12 / 43
12 準備はよいか
しおりを挟む
あれから問題なく、夜の当直は終わったようだ。午前四時から当直にあたる職員と交代で就寝についた職員以外は朝食をすませる。
伊佐は六時には起きて身支度をすませた。今は食堂で朝食を食べている。
【献立】
ごはん
お味噌汁
サケの塩焼き
サラダ
ヨーグルト
女性も男性も関係なく、ほぼ同じ量を食べている。
巡視船での業務は体力勝負といっていい。男女関係なく、それぞれの科の仕事をこなしていく。
甲板では重くて太い舫を引っ張ったり担いだり、機関室ではオイルに汚れながら点検も行う。先輩からの叱咤激励を全身に浴びながら一人前になっていくのだ。
「うまい……」
「何しみじみしてるんですか? おはようございます」
「おはようございますレナさん。やっぱり出汁のきいた味噌汁は最高ですね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるとうちの子たちも喜びます。みんな頑張ってるから」
「あれ、コーヒーとヨーグルトだけですか?」
「あ、すみません。朝は軽くじゃないと……」
「なるほど。いろいろなスタイルがありますね」
レナも昔はよく叱られた。朝食こそしっかり食べなさい。そんなことで仕事が務まるのか。レナ自身もそう思っていた。だからしっかりと食べた。しかし、ダメなのだ。理由はわからないが必ずそれが船酔いに繋がる。しかし、昼食や夕食ではそれが起きない。
「食べないとダメだって言わないんですね。体力勝負だぞ! って、言うかと」
「え? そうか、まあ確かに食べた方がいいですよね。でも、食べない方が調子がいいなんて人もいるみたいですから。それぞれでしょう」
「へー。さすが現代エリート上司」
「は?」
「なんでも?」
伊佐が朝食を食べ終わる頃、食堂の入口が賑やかなことに気づく。何事だろうと伊佐が顔を向けると、そこにはまだ寝ているはずの歌川が立っていた。
午前零時から四時までの当直だったはずだ。
「朝はきっちり食べないと調子が出ないんですよ。今朝は和食ですね。ああ、お味噌汁からいい匂いがします」
「でしょう! あ、サケはこれをどうぞ。他のより身が厚いです。内緒ですよ」
「僕を特別扱いしてもお給料はあがりませんよ」
「ひどいです。そういうのじゃありませんから」
「はい、はい。いただきます」
歌川の隣をきっちりキープしているのは、主計科の虹富まどかだった。ご飯をよそったり、お茶を盆に乗せたりとかいがいしく世話をしているように見えた。
(歌川のやつ、嫁連れて歩いてるのかよ……)
「くくっ」
「伊佐さん、どうかしました?」
「いえ。私はこれで。ごちそうさまでした」
伊佐は食べ終わったトレーを返却口に返して、もう一度歌川たちの方を見た。声こそ聞こえないが、虹富が何かを一生懸命に話し、それに黙ってうなずく歌川。
「あいつ、気付いてないんだろうな」
面白いことが起きそうだと、伊佐は笑いを堪えながら自分の部屋に戻った。
◇
八時半。
巡視船かみしまの後方甲板に、職員たちが等間隔に整列した。課業前に行われるラジオ体操だ。全員が第四種(夏用)の紺色の制服を着ている。
―― 腕を大きく上げ、背伸びの運動
ここで体を動かしほぐしておかなければ、一日の業務に差し支えるかもしれない。
ラジオ体操のあとはスクワットなどの、軽い筋力トレーニングを行う。
そして、確認を兼ねて制圧術の訓練もする。これも男女問わず、必ず行われるのだ。
海上保安官は全員、制圧術を習得することとなっている。
「制圧訓練にはいる。では今日は、伊佐さんに制圧術の手本を見せていただきます。お相手は……」
伊佐にとって寝耳に水。警備隊でもないのに自分が手本を見せるなんて聞いてない。しかもその手本を見せろと言っているのが、かみしま特警隊の平良だ。
(まさか、射撃訓練を根に持ってるわけじゃないよな……)
伊佐は思わず歌川を探した。しかし、午前四時まで当直を勤めた歌川はこの場にいない。
「あいつ、肝心な時にいないじゃないか」そう思った時、相手になりたいと手を上げた者が数名。みな、女性ばかりである。
海上保安官であれば誰もが学ぶ制圧術である。船上、陸上問わず、業務執行妨害をする者はそれ相応の処置を行う。それに、性別など関係ないのである。
「さすが伊佐さん、人気がありますね。私の場合、誰も手を上げませんよ。特に女子はね」
「制圧術の指導は、私より特警隊が適しているでしょう。私の出る幕ではないと思うのですが」
「我々のより、普通の人間がやることに意味があるのですよ。それに女子相手なら面子もたもたれる」
「分かりました。しかし、それでは女性保安官に失礼です。そちらの隊員もお借りしますよ」
「は?」
(悪い癖がでたな……まあ、仕方がない)
歌川もいないことで誰も伊佐を抑える者はいない。伊佐の悪い癖は静かなる挑発に乗ってしまうことだった。売られた喧嘩は割と買ってしまうタイプなのだ。
「では、平良隊長からご指名頂きましたので、軽くやらせてもらいます。先ほど手をあげてくださった五名と、かみしま特警隊の若手隊員は前へ。他の方々は下がってください。基本制圧と、応用編をお見せします」
伊佐がまとう空気が変わった。それを甲板にいた全員が感じたはずだ。平良だけは腕を組んで仁王立ちで見ている。
手をあげた五名と特別警備隊の若手隊員だけが中央に残った。
「では、立候補していただいたみなさんは、お一人つずつどうぞ。そうですね、私の胸にある階級章に触れられたら良しとしましょう。手段は問いません。警棒を使われてもけっこうです。では、あなたからどうぞ」
「では、参ります!」
一人目が伊佐の前にたち、低い体勢から伊佐の左胸を狙った。背の高い伊佐は難なく上から手首を取り捻ると、一人目は甲板に手をついてギブアップした。
これは合気道などでも用いられる、相手の力を利用するだけのシンプルな技だ。女性の護身術などに役に立つ基本中の基本。
「次!」
「参ります!」
技に覚えがあるのか、二人目は拳を握り伊佐に殴りかかってきた。空手か柔道経験者であろう。足腰がしっかりしており、気迫が感じられた。
伊佐は向けられた拳を真横に避け、素早く肘を突いた。体勢を崩したところで手首を取り、肩を押せば簡単に膝をついて制圧完了。
「次!」
何がなんでも伊佐の階級章を触りたい。いや、むしり取ってやりたい。襲いかかる方もいきり立った。
警棒で突いてくる者、足蹴りから入るもの、みな女性とは思えないほど勇猛果敢である。
しかし、伊佐の前では誰一人として歯が立たない。
「えー、全然届かない! 悔しい!」
立候補した女性全員、甲板に正座して落ち込んだ。
「さすが伊佐さん。基礎はしっかり学ばれていますね。ですが、うちの若いのは簡単にはいきませんよ」
「そうですよね。なので私も全力で行かせていただきます」
伊佐は額に浮かんだ汗を手の甲で軽く拭うと、警備隊員に向かってこう言った。
「全員で私を制圧してください」
「なんだって」
甲板がざわついた。
伊佐はなんてことない顔で中央に歩み出た。朝日が伊佐の肩をさす。
「おいお前ら、舐められてんぞ! 配置につけ! 目標、伊佐監理官。始め!」
かみしま警備隊員は素早く伊佐を包囲した。合図は伊佐が投げた帽子だ。悪役を買ってでた伊佐が人差し指で挑発する。すると円を組んだ警備隊員が回りながら、その円を小さくして伊佐に迫る。
一人の隊員の合図で一斉に伊佐に飛びかかる。
制圧の基本は、誰も怪我をすることなく犯人を抑えることだ。
「かかれ!」
お互い丸腰であるので、怪我をすることはないだろうが、あたりは緊迫している。
あっという間に円は塊になり、数名の隊員が伊佐を中央で押さえ込んだ。さすがにこれは伊佐が気の毒だと誰もが思った。しかしこれが制圧の基本だ。特別警備隊の展示訓練でよく見るやつだと、誰もがホッとした。
「イデデ……」
しかし、それは違った。
「うおっ」
押さえ込まれたはずの伊佐が真ん中で立っている。その周りで、警備隊員たちは手首や横腹を押さえながら転がっている。
「おい! なんてザマだ!」
平良隊長の怒号が甲板に反響した。
訓練だから、自分たちは特別警備隊だからというおごりがこうなったのかはさて置き、何が起きたのか当人たちも分かっていない。
「申し訳ありません。油断しました……」
「ばかもーん!」
その時、いさもまた油断をしていた。
「はい! 伊佐監理官の階級章いただきましたっ」
「なにっ!」
伊佐は背後から伸びてきた手に気づかず、いとも簡単に左胸を押さえられていた。
そして、暴れないように首も取られる。
「いやぁー」
「きゃー、後ろから」
「抱きついてる~」
女性たちからなんとも言えない悲鳴が聞こえた。その悲鳴はまるで、アイドルの舞台を見ている時の声にそっくりだ。
我如古レナだった。
「伊佐さん。終わりの合図まだなのにダメですよ? 私の勝ちですね!」
ピリリと、伊佐の階級章は剥ぎ取られた。これには伊佐も自分の負けを受け入れるしかない。両手を頭の上にあげ降参の合図を送った。
「気配、けせるんですか……」
「ふふっ。さあ、みなさん課業開始ですよ~」
伊佐は階級章の無くなった左胸を押さえた。まさに、一瞬の虚を突かれたのだ。しかも背後から心臓のある場所を。なんとも言えない気分だった。
「あ、これお返しします。真っ直ぐに貼らなきゃ……よし! では今日もよろし……く?」
レナが伊佐の胸に手を伸ばし階級章を貼ったとき、伊佐は無意識に彼女の手首を握っていた。白くて細いレナの手首から、ドクドクと脈打つ血管を感じる。
(熱い……)
「あのっ」
「ああ、すみません」
「後ろから取ったこと、怒らないでくださいね。あの場があまりにもピリピリしてたんで」
「いえ。見事な身のこなしでした」
「え、あ、ありがとう、ございます」
レナは伊佐が離した手首を後ろに隠した。触れられた場所がとても熱いのだ。
伊佐の体温がそこだけにまとわりつき、離れない。
その熱さが妙に心地よい。
かみしまの一日は始まったばかりだ。
伊佐は六時には起きて身支度をすませた。今は食堂で朝食を食べている。
【献立】
ごはん
お味噌汁
サケの塩焼き
サラダ
ヨーグルト
女性も男性も関係なく、ほぼ同じ量を食べている。
巡視船での業務は体力勝負といっていい。男女関係なく、それぞれの科の仕事をこなしていく。
甲板では重くて太い舫を引っ張ったり担いだり、機関室ではオイルに汚れながら点検も行う。先輩からの叱咤激励を全身に浴びながら一人前になっていくのだ。
「うまい……」
「何しみじみしてるんですか? おはようございます」
「おはようございますレナさん。やっぱり出汁のきいた味噌汁は最高ですね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるとうちの子たちも喜びます。みんな頑張ってるから」
「あれ、コーヒーとヨーグルトだけですか?」
「あ、すみません。朝は軽くじゃないと……」
「なるほど。いろいろなスタイルがありますね」
レナも昔はよく叱られた。朝食こそしっかり食べなさい。そんなことで仕事が務まるのか。レナ自身もそう思っていた。だからしっかりと食べた。しかし、ダメなのだ。理由はわからないが必ずそれが船酔いに繋がる。しかし、昼食や夕食ではそれが起きない。
「食べないとダメだって言わないんですね。体力勝負だぞ! って、言うかと」
「え? そうか、まあ確かに食べた方がいいですよね。でも、食べない方が調子がいいなんて人もいるみたいですから。それぞれでしょう」
「へー。さすが現代エリート上司」
「は?」
「なんでも?」
伊佐が朝食を食べ終わる頃、食堂の入口が賑やかなことに気づく。何事だろうと伊佐が顔を向けると、そこにはまだ寝ているはずの歌川が立っていた。
午前零時から四時までの当直だったはずだ。
「朝はきっちり食べないと調子が出ないんですよ。今朝は和食ですね。ああ、お味噌汁からいい匂いがします」
「でしょう! あ、サケはこれをどうぞ。他のより身が厚いです。内緒ですよ」
「僕を特別扱いしてもお給料はあがりませんよ」
「ひどいです。そういうのじゃありませんから」
「はい、はい。いただきます」
歌川の隣をきっちりキープしているのは、主計科の虹富まどかだった。ご飯をよそったり、お茶を盆に乗せたりとかいがいしく世話をしているように見えた。
(歌川のやつ、嫁連れて歩いてるのかよ……)
「くくっ」
「伊佐さん、どうかしました?」
「いえ。私はこれで。ごちそうさまでした」
伊佐は食べ終わったトレーを返却口に返して、もう一度歌川たちの方を見た。声こそ聞こえないが、虹富が何かを一生懸命に話し、それに黙ってうなずく歌川。
「あいつ、気付いてないんだろうな」
面白いことが起きそうだと、伊佐は笑いを堪えながら自分の部屋に戻った。
◇
八時半。
巡視船かみしまの後方甲板に、職員たちが等間隔に整列した。課業前に行われるラジオ体操だ。全員が第四種(夏用)の紺色の制服を着ている。
―― 腕を大きく上げ、背伸びの運動
ここで体を動かしほぐしておかなければ、一日の業務に差し支えるかもしれない。
ラジオ体操のあとはスクワットなどの、軽い筋力トレーニングを行う。
そして、確認を兼ねて制圧術の訓練もする。これも男女問わず、必ず行われるのだ。
海上保安官は全員、制圧術を習得することとなっている。
「制圧訓練にはいる。では今日は、伊佐さんに制圧術の手本を見せていただきます。お相手は……」
伊佐にとって寝耳に水。警備隊でもないのに自分が手本を見せるなんて聞いてない。しかもその手本を見せろと言っているのが、かみしま特警隊の平良だ。
(まさか、射撃訓練を根に持ってるわけじゃないよな……)
伊佐は思わず歌川を探した。しかし、午前四時まで当直を勤めた歌川はこの場にいない。
「あいつ、肝心な時にいないじゃないか」そう思った時、相手になりたいと手を上げた者が数名。みな、女性ばかりである。
海上保安官であれば誰もが学ぶ制圧術である。船上、陸上問わず、業務執行妨害をする者はそれ相応の処置を行う。それに、性別など関係ないのである。
「さすが伊佐さん、人気がありますね。私の場合、誰も手を上げませんよ。特に女子はね」
「制圧術の指導は、私より特警隊が適しているでしょう。私の出る幕ではないと思うのですが」
「我々のより、普通の人間がやることに意味があるのですよ。それに女子相手なら面子もたもたれる」
「分かりました。しかし、それでは女性保安官に失礼です。そちらの隊員もお借りしますよ」
「は?」
(悪い癖がでたな……まあ、仕方がない)
歌川もいないことで誰も伊佐を抑える者はいない。伊佐の悪い癖は静かなる挑発に乗ってしまうことだった。売られた喧嘩は割と買ってしまうタイプなのだ。
「では、平良隊長からご指名頂きましたので、軽くやらせてもらいます。先ほど手をあげてくださった五名と、かみしま特警隊の若手隊員は前へ。他の方々は下がってください。基本制圧と、応用編をお見せします」
伊佐がまとう空気が変わった。それを甲板にいた全員が感じたはずだ。平良だけは腕を組んで仁王立ちで見ている。
手をあげた五名と特別警備隊の若手隊員だけが中央に残った。
「では、立候補していただいたみなさんは、お一人つずつどうぞ。そうですね、私の胸にある階級章に触れられたら良しとしましょう。手段は問いません。警棒を使われてもけっこうです。では、あなたからどうぞ」
「では、参ります!」
一人目が伊佐の前にたち、低い体勢から伊佐の左胸を狙った。背の高い伊佐は難なく上から手首を取り捻ると、一人目は甲板に手をついてギブアップした。
これは合気道などでも用いられる、相手の力を利用するだけのシンプルな技だ。女性の護身術などに役に立つ基本中の基本。
「次!」
「参ります!」
技に覚えがあるのか、二人目は拳を握り伊佐に殴りかかってきた。空手か柔道経験者であろう。足腰がしっかりしており、気迫が感じられた。
伊佐は向けられた拳を真横に避け、素早く肘を突いた。体勢を崩したところで手首を取り、肩を押せば簡単に膝をついて制圧完了。
「次!」
何がなんでも伊佐の階級章を触りたい。いや、むしり取ってやりたい。襲いかかる方もいきり立った。
警棒で突いてくる者、足蹴りから入るもの、みな女性とは思えないほど勇猛果敢である。
しかし、伊佐の前では誰一人として歯が立たない。
「えー、全然届かない! 悔しい!」
立候補した女性全員、甲板に正座して落ち込んだ。
「さすが伊佐さん。基礎はしっかり学ばれていますね。ですが、うちの若いのは簡単にはいきませんよ」
「そうですよね。なので私も全力で行かせていただきます」
伊佐は額に浮かんだ汗を手の甲で軽く拭うと、警備隊員に向かってこう言った。
「全員で私を制圧してください」
「なんだって」
甲板がざわついた。
伊佐はなんてことない顔で中央に歩み出た。朝日が伊佐の肩をさす。
「おいお前ら、舐められてんぞ! 配置につけ! 目標、伊佐監理官。始め!」
かみしま警備隊員は素早く伊佐を包囲した。合図は伊佐が投げた帽子だ。悪役を買ってでた伊佐が人差し指で挑発する。すると円を組んだ警備隊員が回りながら、その円を小さくして伊佐に迫る。
一人の隊員の合図で一斉に伊佐に飛びかかる。
制圧の基本は、誰も怪我をすることなく犯人を抑えることだ。
「かかれ!」
お互い丸腰であるので、怪我をすることはないだろうが、あたりは緊迫している。
あっという間に円は塊になり、数名の隊員が伊佐を中央で押さえ込んだ。さすがにこれは伊佐が気の毒だと誰もが思った。しかしこれが制圧の基本だ。特別警備隊の展示訓練でよく見るやつだと、誰もがホッとした。
「イデデ……」
しかし、それは違った。
「うおっ」
押さえ込まれたはずの伊佐が真ん中で立っている。その周りで、警備隊員たちは手首や横腹を押さえながら転がっている。
「おい! なんてザマだ!」
平良隊長の怒号が甲板に反響した。
訓練だから、自分たちは特別警備隊だからというおごりがこうなったのかはさて置き、何が起きたのか当人たちも分かっていない。
「申し訳ありません。油断しました……」
「ばかもーん!」
その時、いさもまた油断をしていた。
「はい! 伊佐監理官の階級章いただきましたっ」
「なにっ!」
伊佐は背後から伸びてきた手に気づかず、いとも簡単に左胸を押さえられていた。
そして、暴れないように首も取られる。
「いやぁー」
「きゃー、後ろから」
「抱きついてる~」
女性たちからなんとも言えない悲鳴が聞こえた。その悲鳴はまるで、アイドルの舞台を見ている時の声にそっくりだ。
我如古レナだった。
「伊佐さん。終わりの合図まだなのにダメですよ? 私の勝ちですね!」
ピリリと、伊佐の階級章は剥ぎ取られた。これには伊佐も自分の負けを受け入れるしかない。両手を頭の上にあげ降参の合図を送った。
「気配、けせるんですか……」
「ふふっ。さあ、みなさん課業開始ですよ~」
伊佐は階級章の無くなった左胸を押さえた。まさに、一瞬の虚を突かれたのだ。しかも背後から心臓のある場所を。なんとも言えない気分だった。
「あ、これお返しします。真っ直ぐに貼らなきゃ……よし! では今日もよろし……く?」
レナが伊佐の胸に手を伸ばし階級章を貼ったとき、伊佐は無意識に彼女の手首を握っていた。白くて細いレナの手首から、ドクドクと脈打つ血管を感じる。
(熱い……)
「あのっ」
「ああ、すみません」
「後ろから取ったこと、怒らないでくださいね。あの場があまりにもピリピリしてたんで」
「いえ。見事な身のこなしでした」
「え、あ、ありがとう、ございます」
レナは伊佐が離した手首を後ろに隠した。触れられた場所がとても熱いのだ。
伊佐の体温がそこだけにまとわりつき、離れない。
その熱さが妙に心地よい。
かみしまの一日は始まったばかりだ。
10
あなたにおすすめの小説
トキネさんは修行しすぎて無敵になりました<連続活劇編>
十三岡繁
キャラ文芸
※毎日 07:30と17:30に更新予定です。
嘉永三年、西暦で言えば1850年の江戸の世に彼女は生まれた。
気付けばなぜか20代から歳をとらなくなっていた彼女は、暇つぶしというわけでもないが水が合ったのか、数々の武道の修練に励む。しかし歳をとらない彼女は修行する時間が長すぎた。その結果通じた全ての武道で達人ともいえる力を身に着けてしまう。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
しがない電気屋のおっさん、異世界で家電召喚ライフしてたら民から神格化され魔王から狙われる
長月 鳥
ファンタジー
町の電気屋として細々と暮らしていた俺、轟電次郎(とどろき でんじろう)。
ある日、感電事故であっけなく人生終了──のはずが、目を覚ましたら異世界だった。
そこは魔法がすべての世界。
スマホも、ドライヤーも、炊飯器も、どこにもない。
でもなぜか俺だけは、“電力を生み出し家電を召喚できる”という特異体質を持っていて──
「ちょっと暮らしやすくなればそれでいい」
そんなつもりで始めた異世界ライフだったのに……
家電の便利さがバレて、王族に囲まれ、魔導士に拉致され、気が付けば──
「この男こそ、我らの神(インフラ)である!」
えぇ……なんでそうなるの!?
電気と生活の知恵で異世界を変える、
元・電気屋おっさんのドタバタ英雄(?)譚!
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる