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課金令嬢はしかし傍観者でいたい

久しぶり2

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 レイビーには、引き続き結界を張っていてもらう。
 なぜかって?だって、この光景を他の生徒に見られたらまずいじゃない。ベンチにふんぞり返って座る私の前に、床に正座をする三人の男女。
  
「──って、なんであんたらもそこに座ってんのよ!」
  
 なぜかミカエラを挟むように、レイビーとイリスも正座していた。

「いや、俺達姫様に見下されるのが好きなもんですから」

「この景色が最高なんですよ」

 我々にとってはご褒美です!なんて嬉々として語るイリス。若干慣れつつある自分が怖いが、今はそんなこと気にしている時間がもったいない。なぜなら、目の前にはやっと見つけた捕まえたミカエラがいるのだから。

「あのね、今回は二人に構ってる暇はないの。だって今から、私は友達と過ごすのに忙しいんだもの。そう、友達とね!」

「突然拉致して地べたに膝をつかせるのがお前の言う友達か」

 睨み上げるミカエラは拘束を解かれているが、逃げるような素振りはない。まぁこの二人に挟まれたらね。ヘラヘラしているけど、どれだけ勝ち目がない相手かなんてミカエラならオーラで理解するだろう。
 改めてミカエラを眺める。うん、これはどう見てもモブキャラではない。パプリカ頭というほど赤くはなかったな。キレイなボルドーの髪だ。アイスブルーの瞳は鋭く切れ長で、目尻の上がったこれまたキレイな形をしている。十中八九攻略対象だろう。けれどヒロインではないと分かった今、攻略対象かどうかなんて気にする必要はない。
 私にとってミカエラは、婚約者でも従者でも兄弟でもない。つまり友!だれが何と言おうと友!逃すものか。まぁミカエラも?ほいほいほほいと友達を作れる性格ではないだろうし?お互いに唯一の友?もはや親友ね!

親友ともよ、久しぶりね」

「然り気無くランクを上げるな」

「照れるなよ」

「笑わせんなよ」

「キスしたくせに」

「「は?」」

 最後の言葉に間髪入れずに反応をしたのは、レイビーとイリスだった。私が制止する間もなく、いや、声を出すための息を吸う間もなく、レイビーがミカエラの眼球スレスレにナイフを立て、イリスは首にナイフを構え──
「って、刺さってる刺さってる!イリス!ミカの首にツーって血が出てるから!離れなさい!」

「──チッ」

 舌打ちをしてナイフをしまうイリス。レイビーもそれに倣う。どこから出したんだよ、それ。二人の殺気が静まる様子はなく、人を貫通させそうなほどの刺々しいオーラをミカエラに一心に向けていた。
 おそらくキスというワードで反射的にナイフが出たのだろう、眼球目前で自制心が働いただけよかったと思うべきかもしれない。イリスは制御できていないというより、わざとだな、あれは。あの勢いで止めるっていうのは、寸止めより難しい。って感心してる場合じゃないか。二人はまだ間にいるミカエラをこれでもかというほど睨んでいる。死ね死ねなんて言葉が見えるほどのオーラだ。まったく……。

「レイビー、イリス。たかがキスの一つや二つで殺気立たない」

「いや、姫様。たかがキス、じゃないんですよ。姫様の唇ですよ?万死に値すると思いません?」

 いや、本人わたしに同意を求めるな。

「私のキスは人一人の命ほど価値のあるものではありません」

「あります、あります。姫様から褒美のキスをいただけるなら、私もレイビーも───!」

「私もレイビーも……何だって?それ以上は言わせねぇよ?命を軽んじるなって言ってるよな?何度も」

「も、申し訳ありません……」

 堪忍袋の緒がプツプツと切れかかっているのを察知し、イリスはそれ以上口を開くことはなかった。飼い主に叱られた犬のように項垂れている。
 レイビーとイリスは私の指示には必ず従う。けれど、指示のない限りは自由に振る舞う。アサシンとして生まれ、アサシンとして育ってきた彼らにとって、人の命を奪うという行為は日常生活なのかもしれない。ましてや木から生まれた二人には、こういった人間のモラリティーのようなものが理解できないのは仕方がないのかもしれない。前世の世界でも、国や文化が違えば【普通】が異なっていた。
 けれど、それでもやはり命を軽んじる言動はしてほしくないし、命を奪うということは、その反対に奪われる可能性があるということだ。恨まれることも少なくないだろう。何が二人にとって幸せなのかは分からないが、それでも私なりに幸せにしたいと思う。

 二人を止められるのは私だけで、二人に言葉が届くのも今は私だけなのかもしれない。それなら私は、もっと強くならなければいけない。私が誰かに狙われるというのなら、私を守るために二人が躊躇わず始末できるようアサシンとして生まれてきたというのなら、私が狙われなければいい。私が二人より先に始末すればいい。極端かもしれないが、やはり守られているだけではダメだ。
 強くなろう。もっと。

「よし、稽古しよう、ミカ」

「は?何だよ急に」

「強くなろう、一緒に」

 突然の切り替えに戸惑うミカエラだが、彼もまた、私の突拍子のなさには慣れてきたのかもしれない。

「……はぁ。落ち着いた生活を少しは期待してたが、お前に見つかった時点で諦めた」

「かーらーのー?」

「うるさいな。付き合いますよ、お姫様」

 挑発するように見上げてくるミカエラは本当に美しくて……はぁ、本当にどうしてこうもSっ気を掻き立てるのかしら。こういう生意気な美少年の両手を拘束して、床に転がして……そうね、まずはその口でガーターでも外させようかしら……

「ちょっと興奮してきたわ、ガーター履いて来ていい?」

「お前今絶対稽古以外のこと考えてただろ!」

 顔を真っ赤に染めて声を荒げるミカエラ。その横で大人しくしていたイリスは、我慢しつつもガーターに反応して鼻をフスフスさせている。

「……どうしたの?レイビー」
  
「……あ、いや。……あー」

 イリスと同じように変態全開になるであろうレイビーが、やけに静かだ。気になって問いかけると、顔から血の気が引いたような、焦っているような、目が右へ左へと泳いでいる。そして意を決したように、顔の前に勢いよく両手を合わせた。

「姫様、ごめん!」

「な、何よ。何かあったの?」

「……切れてた」

「切れてた?何が?」

「結界」

「へっ?結界……て、……あんたまさか!」

 慌てて周囲を見回す。空間魔法を使っていた時は、周囲に生徒がいてもこちらに気付くことなく、ただ通りすぎていただけだった。けれど今はどうだ。

 全員こっち見てる。

 全員こっち見てるー!!!

 地面に膝をつけている生徒が三人。その前に偉そうに立つ私。まだ……まだ挽回の余地はあるだろうか!?

「ねぇレイビーさんや、いつから結界切りやがったんだい?」

「あれですね、キスしやがったってとこでキレちゃって、ついでに結界も切れちゃったみたいですねー」

 あはははなんて笑っているけど、周囲の生徒は大勢ではないとはいえ、それぞれが「キスの一つや二つって……」「稽古って何をするのかしら?」「ガーターって…!」「あの方はロイ王子の婚約者では……」なんて話している。


 詰んだ。


「姫様、白目向いちゃってるよ」

「そりゃそうなるだろ」

「ごめん姫様ー!すぐここにいる全員始末するからー!」

「やめろ!逆に状況が悪化するわ!」

 三人がワーワーと騒いでいても、もはや止める気力すら残っていなかった。
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