをまとめながら、淳弥に言う。カウンターの中に入ってきた淳弥は、ぱっと明るい顔をして、レンに勢いよく抱き着いた。
「サンキュー! レン!」
「くっつくな。触るな。やめろ」
レンは低い声で牽制した。
片づけはおおむね終わり、あとは食洗機に任せておけばいい。手を拭きながら言う。
「二階、用意してくる」
と言って、レンは二階にあがった。
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