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三年目の冬の話

四 キッチンのこそこそ話

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 午前一時半。
 レンは、物音を立てないようにそうっと自宅マンションのドアを開けた。靴下のままで廊下を歩いていくと、リビングのドアを開けて、ルイスが出てくる。
 ルイスは笑顔で、小声で言った。

「おかえり、レン」

 コートを脱ぎながらレンも小声で返す。

「ただいま、ジェイミー。マリーは?」
「寝てる。よく寝る子だねえ」
「よかった」

 寝室に子ども用の低いベッドを置き、預かったマリアンヌを寝かせている。
 レンがキッチンに立つと、ルイスも傍にやってくる。ルイスはいつだってレンの近くにいたい。濡れ落ち葉である。
 レンは手を洗い、緑茶を入れるべく、お湯を沸かすことにした。
 お湯が沸くまでのあいだに冷蔵庫を確かめる。店で余ったので持ち帰ったものを冷蔵庫に入れた。

「マリー、大丈夫だった?」
「レンが出て行ったときは泣き叫んでいたけど、すぐに落ちついたよ」
「よかった。心配で。あんなに泣くんだもん」

 レンが自宅を出るとき、マリアンヌはこの世の終わりのように号泣していた。

「姿が見えなくなったらけろっとして、おもちゃのピアノでずっと遊んでいたよ。音がするのが好きみたいだ」
「昼間も弾いてたよ」
「将来はピアニストかな? あと、すごく歩くね。歩くのが楽しいみたい」
「こんな小さいのにこんなに歩くんだね。ほとんど走ってない?」
「こけそうで怖いよ」
「ごはんは食べてた? 作っておいてあったの」
「ああ、食べたよ、全部。作ってもらっていたビビンバおにぎり、チヂミ、野菜スープ、卵豆腐。あと、バナナ、トマト、さつまいも。よく食べる子だよ」
「ジェイミー、自分は? 冷蔵庫に残ってるけど」
「……忘れていたね」

 ルイスは、急に空腹感を覚える。子どもがいると、子どもの話ばかりになるし、自分のことは後回しになる。後回しにしたまま忘れていた。
 レンは苦笑しながら、ルイスの食事の支度をすることにした。大人用のビビンバと、持ち帰った惣菜を出して用意していく。
 マリアンヌを預かって三日が経つ。
 レンは朝から夕方まで面倒をみて、仕事に行って、夜眠る。
 ルイスは、昼から夕方にかけて仕事に行き、夜に面倒をみている。夜か午前中に、寝るか、在宅で仕事をしている。

「レンは今日で今年の営業は終わりだったね」
「うん」
「せっかくの年末年始なのに、ゆっくりできそうになくて、ごめんね」

 レンは驚いた。

「え? なんで?」
「うちの親族のことなのに」
「ジェイミーと俺は家族なんだから、気にしなくていいんだよ」
「……ありがとう。だけど、僕はクリスもいたし、当時の子世代では年齢が上のほうで、あとは下ばかりだったから、子どもに慣れてる。けど、レンは慣れていないでしょう」

 とはいえ、ルイスは、小さな子が大きくなってくると次第に避けられる存在であった。
 レンは一人っ子で、親戚もいなかったので、子どもという生き物にほとんど触れずに過ごしている。ただ、地域の子だったので、小さな子どもはいるにはいた。
 ただ、自分が子どもを持つということを一切想像していなかったので、大人として何をすればいいのか、わからないことが多い。

「んー、でも、今のところ何とかなっているし、マリーは可愛いし、いいんじゃない」
「たしかに可愛いな」

 子どもを抱っこするのに慣れているため、ルイスがマリアンヌを抱いていると、いかにもルイスがパパらしくて絵になる。
 あ、こういうのもいいなとレンは度々思っている。
 キッチンの作業台にもたれかかりながら、ルイスは訊ねた。

「レンって、自分の子ども欲しい?」
「え? 自分の子ども? 考えたこともなかったなあ。はい、ごはんできたよ。どこで食べる? ダイニング? コタツ? 書斎?」

 レンはトレーの上にお箸と食事の皿をのせ、緑茶を淹れて湯のみに注ぐ。

「レンは今からお風呂?」
「うん。入ってくる」
「では、脱衣所で食べる」

 ルイスはレンの傍にいたい。
 またおかしなことを言っているなとレンは苦笑した。とりあえず、トレーをダイニングテーブルに置く。風呂へ向かう。
 だがルイスは真剣だったので、ダイニングテーブルに一旦置かれたトレーを持って、本当にレンの後についていって、脱衣所で食べた。
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