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満員電車で発情させられて:03
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正月休みが明け
冷たい朝の空気の中――
柊は駅の改札で立ち止まり
颯を待っていた。
まだ人通りはまばらで、吐く息が白い。
しばらくして
改札の向こうから見慣れた姿が現れる。
颯が、マフラーを巻いたまま駆け寄ってきた。
「先輩、あけましておめでとうございます」
「……あけましておめでとう。
今年もよろしくお願いね。」
二人とも
どこかよそよそしい口調だった。
「お土産、ありますよ!
あとで渡しますね」
颯がそう言って笑ったとき、
柊はその笑顔に、どこか釘付けになる。
電車のホームへ向かう道すがら、
颯は変わらぬ声色で近況を語った。
「久遠、雪すごかったですよ。
それに犬に追いかけられっぱなしでしたよ。
ほんと、毎年のことなんですけど、なんで僕だけ……」
苦笑まじりのその愚痴に
柊は小さく吹き出す。
ふと、左鎖骨の奥が疼いた。
(……思い出すな。あの夜のこと)
不意に、隣から声がした。
「……先輩?
もう消えちゃいましたか?」
「…………」
「“あれ”のことですよ」
颯はあどけなく首を傾け
いたずらっぽく微笑んだ。
「またつけてあげますからね」
一瞬だけ視線が絡み合う。
通勤の喧騒の中にあって
二人だけの音が止まった。
何事もなかったように
前を歩く颯の後ろ姿を見つめながら、
柊は、自分の胸の奥がぞわりと
泡立つような感覚に囚われていた。
支配の痕が疼くたび、
それを“嫌悪”として処理するには
あまりにも鈍く甘い。
いつもの通勤電車の中。
柊と颯は並んで立っていたが
互いに言葉はほとんど交わさなかった。
仕事に関わる時間だけは
きちんと「切り替える」
のが暗黙の了解だった。
オフィスビルに着くと
エントランスには笑顔と挨拶が飛び交い、
新年らしい華やぎが残っていた。
「神城くん、おかえり~!
あけおめ~」
エレベーターを降りた途端
颯の元に女性社員たちが駆け寄ってくる。
「なんかさ……神城くん
冬休み明けたら、より可愛くなってない?」
「もしかして恋とかしてきた?
地元でときめきあったんじゃないの~?」
「えっ、ち、違いますよっ」
颯は耳まで赤くしながら、慌てて手を振る。
「犬に追いかけ回されてただけですしっ……!」
「"わんこ"にモテてたんだ?
もうそれだけで可愛い~~!」
「うわ~、やっぱ天性だよねぇ。
何してても可愛いもん」
「ちょ、やめてくださいっ、
からかわないでください~!」
あたふたする颯の姿に
フロア中が和んだ空気に包まれる。
その様子を、自席から見ていた柊は、
思わず小さくため息をついた。
(……より可愛くなった、か)
自分だけが知っている
“あの顔”を思い出しそうになり、
柊は意識を切り替えるように
視線をディスプレイへ落とした。
そんなときだった。
「先輩、コーヒー淹れますけど
飲みますか?」
ふと背後から届いたその声は
ほんの少しだけ甘さを含んでいた。
「……あっうん。ブラッ――」
「ブラックですよね?」
そう答えると
颯は嬉しそうににっこり笑って
カップを抱えていった。
誰も気づかない。
気づくはずもない。
その笑顔が――
「支配の印」の
主人の笑顔だなんてことを。
カップを手渡されるとき
ほんの一瞬、指先が触れ合った。
たったそれだけで
柊の胸の奥がざわりと熱を帯びる。
(ダメだ……今は、仕事中だ)
(落ち着け……俺…)
自分を叱るように視線を下げ
ディスプレイへ向き直る。
けれどそのあとろくに
進まないカーソルの点滅が、
どこか、自分の心の乱れを
映し出しているように思えた。
冷たい朝の空気の中――
柊は駅の改札で立ち止まり
颯を待っていた。
まだ人通りはまばらで、吐く息が白い。
しばらくして
改札の向こうから見慣れた姿が現れる。
颯が、マフラーを巻いたまま駆け寄ってきた。
「先輩、あけましておめでとうございます」
「……あけましておめでとう。
今年もよろしくお願いね。」
二人とも
どこかよそよそしい口調だった。
「お土産、ありますよ!
あとで渡しますね」
颯がそう言って笑ったとき、
柊はその笑顔に、どこか釘付けになる。
電車のホームへ向かう道すがら、
颯は変わらぬ声色で近況を語った。
「久遠、雪すごかったですよ。
それに犬に追いかけられっぱなしでしたよ。
ほんと、毎年のことなんですけど、なんで僕だけ……」
苦笑まじりのその愚痴に
柊は小さく吹き出す。
ふと、左鎖骨の奥が疼いた。
(……思い出すな。あの夜のこと)
不意に、隣から声がした。
「……先輩?
もう消えちゃいましたか?」
「…………」
「“あれ”のことですよ」
颯はあどけなく首を傾け
いたずらっぽく微笑んだ。
「またつけてあげますからね」
一瞬だけ視線が絡み合う。
通勤の喧騒の中にあって
二人だけの音が止まった。
何事もなかったように
前を歩く颯の後ろ姿を見つめながら、
柊は、自分の胸の奥がぞわりと
泡立つような感覚に囚われていた。
支配の痕が疼くたび、
それを“嫌悪”として処理するには
あまりにも鈍く甘い。
いつもの通勤電車の中。
柊と颯は並んで立っていたが
互いに言葉はほとんど交わさなかった。
仕事に関わる時間だけは
きちんと「切り替える」
のが暗黙の了解だった。
オフィスビルに着くと
エントランスには笑顔と挨拶が飛び交い、
新年らしい華やぎが残っていた。
「神城くん、おかえり~!
あけおめ~」
エレベーターを降りた途端
颯の元に女性社員たちが駆け寄ってくる。
「なんかさ……神城くん
冬休み明けたら、より可愛くなってない?」
「もしかして恋とかしてきた?
地元でときめきあったんじゃないの~?」
「えっ、ち、違いますよっ」
颯は耳まで赤くしながら、慌てて手を振る。
「犬に追いかけ回されてただけですしっ……!」
「"わんこ"にモテてたんだ?
もうそれだけで可愛い~~!」
「うわ~、やっぱ天性だよねぇ。
何してても可愛いもん」
「ちょ、やめてくださいっ、
からかわないでください~!」
あたふたする颯の姿に
フロア中が和んだ空気に包まれる。
その様子を、自席から見ていた柊は、
思わず小さくため息をついた。
(……より可愛くなった、か)
自分だけが知っている
“あの顔”を思い出しそうになり、
柊は意識を切り替えるように
視線をディスプレイへ落とした。
そんなときだった。
「先輩、コーヒー淹れますけど
飲みますか?」
ふと背後から届いたその声は
ほんの少しだけ甘さを含んでいた。
「……あっうん。ブラッ――」
「ブラックですよね?」
そう答えると
颯は嬉しそうににっこり笑って
カップを抱えていった。
誰も気づかない。
気づくはずもない。
その笑顔が――
「支配の印」の
主人の笑顔だなんてことを。
カップを手渡されるとき
ほんの一瞬、指先が触れ合った。
たったそれだけで
柊の胸の奥がざわりと熱を帯びる。
(ダメだ……今は、仕事中だ)
(落ち着け……俺…)
自分を叱るように視線を下げ
ディスプレイへ向き直る。
けれどそのあとろくに
進まないカーソルの点滅が、
どこか、自分の心の乱れを
映し出しているように思えた。
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