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課金令嬢はしかし傍観者でいたい

久しぶり1

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 魔法学園カルヴィナータへ入学して1ヶ月。

 ヒロインであろう光属性の少女─アイーシャが入学してから数日経つが、全くと言っていいほど接点がない。私はともかく、攻略対象であるロイですら接点がない。あれだよね、入学時は迷子になってイケメンが助けてくれるとかっていうのが ありがちなパターンだけど、そういうシステムはないのかしら?

 ナディアの調査によると、アイーシャは庶民の生まれだ。両親は魔力を持たず、魔法とは全く関係のない暮らしをしていた。それを偶然迷いこんだマザーガーデンで魔力が開放され、ちょうど養女を求めていた男爵家に引き取られる。そして入学してから行われた属性検査で、まさかの光属性であることが判明、という流れのようだ。
 うん、まさにヒロインらしい設定と言える。

 特別な力を持つ者への反応は、たいがい【崇拝や羨望】もしくは【恐怖や嫉妬】に分かれるものだ。アイーシャに対する周囲の反応は、残念ながら後者が多いようだった。素朴だが愛らしい容姿、そして内気で可憐な性格も相まって、主に女生徒からの視線が厳しい。何度か女子生徒に囲まれているところを他の男子生徒や教師が助けている場面を見たことがある。

 がしかし、問題が一つ。

 ロイもクイラックスもミカエラも、誰も助けねぇ。いや、助けないと言うよりは、そのような状況に気付いていないと言う方が正しいだろう。ヒロインらしく、不思議とトラブルは私達の近くで起きる。起きるのだが、全く気付かない。私が気付かせようとすれば、ロイ達よりも先に相手が気付いてしまい、逃げられる。スルーしていれば、他の男子生徒や教師が先に助けに入る。

 さらに気になる点は、アイーシャ自身だ。他者からの嫌がらせを何度か受けているというのに、彼女は毎日笑顔で学園生活を送っている。傷付いたり、嫌がらせをした生徒に怯えたりする姿はなく、いつでも愛らしい。
 弱い姿を見せようとしない強い子なのかな。と思いきや、悲しげに涙を流し「守ってあげたい可憐なアイーシャ」になる場面も見てきた。その場面は、必ずロイ達と行動を共にしている時だ。

 同じ女としての勘だが、ふとある疑念がわく。もしかして、これは彼女の演出なのではないか、と。そう感じてしまうと、彼女の行動が全て計算されていて、アピールをしているように見えてしまう。私と思い過ごしかもしれないが。

 悪役令嬢である私は、今後アイーシャをいじめることになるのだろう。しかし、現時点できっかけがない。
 私がアイーシャを目の敵にするには、彼女とロイの接触が必要になる。婚約者と親密になっていくヒロインの邪魔をするのがお約束だろう。はよなれよ、親密に。イベント起きないのかな。

「平和だ……」

「今だけですよ、姫様」

 心のままに漏れた声は、レイビーが拾ってくれた。今こうして庭のベンチで公爵令嬢らしからぬだらけ方ができるのは、彼のおかげである。レイビーお得意の空間魔法を使い、周囲と遮断してくれているのだ。
 公爵令嬢であり、絶世の美女であり、シルベニア国の次期国王であるロイの婚約者──つまりこの国の次期王妃である私は、学園内では否応なしに注目を集める。ロイとの婚約が決まって以来、それはもう何度脱走を試みたか分からないほどの厳しい王妃訓練を受けてきたため、人前で振る舞うべき姿は習得している。
 けれどやはり、視線を意識しなくて済むこの空間は、私のオアシスとなっている。もちろん、フゥちゃんが突っ込んでこないよう、しっかり説明済みだ。マナ様の気が少しでも乱れた時には、破壊しますからね!と不満げに訴えていたけど。

「はぁ……ヒマ」

「俺とイイコトします?」

「しない、触らないで」

「えー」

 そんなこと言いながらも、レイビーは伸ばした手を引いた。私が感情的になったら来ちゃうもんね、天敵フゥちゃんが。

「はぁ、友達が欲しい」

「友達?いらないですよ、そんなもの」

「いるわ!欲しいのよ私は!」

「そもそも、姫様に見合った相手がいるとは思えませんけどね」

 そう言われるとぐうの音も出ない。ここ魔法学園は、出自関係なく皆平等に生徒であると謳っているが、やはり貴族の令嬢や令息にとってはある種の社交場である。社交界デビューが16歳~20歳あたりということもあり、入学してからがいよいよ本格的に大人の仲間入りとなる。学園に入学した生徒は、年に一度行われるシルベニア国主催のパーティーでデビューを迎える。これは貴族にとって大変名誉なことであり、貴族ではない生徒としては、一生に一度のまたとない機会だ。王族主催のパーティーでデビューできるだけでなく、他国の王族も招待するため、シルベニア出身ではない生徒にとっては、自国の王族と対面することができるのだ。庶民としては震え上がるほどの大チャンスである。

 つまり、そのパーティーがたった一度のチャンスと言われるくらい、学園内の交友関係では家柄が重要視されている。私に見合う友人となれば、同じく爵位を持つ女性……いや、それでも絶大な力を持つ公爵家となれば、そう簡単に声はかけられないだろう。

 ……ええ、お察しの通り。ぶっちゃけ普通の友達はまだ1人もできていません。今私が学園で関わっているのは、婚約者ロイ自称下僕双子レイビーとイリスペットフゥちゃん専属メイドナディアくらい。あ、あとは金魚のフンクイラックスか。

 ……あぁ!友達が欲しい!共に学び!切磋琢磨し!汗をかき!ツラいときは共に泣き、嬉しい時は共に喜ぶ友が欲しい!せっかく転生したのだもの!青春したい!順調に魔法の知識を得ているが、色が足りないのだよ、色が。華やかな学園生活とかじゃなくていいから、若かりし青春の色が欲しい。

 はぁ……。何度目かのため息を吐いた時、上からイリスが降ってきた。

「姫様!パプリカ頭で目付きの悪い男、連れてきましたよ!」

「よっしゃでかしたイリス!って何で何人もいるのよ!」

 イリスの後ろには、拘束された赤髪の男が5人いた。それぞれ怯えていたり、状況が理解できずフリーズしていたりと様々だ。

「いやぁ、意外といるんですね、パプリカ頭。どれか分かんないんで、とりあえず全員連れてきました!」

「ひぃ!」

 イリスが近くに転がっていた男を蹴ると、小さく悲鳴を上げた。

「ふむ、私が探してた男はね………んーと………あ!いたいたいた、いましたよぉ~」

 お目当ての男を見つけ、思わず頬が緩む。決して良い顔はしていないだろう。その顔を見て、戸惑っていた男達の顔は青ざめた。そんなこと構わず目的の人物に近付き、躊躇いなく胸ぐらを掴んだ。

「ようやく見つけたわよぉ、ミカちゃん」

「……はぁ」

 しばらく私を睨み上げていたミカエラだが、諦めたように息を吐いた。そんな彼に頬を寄せて近付く。上目遣いなんて愛らしいものじゃないよ、目ぇ剥いてるからな。

「ねぇねぇねぇ、私達友達でしょ?なんで会いに来てくれなかったの?ねぇ、なんで?あ!もしかして私を試してた?そんなことする必要ないのに、不安だったんだね。大丈夫だよ、私はミカちゃんのこと親友だと思ってるからさ」

「こえーよお前は!!」

「あははははは」

 勘違いで連れて来られた4人の男は、私の狂った姿を見てガクガクと震えていた。

「姫様姫様、外面は?」

「は?何で私が外野の顔色伺わなきゃいけないのよ」

「うわぁー、惚れ惚れするほど自己中心的」

「それでこそ我らの姫様!」

 大丈夫、残りのコレは全員記憶消しとくから安心してください!と意気込むイリスを見て、ミカエラは再び深いため息を吐いた。
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