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駆け出し冒険者の章
45.買い物1
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「おい!援護しろメリッサ!」
茶髪の剣士スナイプの前には、自分の身長の倍はあろうかという全身毛だらけの、ゴリラとも熊とも判別の付かないモンスター。
「風刃!」
メリッサの風魔法がモンスターに命中し、僅かに血飛沫を上げる。その隙を突いて、スナイプとカロンが突撃するが、モンスターは一切の躊躇なく、その長い腕を振り上げて拳を突き出して来る。
「くっ!」
「ちっ!」
何とか躱すスナイプとカロンだが、すぐさまモンスターが第二撃目を放って来る。スナイプは躱し切れずにモンスターの攻撃をまともに食らい、後ろに吹っ飛んだ。
「スナイプ!」
吹っ飛ばされたスナイプを気にしながらも、攻撃によりモンスターに生じた隙を突いてカロンが攻撃を繰り出す。
「槍技・刺十槍!」
素早い刺突の連撃を繰り出すカロンの槍技。攻撃は見事にモンスターに命中するが、筋肉に阻まれて致命傷には至らない。体毛に自ら流した血を付着させながらも、カロンに攻撃を仕掛けて来る。
「くっ!あまりダメージを受けてないのか……?」
レベル15のカロンが新たに会得したスキルだが、目の前のモンスターにはそれほど効いていない。
この全身毛だらけのモンスターは『ビッグフット』というモンスター。レベルは18と、スナイプ達よりもレベルが上のモンスターだ。覚えたてでレベルの低いカロンの槍技では、大してダメージを与えられないのは道理だった。
「もっと押せカロン!仕掛けるぞ!」
突然カロンの後ろから、先ほど吹っ飛ばされたスナイプの声が聞こえて来た。その声を聞き、再びビッグフットに攻撃を仕掛けるカロンと、同じように攻撃を仕掛けるスナイプ。
カロンがビッグフットの相手をしている間に、エストの回復魔法で傷を治したスナイプが再び参戦したのだ。
(これでもう三回目の回復魔法……)
先ほどから、スナイプやカロンがビッグフットの攻撃を食らっては回復魔法で傷を癒やしているエスト。それなのに、まだ一匹のモンスターも倒していないのだ。
(やっぱり……まだ早過ぎたんだよ……)
昨日のカロンの言葉、『適正レベルより低くてもそこのモンスターを倒してレベルを上げれば、いつの間に適正レベルになっている』というのは、確かに一理あると思った。しかしそれは、ただの机上の空論で現実が見えていなかったのだと、目の前の光景を見て思い知らされる。
スナイプの剣が、カロンの槍が、メリッサの魔法が、あのモンスターにほとんどダメージを与えられていない。かなり出血はしているので、このまま戦っていれば出血多量で勝てるかもしれないが、それまでにこちらの体力や魔力が尽きないとも限らない。本来なら撤退して、レベルを上げてまた再挑戦という流れになる筈なのだが、誰も撤退する気は無いらしい。
(本当はわたしが………)
戦えばいいのだが、自分がこのパーティに求められているのは”回復術士”としての能力だけだ。それを無視して前線に立てば、きっとスナイプやカロンのプライドを傷付ける事になる。
だって、エストならビッグフットを倒せてしまうのだからーーーーー
■■■
リーシャとサフィーが何となくギクシャクしていたので、極力昨晩の話題には触れずに時間が過ぎていった。
四人で朝食を食べ、買い物の為に何件か店を回る頃には、もういつもの二人に戻っていた。なので今は、四人で仲良く服を見ている。
「あ、これよこれ!ずっと欲しかったのよね。残ってて良かったわ」
「ふふ、サフィーに似合いそうよね」
いつか買おうと狙っていた服を無事にゲット出来て、かなりご満悦なサフィー。リーシャも新しい服をサフィーに「似合うかしら?」と聞きながら選んでいる。
「えーと、これはこっちと合わせるとして、この組み合わせは……ギリセーフかな?」
「汚れてもいい服……汚れが目立たない服……」
一方の未来と愛莉も淡々と服を選んでいる。愛莉に至っては、明日からしばらくトカゲやコウモリが巣食う『赤水の大空洞』に挑む事が決定しているので、汚れても良さそうな地味な服ばかり手に取っている。
そして各々買い物が済んだので、買った服を愛莉の魔法鞄に放り込んで店を出る。
「ふぅ……無事に買えて良かった」
目当ての服が買えたのがよほど嬉しいらしいサフィー。この街に来て冒険者になってからこの二ヶ月、一日も休みなく薬草採取に出掛けていたサフィーとリーシャにとっては初めての休日。しかも、念願の買い物を女の子四人でしているのだから楽しく無い訳がない。
口にこそ出さないが、こうして大きな街でリーシャと買い物に出掛ける事がずっと念願だった。その念願が叶い、まさに感無量なサフィーと、実は密かにサフィーと同じ憧れを抱いていたリーシャもまた感無量だった。
「みんないっぱい買ったね!ってか、愛莉は珍しく地味な服ばっかり選んでたよね」
「だって、明日から洞窟行くんでしょ?絶対汚れそうだもん」
それを聞いていたリーシャとサフィーが、ふと同じ事を思う。そう言えば、明日からの準備をあまりしていないなと。
「ねえミク、アイリ、次は薬屋さんに行ってみましょうか。今までと違って明日からは戦闘の連続になると思うから、ポーションを用意しないといけないのよね」
「「ポーション!?」」
ポーションという単語に反応する二人。ファンタジーの世界においては最も有名なアイテムであり、当然だが実物を見た事など無いのでその存在がとても気になるのだ。
「そうね、普通のポーションとマジックポーション、あとは念の為にスキルポーションも何本か買っときましょう」
サフィーの口から次々に飛び出すポーションの種類。ゲーム慣れしている愛莉は名前だけでどんなポーションなのかを悟るが、未来は首を傾げている。
そんな未来に、リーシャとサフィーがマジックポーションはMPを回復するポーション、スキルポーションはSPを回復するポーションである事を説明する。
そして現在、薬屋を訪れている四人。未来の目の前の棚には、普通のポーションが陳列されている。
「んーと、ポーション一本で大銅貨一枚。つまり千円くらいって事か……」
高いのか安いのか今ひとつ分からない。しかし簡単な傷ならこのポーションで治ると教えられたので、千円で傷が治って体力まで回復するなら破格じゃない!?と、一気に十本ほど手に取る。
「ちょ……買い過ぎよミク!そんなに買ってどうするのよ!?」
「え?だって傷治るんだよ?絶対買っとくべきでしょ!」
「まあ確かに……うちには回復魔法使える人が居ないものね~」
これから冒険者を続けて行くうちに、必ず必要になるのが回復手段である。回復術士がパーティに居る場合は良いが、居ない場合はどうしてもポーションに頼るしかない。なのでパーティに回復術士が居ると居ないとでは、ダンジョン攻略などの難易度も大きく変わって来ると言われている。
「回復術士、わたしは一人心当たりがあるけど」
「あたしもー、エスト勧誘してみよっか愛莉」
未来と愛莉の発言を聞き、サフィーが首を横に振る。
「やめときなさい。あの娘の性格から言って、自分からパーティ抜けてこっちになんて来ないわよ」
「そうね、エストはとても義理堅い真面目な娘だものね。勧誘しても彼女を困らせるだけになるわ」
リーシャもサフィーも、何度エストを勧誘しようと思った事か分からない。しかしその度に彼女の性格を思い出し、「良かったら一緒にパーティ組まない?」というその言葉を、何度も飲み込んで来たのだ。
「そうかなぁ……エスト押しに弱そうだから、あたしと愛莉がいつもの調子でグイグイ迫れば………」
「わたしはグイグイ迫った事無いからね?未来だけだからね?」
そんなくだらないやり取りをしつつも、ポーションを各種数本ずつ買って店を出る四人。ポーション代だけで銀貨が何枚か飛んでしまったのを見て、エストはともかく回復術士はいずれ必要かもと思わずにはいられない未来と愛莉だった。
※いつもお読み頂きありがとうございます。現在、綾瀬初のショートショート作品『好きと言えない俺』を公開中です。10分くらいで読み終わるので、お暇な時にでも読んで頂けると嬉しいです。
茶髪の剣士スナイプの前には、自分の身長の倍はあろうかという全身毛だらけの、ゴリラとも熊とも判別の付かないモンスター。
「風刃!」
メリッサの風魔法がモンスターに命中し、僅かに血飛沫を上げる。その隙を突いて、スナイプとカロンが突撃するが、モンスターは一切の躊躇なく、その長い腕を振り上げて拳を突き出して来る。
「くっ!」
「ちっ!」
何とか躱すスナイプとカロンだが、すぐさまモンスターが第二撃目を放って来る。スナイプは躱し切れずにモンスターの攻撃をまともに食らい、後ろに吹っ飛んだ。
「スナイプ!」
吹っ飛ばされたスナイプを気にしながらも、攻撃によりモンスターに生じた隙を突いてカロンが攻撃を繰り出す。
「槍技・刺十槍!」
素早い刺突の連撃を繰り出すカロンの槍技。攻撃は見事にモンスターに命中するが、筋肉に阻まれて致命傷には至らない。体毛に自ら流した血を付着させながらも、カロンに攻撃を仕掛けて来る。
「くっ!あまりダメージを受けてないのか……?」
レベル15のカロンが新たに会得したスキルだが、目の前のモンスターにはそれほど効いていない。
この全身毛だらけのモンスターは『ビッグフット』というモンスター。レベルは18と、スナイプ達よりもレベルが上のモンスターだ。覚えたてでレベルの低いカロンの槍技では、大してダメージを与えられないのは道理だった。
「もっと押せカロン!仕掛けるぞ!」
突然カロンの後ろから、先ほど吹っ飛ばされたスナイプの声が聞こえて来た。その声を聞き、再びビッグフットに攻撃を仕掛けるカロンと、同じように攻撃を仕掛けるスナイプ。
カロンがビッグフットの相手をしている間に、エストの回復魔法で傷を治したスナイプが再び参戦したのだ。
(これでもう三回目の回復魔法……)
先ほどから、スナイプやカロンがビッグフットの攻撃を食らっては回復魔法で傷を癒やしているエスト。それなのに、まだ一匹のモンスターも倒していないのだ。
(やっぱり……まだ早過ぎたんだよ……)
昨日のカロンの言葉、『適正レベルより低くてもそこのモンスターを倒してレベルを上げれば、いつの間に適正レベルになっている』というのは、確かに一理あると思った。しかしそれは、ただの机上の空論で現実が見えていなかったのだと、目の前の光景を見て思い知らされる。
スナイプの剣が、カロンの槍が、メリッサの魔法が、あのモンスターにほとんどダメージを与えられていない。かなり出血はしているので、このまま戦っていれば出血多量で勝てるかもしれないが、それまでにこちらの体力や魔力が尽きないとも限らない。本来なら撤退して、レベルを上げてまた再挑戦という流れになる筈なのだが、誰も撤退する気は無いらしい。
(本当はわたしが………)
戦えばいいのだが、自分がこのパーティに求められているのは”回復術士”としての能力だけだ。それを無視して前線に立てば、きっとスナイプやカロンのプライドを傷付ける事になる。
だって、エストならビッグフットを倒せてしまうのだからーーーーー
■■■
リーシャとサフィーが何となくギクシャクしていたので、極力昨晩の話題には触れずに時間が過ぎていった。
四人で朝食を食べ、買い物の為に何件か店を回る頃には、もういつもの二人に戻っていた。なので今は、四人で仲良く服を見ている。
「あ、これよこれ!ずっと欲しかったのよね。残ってて良かったわ」
「ふふ、サフィーに似合いそうよね」
いつか買おうと狙っていた服を無事にゲット出来て、かなりご満悦なサフィー。リーシャも新しい服をサフィーに「似合うかしら?」と聞きながら選んでいる。
「えーと、これはこっちと合わせるとして、この組み合わせは……ギリセーフかな?」
「汚れてもいい服……汚れが目立たない服……」
一方の未来と愛莉も淡々と服を選んでいる。愛莉に至っては、明日からしばらくトカゲやコウモリが巣食う『赤水の大空洞』に挑む事が決定しているので、汚れても良さそうな地味な服ばかり手に取っている。
そして各々買い物が済んだので、買った服を愛莉の魔法鞄に放り込んで店を出る。
「ふぅ……無事に買えて良かった」
目当ての服が買えたのがよほど嬉しいらしいサフィー。この街に来て冒険者になってからこの二ヶ月、一日も休みなく薬草採取に出掛けていたサフィーとリーシャにとっては初めての休日。しかも、念願の買い物を女の子四人でしているのだから楽しく無い訳がない。
口にこそ出さないが、こうして大きな街でリーシャと買い物に出掛ける事がずっと念願だった。その念願が叶い、まさに感無量なサフィーと、実は密かにサフィーと同じ憧れを抱いていたリーシャもまた感無量だった。
「みんないっぱい買ったね!ってか、愛莉は珍しく地味な服ばっかり選んでたよね」
「だって、明日から洞窟行くんでしょ?絶対汚れそうだもん」
それを聞いていたリーシャとサフィーが、ふと同じ事を思う。そう言えば、明日からの準備をあまりしていないなと。
「ねえミク、アイリ、次は薬屋さんに行ってみましょうか。今までと違って明日からは戦闘の連続になると思うから、ポーションを用意しないといけないのよね」
「「ポーション!?」」
ポーションという単語に反応する二人。ファンタジーの世界においては最も有名なアイテムであり、当然だが実物を見た事など無いのでその存在がとても気になるのだ。
「そうね、普通のポーションとマジックポーション、あとは念の為にスキルポーションも何本か買っときましょう」
サフィーの口から次々に飛び出すポーションの種類。ゲーム慣れしている愛莉は名前だけでどんなポーションなのかを悟るが、未来は首を傾げている。
そんな未来に、リーシャとサフィーがマジックポーションはMPを回復するポーション、スキルポーションはSPを回復するポーションである事を説明する。
そして現在、薬屋を訪れている四人。未来の目の前の棚には、普通のポーションが陳列されている。
「んーと、ポーション一本で大銅貨一枚。つまり千円くらいって事か……」
高いのか安いのか今ひとつ分からない。しかし簡単な傷ならこのポーションで治ると教えられたので、千円で傷が治って体力まで回復するなら破格じゃない!?と、一気に十本ほど手に取る。
「ちょ……買い過ぎよミク!そんなに買ってどうするのよ!?」
「え?だって傷治るんだよ?絶対買っとくべきでしょ!」
「まあ確かに……うちには回復魔法使える人が居ないものね~」
これから冒険者を続けて行くうちに、必ず必要になるのが回復手段である。回復術士がパーティに居る場合は良いが、居ない場合はどうしてもポーションに頼るしかない。なのでパーティに回復術士が居ると居ないとでは、ダンジョン攻略などの難易度も大きく変わって来ると言われている。
「回復術士、わたしは一人心当たりがあるけど」
「あたしもー、エスト勧誘してみよっか愛莉」
未来と愛莉の発言を聞き、サフィーが首を横に振る。
「やめときなさい。あの娘の性格から言って、自分からパーティ抜けてこっちになんて来ないわよ」
「そうね、エストはとても義理堅い真面目な娘だものね。勧誘しても彼女を困らせるだけになるわ」
リーシャもサフィーも、何度エストを勧誘しようと思った事か分からない。しかしその度に彼女の性格を思い出し、「良かったら一緒にパーティ組まない?」というその言葉を、何度も飲み込んで来たのだ。
「そうかなぁ……エスト押しに弱そうだから、あたしと愛莉がいつもの調子でグイグイ迫れば………」
「わたしはグイグイ迫った事無いからね?未来だけだからね?」
そんなくだらないやり取りをしつつも、ポーションを各種数本ずつ買って店を出る四人。ポーション代だけで銀貨が何枚か飛んでしまったのを見て、エストはともかく回復術士はいずれ必要かもと思わずにはいられない未来と愛莉だった。
※いつもお読み頂きありがとうございます。現在、綾瀬初のショートショート作品『好きと言えない俺』を公開中です。10分くらいで読み終わるので、お暇な時にでも読んで頂けると嬉しいです。
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