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課金令嬢はしかし傍観者でいたい
繋がる1
しおりを挟む「会長、今すぐあの女とは縁を切ってください!」
普段のクイラックスとは思えない勢いでドアが開けられる。肩で息をしているのは走ってきたせいか、興奮しているせいか。おそらく両方だろう。
「そんなに慌てるなんて珍しいね、クイラックス」
ロイは穏やかに話しかけるものの、もはやそれすら届いていない様子だ。少しズレたメガネを指で押し上げた。
「いいですか、会長。最近生徒の間ではあの女の噂で持ちきりです。何でもあの女は、10人もの生徒を地面に這いつくばらせ、ガーターを履いたその足で彼らを踏みつけ、なおかつ、稽古だと言って全員とキスをしたそうです!何ていう悪女!いや、私は分かっていました。あいつは会長を惑わす悪女であるということを。しかしながら!会長という至高の婚約者がいるにも関わらず!なんたる裏切り!とても許せる問題ではありません!」
握った拳は震え、ワナワナという言葉がこんなにも表現されているのは初めて見た。ロイは目を丸くしてキョトンとしている。とりあえず口の中に詰め込んだフルーツを飲み込んだ。
「やだ、ロイったら。そんな女と付き合ってたの?趣味悪」
「お前のことだー!そこにいたのか!何をのんびりランチしているのだ!今すぐこの部屋から出ていけ!」
先程よりも大きな声を出すクイラックス。うるせぇ。唾が食事に入ったらどうしてくれるんだ。
「まぁまぁ、クイラックス。ただの噂だろう?一度落ち着いた方がいい」
「いいえ、落ち着いてなどいられません。これは会長の名誉に関わることです」
クイラックスはまたズレたメガネを上げる。それサイズ合ってないんじゃないの?彼の話を聞く限り、先日のあの騒動が瞬く間に広まったのだろう。所々事実と異なることはあるが、まぁこういうものは尾ひれがつくものだ。
ちらりとロイを伺えば、彼は穏やかな笑顔を保っている。さすがは王子。いや、さすが私の幼馴染。私のことに関する耐性は完璧だ。たかが噂に踊らされることなどない。だが、私がいくら悪女設定だとしても、さすがに変態のようなイメージは避けたい。広めるなら、もう少し格好いい悪女にしてほしいものだ。
「聞いて呆れるわね。そんな根も葉もない噂、よく広まったものよ」
「それでは、お前はこの噂が事実ではないと言うのか?」
詰め寄るクイラックスは真剣そのもので、まるで警察官に尋問されているような気分になる。窓の外にいる、今にもナイフを投げそうなイリスを止めるよう、小さくレイビーに合図を送った。この誤解は私がきちんと正さなくてはね。
「ええ、全くの事実無根よ」
「では、なぜこのような噂が広まったのだ?」
「そんなもん知らないわよ。いい?私が跪かせたのは、10人じゃなくて3人よ。ガーターは履こうとは思ったけど、実際は履いてないわよ。むしろ言わせんなよそんなこと。もちろん踏みつけてもいないし、キスなんてしていないわ。あと、稽古っていうのはそのままの意味よ。ミカエラと剣で修行をしようと話してたの」
「根も葉もないとはよく言えたな。それが根であり葉だ。そしてそこでお前が縛り付けているのは、私の弟だー!何してくれるんだ!」
再び興奮したクイラックスが指したのは、全身ぐるぐる巻きにしてあるミカエラだ。先程までギャーギャー騒いで暴れていたのに、クイラックスが来た途端気配を消していたので放置していた。
「弟?違うわよ、彼はミカエラよ」
「あぁ、間違いなどあってたまるか!ミカエラ・アルストラは行方不明になっていた、正真正銘俺の弟だ!」
「え、何、ミカちゃん家出少年?」
「頬をペチペチするな!弟に触るな!」
私を押し退けるようにミカエラに近付くクイラックス。けれど、ミカエラは近付く兄を見ようともしなかった。
「ミカエラ!今までどこに行っていたんだ?家族みんな心配していたんだぞ!」
クイラックスは床に膝をつき、ミカエラの拘束を解いた。それでも尚、ミカエラは舌打ちをするだけで兄を見ようとしない。
「家族?みんな?笑わせるなよ。誰も心配するはずないじゃないか。されたことなんて一度もない」
忌々しげに呟くミカエラ。うーむ、訳ありだな、これは。
「あれか、兄がうざくて家出したのか。分からなくもないけどね」
「なっ!私のどこが──「お前には関係ない!いちいち家のことまで首を突っ込むな」
クイラックスが抗議の声を上げようとするが、より大きくハッキリとした声で、ミカエラに遮断される。
「何よ、親友なんだから教えてくれたっていいじゃない」
可愛らしく唇を尖らせてスネてみるものの、ミカエラには効果はなさそうだ。
「俺は家族を捨てたんだ。もう家族なんていない」
捨てたと言うくせに、捨てられた子犬のような顔して。そんな泣きそうな顔で家族はいない、なんて。未練タラタラなのがひしひしと伝わってくるわ。ほんと、ミカエラのそういう反抗期の少年のようなところが姉心をくすぐるというか、放っておけないのよね。愛の求め方がズレてるとこ。
「ほら、話してごらん。ルルルールルルー」
「やめろ!顎を撫でるな!俺は動物じゃねぇ!」
「弟に触るな悪女め!お前はやはり色んな男を誑かす──」
ビィン!
そんな音が聞こえた。小さな風がクイラックスの横を通りすぎ、それはまるで鼬のように髪を一房切った。風の到着地点には、見事に壁に刺さったフォークが一つ。私がデザートのフルーツを食べていた、そのフォークが壁に刺さり、なお上下に震えている。
「4回」
「……は?」
「あんたは私のことを4回お前と言った……次は髪じゃ済まさない」
クイラックスの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。しばらく騒ぐことはないだろう。そのまま黙っていなさい。
「さて、親友よ」
「!」
呼べば、ミカエラの肩が跳ねた。こちらにも影響があったようだ。
「話せ」
「別におま─マナリエルに話すことなんてない」
「いいから話せ」
笑顔で圧力をかける。こんな展開を目の当たりにして、スルーなんてできるわけがない。攻略に大事な設定の一部かもしれない、なんて考えはない。ただミカエラを知りたいと思った。
「……俺は赤髪だ」
根負けしたのか、ミカエラがぽつりと話し始める。
「見れば分かる」
「マナリエル、こういう時は静かに聞くんだよ」
ロイに諭され、両手で口を塞いでコクコクと頷いた。
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