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課金令嬢はしかし傍観者でいたい

繋がる2

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 シルベニアは世界の中心である。国土は世界一、二を争う広さで、精霊の加護を受けているため土地は豊か。資源や天候にも恵まれ、まさに理想的な環境といえる。そして何より、魔力を持つ国である。それ故、他国がこの地を欲しがるのは当然のことであり、どの国よりも多くの侵略戦争を仕掛けられてきたという事実は、歴史を見なくとも明白だ。けれどそれは時代が新しくなるごとに減少していき、現在は奪うのではなく、友好関係として援助を求める国がほとんどである。
 なぜか。その答えは単純明快。土地はシルベニアであってこその土地だからである。

 シルベニアの西に位置するサウリオは、過去に二度シルベニアへの侵略を目論み、国境を越えた先のルルティコを手中に収めようとした。目的はもちろん、精霊の加護を持つその豊かな地の恩恵を受けるためである。
 ルルティコは当時まだ小さな村であり、珍しい花や生物が生息し、自然の楽園と呼べるような豊かな地であった。そんな楽園を目の前にすれば、喉から手が出るほど欲してしまうのは仕方がないのかもしれない。いつからか国土の半分が呪われた地となってしまったサウリオからすれば、まるで永遠に手の届かないオアシスのような存在だったであろう。

 その頃のサウリオは王の独裁政権が進み、貧富の差は広まるばかりであった。苦しい生活を強いられていく民。遠くに見えるオアシスへの憧れがいつしか妬みへと変わり、謂れなき恨みや怒りとなり、ついに最悪な結末へと繋がってしまった。サウリオ王は国民の不満を全てルルティコへと仕向け、精神を追い詰めらた国民は、それに従うように思考を塗り替えられていた。



 さて、結果としてルルティコへの侵略が成功したかと聞かれれば、そうだとも言えるし、そうではなかったとも言える。
 武装したサウリオ王率いる軍は、作戦により深夜の奇襲を実行した。それが卑怯だと異を唱える者は、その集団には存在しない。むしろそれすら正義だと信じてしまうほどに、彼らは楽園に餓えていた。
 ルルティコの民は突然の奇襲に狼狽え、怯え、抗い、多くの死者が出た。見目麗しい者は性別年齢問わず捕虜となり、村長の娘が一番の収穫であったと言われている。ルルティコを治める一族アルストラは皆美しい青髪を持ち、代々強い水属性の魔力を持って生まれる。彼らは今もなお領地を守る存在として君臨しているが、当時の村長の娘であるラニは、それはそれは美しい青髪であった。

 勝利を治めたサウリオ軍は歓喜し、酒を飲み交わし、宴を開いた。サウリオの王子の喜び様は尋常ではなく、燃えるような赤髪は、まるで獣を寄せ付けない炎のように、一晩中揺らめいていた。

 そして翌朝。日が昇り、周囲が見渡せる明るさになった時、サウリオ軍は異変に気付く。

 ルルティコは、このような地であっただろうか。

 自然は変わらずある。木々は生い茂り、花は所々に咲いている。しかし楽園とまで呼ばれているルルティコが、今はとても平凡な森に見えてならなかった。指揮をとっていたサウリオ王が何かを察し、慌てて捕虜を拘束していた場所へ向かう。老若男女、様々な見目麗しい者を捕らえていたそこには、誰もいなくなっていた。サウリオ王は気に入ったラニを失い、その場で怒りのあま り咆哮のような叫び声をあげた。

 サウリオでは、後にこれを【精霊隠し】と語られることとなる。精霊が楽園や村人を隠したと言われ、その地が見つかることはなかった。





「……で?」

 渡された本を一部抜粋して読んでみたが、きっとこれがミカエラの故郷ルルティコの歴史なのだろう。

「タイトルを見てみろ」

 本を閉じて表紙を見れば、そこには【隠された青と赤の叫び】と記され、二人の男女のシルエットが描かれていた。シルエットは髪だけがそれぞれ赤と青に色付けされていて、きっと先程の二人を表しているのだろう。

「……これって」

「そのままの意味だ」

 ミカエラはつまらないものだと言わんばかりの声で呟いた。

「そうね……ダサいわよね、このタイトル」

「は?」

「中身はこんな真面目に語っているのに、タイトルがちょっと合わないっていうか…………センスなさすぎるわね。………………………ギャグ?」

「そういうことじゃねぇ!」

 ミカエラが前のめりに反論しようとすると、埒が明かないと察したのか、クイラックスが軽く咳払いをした。

「ルルティコの長は代々、アルストラ家が担っている。現在は辺境伯という名だけどな」

「あ、なんかちょっとそこらへん勉強で聞いた気がしてきた」

 思い出せる気はしないけど。

「アルストラ家は代々、青い髪なんだ。私のようにな」

 かきあげちゃって。自慢すんじゃねーよ。なんて言葉は息を止めて我慢した。ミカエラの寄せた眉には気付いていないんだろう。

「で、俺はこの通り赤い髪だろ」

「母親似ってやつか」

「それならまだマシだな。母親の髪は赤くない」

「そうかそうか」

 こんなにカラフルな髪ばかりの世界でも、やっぱり色は遺伝なんだね。つまりはそういうことなんだろう。

「俺はアルストラ家の人間じゃない」

「それは違う!ミカエラは正真正銘、私の弟だ!実際に生まれたばかりのお前を見た!」

「呪われた子」

「っ!!!」

 息を飲むクイラックスを見て、ぞわりと腹の底が収縮したような感覚になる。言われていたのか、ミカエラは。私の怒りを関知したのか、ミカエラが表情を弛める。

「そんな言葉、今さら気にならない。ルルティコの領民が赤髪を忌み嫌うのは、歴史上仕方がないからな」

「ご両親は?」

「え?」

「ミカエラの家族は?赤髪のあなたを愛さなかったの?」

「それはもちろ─「今は引っ込んでろよクソメガネ」

 礼儀だの作法だのイメージだの、今はどうだっていい。何かあればロイに甘えまくって揉み消してもらうわ。

 ただ知りたい。彼の闇の深さを。

「家族だってルルティコの人間だぞ。心から愛してもらえると思うか?こんな髪を」

 そんな居場所、捨ててしまえ。そう言おうとして止まる。そうだ、ミカエラはちゃんと捨ててきた。きっと飛び出したところで行くあてなどなく、豊かな暮らしとはかけ離れた時間を過ごしてきただろう。それでも、ちゃんと自分の意思で離れることができたのだ。ミカエラは弱くなんかない。そう思うだけで、自然と鼻の奥がツンとした。

「私は好きよ」

「え?」

 ミカエラは目を丸くして私を見上げる。ドS心は一旦落ち着かせよう。目線を合わせ、髪を優しく撫でる。

「ミカエラの赤髪、私大好きよ。情熱的で、華やかで、薔薇みたいですっごくキレイ。……ダメね、私もセンスないわ」

 こういう時にもっと上手く言えるのがヒロインなのだろうか。さらに、ヒロインならここで家族の絆を取り戻せるよう、最善を尽くすだろう。そしてミカエラの心だけでなく、ルルティコの全ての人の心を救うのだろう。

 でも、私はヒロインじゃない。他人なんてどうだっていいし、家族の愛が幸福に生きるための絶対条件なんて思わない。
 不器用で素直じゃなくて、孤独で愛に飢えていて、それでもこんなに優しい素敵なミカエラを愛さなかった場所も人も、みんないらない。私がその分愛せばいい。

「よし、家族になろう、ミカエラ」

「は?」

「あ、でも公爵家に養子として迎え入れるには、王族の許可が欲しいんだった!あれだよね、身辺調査とか面倒なものがあった気が……」

「そこは心配いらないよ、マナリエル」

 今まで事の成り行きを見守っていたロイが、タイミングを見計らったように口を開く。

「君がこれから行うであろう行動、発言、全て私が許可をする」

「ロイ……ありがとう!初めてあなたと婚約しといてよかったって思ったわ!てことで、ミカエラ!あんたは今から私の弟、ミカエラ・ユーキラスよ!クソメガネ、お前の弟は私がもらった!そうと決まれば便は急げよ!」

「マナリエル、善は急げだよ「お父様に手紙を送らなくっちゃ!じゃぁねー!」

 バタン!

 もうこの部屋に用はない。新たな弟ゲットのため、私は廊下へ飛び出した。
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